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万花繚乱  作者: 紫陽花
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第四章「証明」

 愛好家達によって花札の地位向上と認識改善が行われて久しい今現在、その愛好家達の中にはかなりの額の個人資産を有している者がおり、そういう人達によって多額の寄付がなされ、環境が整えられたため、設備は凄い事になっている。不正が行われないようにするためと、対戦者の集中を切らさないようにするため、対戦会場には携帯の持ち込みは出来ず、電波も届かない。そしてその模様は対戦会場に設置されているカメラからリアルタイムで観戦室という巨大モニターに映し出され、応援は観戦室からする事になっている。

「よろしくっす」

 その会場に先鋒を任された光陵高校一年、鶴ヶ崎加奈は元気良く入室した。

「よろしく」

 対戦相手である双樹高校の選手は既に入室しており、言葉短く答えた。

 加奈は対戦台まで近づき、台の上に置かれている表に返されていない方の札をめくった。その絵柄は【菖蒲のカス】だった。

 それを受け、審判が二人の顔を交互に見てから言う。

「斉藤選手が四月、鶴ヶ崎選手は五月なので、斉藤選手の親で始めます」

「分かりました」

「はいっす」

「では、準備をしますのでしばしお待ちください」

 そう言って審判は親子決めに使った札を回収し、準備を始める。

 そして――。

「準備が出来ました。始めてください」

「よろしく」

「よろしくっす」

 Aブロック第一戦目の火蓋が切って落とされた。


 所変わり、実況解説席。

「さあ、今年も始まりました栃木県予選大会。実況は私、宮崎が勤めさせて頂きます。そして解説は、皆さんご存知の花咲菊花プロにお越し頂きました。花咲菊花プロ、今日はよろしくお願いします」

「解説といっても試合展開が早いので実はする事がなかったりするのよねー」

「ぶっちゃけますねー」

「ぶっちゃけちゃう――と、光陵高校の子は手が早いみたいね」

「おお。いきなり花見酒成立ですか。光陵高校、幸先が良いですね。その鶴ケ崎選手は続行を宣言。これは当然と言ったところでしょうか?」

「素直な戦い方ね。見ていると何だか暖かい気持ちになってくるわ。それに対して斉藤選手の方はイマイチね。鶴ヶ崎選手を舐めているのが出ているわ」

「そうでしょうか? 取れる札を取る。順当のように見えるのですが?」

「確かにそうだけど――そういう気持ちだから、ほら」


『勝負するっす! 月見に花見で6文!』


「おおっと、ここで鶴ヶ崎選手が先制パンチを決めたぁ!」

「そういう気持ちでやっていると、ああなってしまうのよ。気持ちが反映されるとまでは言わないけれど、勝とうとする気持ち、或いは楽しもうという気持ちが強い方が勝つのはどのゲームでも同じ。花札でもそれは然りよ」

「とすると、斉藤選手が相手を下位だと軽んじているならば、このまま鶴ヶ崎選手がリードを進める事になる、という事でしょうか?」

「舐めたままなら、ね。――でも、さっきの一発で目が覚めたみたいね」


『――勝負。猪鹿蝶。こいこい返しで10文』


「おっと、斉藤選手! ここで鶴ヶ崎選手の三光を交わして猪鹿蝶でのカウンターを決めたぁ! 鶴ヶ崎選手、出鼻を挫かれた様相となり、これは辛いところ。対する斉藤選手はこの流れを維持したいところですね」

「経験が生きているわね。多くの学校が士気向上のために先鋒に強者を采配する事が多いから、鶴ヶ崎選手はここから先、厳しい戦いになるかもしれないわ。でも――来年を見据えての采配なら、光陵の軍師は中々のやり手ね」

「強者と当たる分、かなりの経験を積む事が出来ますからね」


『勝負。月見と連勝特典で5文』


「と、ここで斉藤選手の二連続上がり」

「どうやら速攻型みたいね。下手すると――いえ、まだまだね」

「と言うと?」

「ああいう事よ」


『勝負するっすよ! 青短に赤短! 七文以上にこいこい返しで40文!』

『くっ!』


「と、ここで鶴ヶ崎選手の強烈な一撃が決まったぁ! グッと差が開き、斉藤選手の表情からも悔しさが伺えます」

「こいこいはこれが怖いわよね。私も何度旦那に煮え湯を飲まされた事か……」

「どれだけ高い役を揃えても先に勝負されたら元も子も無いですからね」

「そ。さて、一気に差が開いたわね。彼女、良い直観力を持って良そうだわ」

「斉藤選手が鶴ヶ崎選手を追う形となった第四ゲーム。札の調子は斉藤選手に軍配が上がりました。場札も味方し、斉藤選手は五光まで狙える様相。一方、鶴ケ崎選手は手札に猪鹿蝶の種札を持っているものの、場札は味方せず、獲得するための同月札がない状態。これは鶴ケ崎選手苦しいか」

「厳しいわね。斉藤選手も今の状態だと欲張ったりはしないでしょうし」


『――勝負。三光で5文』


「と、斉藤選手。三光で勝負。手堅く得点を獲得しました」

「鶴ヶ崎選手が【萩に猪】と【牡丹に蝶】を連続で取りに行き、猪鹿蝶が見えたからでしょうね。向こうも良い勘しているわねー」

「ですが、あの場面。点差的に高めを狙うべきところでは?」

「個人戦ならそうだけど、これはチーム戦。だからこそ、でしょうね」


『勝負。青短。こいこい返しと連勝で11文』


「ここで斉藤選手は単品上がり。少しずつですが、点差が縮んでいきます」

「鶴ヶ崎選手は欲張ったわね。花見に月見、三光を逃したのは結構痛いわ。攻めの気持ちがあるのは結構だけれども、あまり欲張るのも考えものね」

「その見極めが醍醐味ではありますけどね。さて、残すところ後1ゲーム。鶴ヶ崎選手がリードを保つのか、斉藤選手が追い抜くのか。楽しみなところです」

「斉藤選手は厳しいわね。鶴ヶ崎選手はどんな安手でも上がってさえしまえばリードを保てるのに対し、斉藤選手は追い抜くなら十五文以上を狙わないといけなくなる。もっとも、追い抜く事を視野に入れているならば、の話だけど」

「そんな先鋒戦最終幕、流れは斉藤選手にあり、赤短と青短の複合を狙える良い手札。しかし、鶴ヶ崎選手も花見酒を狙える良い手。これは見物です」

「そうね。さてはて、運命の女神はどちらに微笑むのやら」

「そんな最終幕。親である斉藤選手は赤短を狙いに行く模様ですね」

「鶴ヶ崎選手は厳しいわね。場札に手札にある【桜に幕】と【菊に盃】を回収するための同月札が無いから、自分で引き寄せるか、相手が引いてくれるのを待つしかない。でも、斉藤選手も【桜に赤短】と【菊に青短】を握っている以上、その二つが場に出た場合には斉藤選手に軍配が上がるわ。――あんな風に」

「おっと、ここで鶴ヶ崎選手。【桜のカス】を山札から引いてしまいました。これは斉藤選手にとっても有効札であり、それを取れば赤短が成立します」


『勝負。赤短。連勝特典で8文』


「ここで先鋒戦終了。結果は双樹高校が243文、光陵高校は257文。終わってみれば僅差。双樹高校は意地を見せ、光陵高校は初出場ながらも素晴らしい戦いを見せてくれました」

「両者譲らず――。見ていて楽しかったわ」

 そんなこんなでAブロック先鋒戦は終わった。


 試合が終わり、観客席として設けられている会場。

「まずまずの出だし、と言ったところですね」

 退場する加奈の事を画面越しに見つつ、深雪は試合の感想を口にした。

 真希が頬杖をつき、ジト目で深雪を見る。

「厳し過ぎよ。先鋒は士気上昇のために強い人を当てるのが定石。その相手に+で対戦を終了させたのよ? そこは素直に褒めてあげるところでしょうが」

「早合点ですね。チーム全体を見て言ったまでの事です」

「あ、そういう意味。じゃ、前言は撤回するわ」

「そうしてくれると助かります」

 深雪はスッと立ち上がる。

「いってらっしゃい」

「頑張って」

「飛ばしてしまう勢いでお願いします」

 三人の激励に深雪は手を振って答え、会場を後にした。


 Aブロック次鋒戦。

「続いて次鋒戦。双樹高校からは高橋選手、対する光陵高校からはかつて『二松』と並び称されていた札士である松鶴選手です」

「確か中学以来だから公式戦への参加は――」


『勝負です。花見酒で3文です』


「と、ここで松鶴選手が早々に早い上がり」

「――早いわねー。おかげでコメントが中断されちゃったわ。でも、不思議ね。この三年間で何かあったのかしら?」

「と言うと?」

「あの子の闘札は札譜で見た事があるのだけれど、速攻型ではなかったのよ」

「個人戦と団体戦の違いでは?」

「それとも狙いがあるのかしらね」

「狙い、ですか?」

「ええ。まあ、勘だけど」


『勝負です。月見酒。連勝特典がついて5文です』


「と、松鶴選手はまたも早上がりですね。リードを広げるつもりでしょうか」

「そう考えるのが妥当かもしれないわね。或いは彼女も個人戦は初めてであり、公式戦は三年振りだから場の空気に慣れるため」

「なるほど」

 そしてこの後、深雪は全てのゲームを花見酒、月見酒の二大安手で上がり続け、光陵は285文、双樹は215文というスコアで次鋒戦は終わった。


 再び観客席。

「――なるほど。そういう事か」

 画面越しに対戦を見ていた真希が、ポツリとつぶやき、楽しげに笑った。

 衆人観衆とチームメイト、その双方がその速攻さに見惚れている中、真希だけは画面越しに深雪が寄越してきたあるメッセージをしっかりと受け取っていた。

 それは一つの策謀。より派手に、より盛り上げるための。

「? 真希さん、今何か言った?」

「流石、深雪と言ったのよ。味方ながらに嫌味な奴よね。加奈がされた事をそっくりそのまま返してやったのよ。ホント、腹黒いったらないわね」

「ああ――だから部長らしくない闘札だったわけですか」

 凛々花は抱いていた疑問が氷解して晴れやかな気持ちになった。見ながら不思議に思っていたのだ。深雪がいつも通りの闘札をしていない事に。

「そういう事よ。――さて、次はあたしね」

 肯定し、真希は席を立った。

「頑張ってねー」

「ファイト」

「いってらっしゃい」

 皆の激励に真希は手を振って答えた。


 Aブロック中堅戦。

「――さて、続く中堅戦。双樹高校からは榛原選手。対する光陵高校は『二松』の一角、こちらも久々の公式戦となる小松原選手です」

「へー。あの『二松』が同じ高校に揃い踏みとはねー。その上、この後にはインターミドルを制した鶴ヶ谷選手――豪華な面子ねー。強豪クラスじゃない」

「ですが、その三人とも高校生になってから話は聞きませんでしたよ?」

「それは単に試合に出ていなかっただけでしょう。きっとあれよ。鶴ケ谷選手も『二松』の野望に共感を抱き、彼女達の意向に従ったんじゃないかしら」

「団体戦に挑戦してみよう、というやつですね?」

「ええ」


『勝負よ! 月見酒で3文!』


「と、ここで小松原選手。早上がりで早々に1ゲームを終わらせました」

「強運続くわねー、光陵高校。流れを掴んだのかもしれないわね。――だけど、彼女も妙ね。あの子は確か高い打点を上がるのが好きだったはずなのよ」

「松鶴選手と同様に団体戦だからでは?」

「そう考えるのが妥当だけれども、何か狙いがあるように思えるのよねー」


『そら、次よ! 猪鹿蝶に連勝特典で8文!』


「ここで小松原選手、またしても早い上がり。これで光陵高校は松鶴選手の時と合わせれば、安手ではありますが8連続であがっています。驚異的です、光陵高校。これがかつて世間を騒がせた『二松』の実力なのでしょうか」

「昔取った杵柄って本当の事だったのね。私も離れてみようかしら」

「え?」

「冗談よ。でも――向こうもまだ諦めていないみたいね」


『勝負する! 青短にタン2! 7文以上だから14文!』


「と、ここで榛原選手が勝負に出た! ここから盛り返せるか、双樹高校」

「先ほどので流れが変わったなら、それも有り得ない話ではないわね」

「さあ続く第4ゲーム――おっと! これは流れが変わったという事なのか。それぞれの手札、そして場札までもが榛原選手に味方しているかのように小松原選手は光札を切るしかないという手札。ここまで露骨に出る物なのでしょうか?」

「出る時は出るものよ。だけど――」


『続いて行く! 五光! 7文以上に連勝特典で45文だ!』


「と、ここで榛原選手が五光を上がり、双樹高校が逆転!」

「これはどうしようもなかったわね。小松原選手には同情するわ」

「何もかもが酷かったですからね」

「でも、今の流れだともっと酷くなるかもしれないわね」

「流れは誰の目に見ても宮原高校にありますからね」

「ええ。だから、ほら――」


『さらに行く! 花見に月見に三光! 7文以上に連勝特典で27文!』


「双樹高校の榛原選手! 追撃の複合役を上がり、手痛い一撃を見舞った!」

「流れって怖いわねー。私も気をつけないと」

「人の振り見て我が身を直せ、というやつですね」

「ええ。偶然はどんな天才も弱者に変えてしまうもの」

「そればかりはどうにもなりませんからね」

「不幸中の幸いは、小松原選手が諦めていない事かしらね」

「というと?」

「ああいう人、逆境の中でも諦めない人を神様は好きなのよ」


『勝負よ。花見酒で3文』


「と、ここで試合終了。五光が飛び出した回ではありましたが、最後は小松原選手の早上がりで終わり、スコアは287対213で双樹高校が一歩リード。今度は光陵高校が双樹高校を追う形となりましたね?」

「そうね。小松原選手に狙いが無ければ、の話だけど」

「花咲プロは小松原選手が実質負けた事に疑問を持っておられるので?」

「そういうわけではないけど、彼女、あんまり落ち込んでいないのよ」

 そう言って花咲プロは画面の小松原真希を目線で示した。その言葉は確かであり、内容を見れば敗走を喫したというのに、小松原真希は暗い顔をしておらず、むしろ逆の何かをやりきったような顔をしている。

「確かにそう見えますが、感情を表に出さないだけでは?」

「彼女は負けず嫌いだったはずだけど……大人になったのかしらねー」

「きっとそうだと思いますよ」

「……ふむ。まあそういう事にしておきましょうか」

 そうして中堅戦は終わった。


 三度、観客席。

「団体戦で良かったです。個人戦なら真希は負けていましたからね」

 深雪はホッと胸を撫で下ろした。

 たはー、と加奈が呆然と画面を見つめながら言う。

「あの真希さんが負けるなんて……。あの中堅さん、かなり強いっすね」

「それもあるが、巡りが凄まじく悪かった」

「4ゲーム目と5ゲーム目っすよね? あれは酷かったっす……」

「花咲プロが思わず同情してしまったほどですからね」

 はあ、と深雪はため息をついた。先ほどのが相当堪えているようだった。

「というわけで、静香お姉ちゃん。頑張ってくださいっす」

「言われなくてもそうする」

 静香は簡潔に答え、立ち上がった。

「静香さん、目一杯やってしまってください」

「そのつもり」

「静香さん、頑張ってください」

「ん。行ってくる」

 皆とのやり取りを追え、静香は対戦会場へと向かった。


 続く副将戦。

「さて、Aブロック一戦目も残すところ後二戦。双樹高校からは高橋選手、対する光陵高校は二年前にインターミドルを制覇して以来、久々に公式戦に『二松』の二人と共に姿を見せた鶴ヶ谷選手です」

「光陵高校3トップの最後ね。ここで少しでもリードしたいところね」

「大将は無名の選手ですからね。捨ての大将でしょうか」

「もしくは切り札でしょうね。まあ考え難いけど」

「実力に関して言えば、多少のブランクがあるとはいえ、『二松』のどちらか、或いは鶴ヶ谷選手を大将に据えて置くのが無難でしょうからね」


『勝負。青短で五文』


「と、鶴ヶ谷選手。早々に青短を上がり、点差を詰める。次のゲームで連勝する事が出来れば、役によっては再び逆転する様相です」

「光陵は一々早上がりね。そういう決め事でもしているのかしら?」

「上がれる時に上がっておくのは常識では?」

「現代花札では割とね。私は好かないけど」

「そういえば、花咲プロは必ず一度はこいこいを宣言しますね」

「そのスリル無くして『こいこい』だもの。――と、そうでもないみたいね」


『勝負。花見に月見に三光。7文以上に連勝で27文』


「鶴ヶ谷選手! 二連続こいこいから複合役を見事に成立させ、点差を一気に縮めました。接戦です。このまま挽回するのか、それとも宮原が逃げ切るのか」

「今の流れだと光陵に分があるわね」

「そんな3ゲーム目は、花咲プロの予想通り、鶴ヶ谷選手にとっては四光まで手を伸ばせる手であるのに対し、高橋選手は高い役に絡まない札ばかりが手中にある状態。これは厳しい。天に見放されたか、双樹高校!?」

「逆境でも頑張る人を神様は好きだけど――」


『勝負。四光。7文以上に連勝で30文』


「――鶴ヶ谷選手の闘札はそれを許さないものねー」

「ここで追い討ちの四光が決まり、点差は一層開いていきます!」

「双樹はまた苦しくなったわね。勝つには高い点を作らないといけないけど、今の流れからしてそれが出来ないのは分かっているでしょうからね」

「となると、安い手で上がり、次に託すしかないと?」

「そういう事。でも、鶴ヶ谷選手もそれは分かっているから――」


『勝負。花見酒。連勝しているから五文』


「ああっと、さらに追撃の花見酒! 鶴ヶ谷選手、恐るべき洞察力です」

「容赦が無いわねー。あの子、間違いなくSね」

「そういうのは関係しているのですか?」

「ああいう事をする子は大抵Sなのよ。私が言うのだから間違いないわ」

「それはつまり――」

「それより、終わるわよ」


『――勝負。月見酒。連勝しているからこれも五文』


「副将戦終了。かつてインターミドルを制した実力は未だ衰えず、圧倒的な強さでリードを広げ、得点を282文まで伸ばしました」

「ホントにSねー。……苛めたくなるわー、ああいう子」

 その一言に実況は敢えてツッコミを入れなかった。

 こうして副将戦は終わった。


 一方、観客席。

「……なるほど。それで静香さんはフルボッコにされたのね……」

 ボソリと真希が先ほどの花咲プロの発言を受け、そうぼやいた。

「でも、気持ちは分かります。静香さんは跳ね返りですからね」

「部長、対戦相手苛めるの大好き過ぎるっすからね」

「相手の高い点を潰すのが趣味みたいな感じですからね」

「あらあら。――二人とも、少しだけ口が過ぎますよ?」

 ニッコリと深雪は加奈と凛々花に微笑みを向けた。が、その笑顔は一応笑顔ではあるのだが、目がまるで笑っておらず、寒気がしてくる黒い笑みだった。

「り、凛々花! いよいよっすね! ファイトっす!」

 加奈は慌てて凛々花に話を振った。

 一方、凛々花は落ち着いた様子で立ち上がり、

「――あらら。私の事は眼中に無しですか」

 観客席の方を見ながら言った。

 静香の対戦が終わってからというもの、観客達は足早に退場していた。その足取りは無言で語っている。もう見るべき試合は無い、と。

「仕方ないっすよ。凛々花は「一応」無名っすから」

「むしろ好都合です」

「後悔させてやりなさいよ。今出て行った奴らに」

「全く……。簡単に言ってくれますね……」

 はあ、とため息をつき、凛々花は歩き出す。が、その足は二歩ほど行ったところで止まり、思い出したようにこう皆に聞いた。

「――ところで、向こうの学校を飛ばしてしまっても構いませんよね?」

 三人は一瞬きょとんとするが、すぐさま笑みを湛え、

「出来るものなら見せてください」

「ふふ。凛々花も良い感じに染まってきたじゃない」

「やっちゃうっす、凛々花!」

 凛々花に盛大な激励を送った。

 凛々花はそれを無言で受け取り、対戦会場に向かった。

 そして――。


 その少し後、Aブロック二戦目が始まった頃の会場の一角。

「――ねえ。やっぱりさ、あたし達だけでもあの子が高嶺凛々花であるかどうか知っておくべきだと思うんだけど、どうかな?」

 自動販売機が置いてあるちょっとした休憩所で、桐生高校の赤羽根夏南、白井虎姫、亀梨黒子の三人は『来るのが遅い』と言って絶賛遅刻中のメンバーの一人を迎えに行った桐生辰美の帰りをダラダラと待っていた。

 そんな折だった。夏南がそれを提案したのは。

「知りたい気持ちは分かるが、当事者である辰美があれではな……」

 虎姫はそう言って、自販機で買った炭酸飲料を取り出し、開封して一口飲んだ。

「だからこそ、だよ」

「どういう事?」

 スマートフォンをいじっている黒子が顔を上げて聞いた。

「だってさ、あの図々しいほどにお節介な辰美が、その事に関してはああまで臆病なんだよ? それに何より、個人的な事で悪いけど、あたしは辰美にあんな顔をして欲しくないんだよね。身勝手なのは分かってるんだけどさ」

「つまりはもどかしい、という事か?」

「うん。まさにそれ。もどかしいんだ、凄く。恩義があるからってわけじゃない。友達だからこそ辰美のわだかまりをどうにかしてあげたい。でも、そのためには高嶺凛々花の力が必要不可欠。あたし達でも、麗華でもない。彼女の力が」

「……気持ちは痛いほど分かる」

「私も」

 二人の反応を受け、夏南の表情が暗い物から晴れやかな物へと変わる。

「! じゃ、じゃあ――」

「待て。話は最後まで聞け」

 しかし、その言葉を虎姫は遮り、そのまま続ける。

「私も出来るものならそうしたいさ。でも、この問題は辰美と高嶺凛々花の心の問題だ。それに他人が首を突っ込んで良い方向に転べばいいが、悪い方に転んでみろ。そうなった場合、誰も得をせず、辰美は一層罪の意識に苛まれてしまうはずだ。その一件は恐らく辰美の人格形成に大きな変化をもたらした事だからな」

「そ、そんな……。……でも、うん……。そうかも、しれないね」

 虎姫に言われ、夏南の火照っていた思考回路は冷却された。

「ごめんね、二人とも。無茶苦茶言って」

「謝るな。自分達も同じ気持ちだからな」

「せめて会うきっかけが出来れば……」

 黒子の呟きに、夏南が首を傾げる。

「きっかけって?」

「辰美は会う勇気が無い。でも、そういう事をしようとする気持ち――例えばの話になるけど、私達と光陵が決勝で当たり、私達が勝った時とか」

「それで自信が持てる、というわけか」

「辰美なら有り得るかもね。でも、それは――」

 無茶だよ、と夏南が言おうとしたその時、その会話が三人の耳についた。

 三人は何と無しにその会話に耳を傾ける。

 そこには男女四人が集まって話し合っていた。

「なあ、お前。あれ見たか?」

「あれって?」

「光陵の試合だよ」

「光陵なら『二松』? それとも鶴ヶ谷? ま、どっちにしろ――」

「そうじゃなくて、鶴ヶ谷の後に出てきた五人目だよ!」

 大将――それを聞いた時、夏南、虎姫、黒子の脳裏に辰美の言葉が蘇る。

 ――『それをやってのけるのが、高嶺凛々花という札士なのよ』。

 驚く三人を他所に、会話は続く。

「五人目って大将? その人がどうかしたの?」

「そう! その大将がとんでもなくやばいんだよ! 化物じみた強さでさ、6ゲーム全て五光で上がって、双樹を飛ばしちまったんだぜ!?」

 それを聞いた瞬間、もう三人にそこから先の会話は聞こえなくなっていた。

「馬鹿な……六連続五光なんて、非現実的過ぎるだろう……」

「ッ!」

 夏南が一団の方に走り出し、話の中心となっていた男子に話しかけた。

「ね、ねえ! その話、本当なの!?」

「な、何だ――って、桐生の赤羽根夏南!?」

 男子は露骨に嫌そうな顔をしたが、夏南だと分かって態度を一転させた。

 しかし、夏南が気になるのはそんな事ではない。

「急に話し掛けてごめん! でも、教えてよ! その話の真偽!」

「真偽って……ああ、光陵の大将の事か?」

「そう、それ! ほ、本当なの!? 六連続五光って!?」

「あ、ああ……。本当だ。この目で見たから間違いない」

「本当に本当!? 誇張したり、盛ったり――」

「――落ち着け、夏南」

 虎姫はそう言いつつ、夏南の肩に手を置き、彼女をなだめた。

「!? 桐生の白井虎姫!?」

「亀梨黒子もいるわ!」

 ざわめく一団。

 そんな一団を虎姫は淑女的に落ち着かせる。

「驚かせてすまない。それと君達の話を立ち聞きした事、そして自分の友人が失礼な態度を取って済まなかった。夏南、君も謝るんだ」

「ご、ごめん……」

「あー、別にいいよ。大した事じゃないからな」

 男子は気にしていない素振りで言った。

 虎姫は会釈し、質問を投じる。

「ありがとう。で――話を戻すのだが、その話は確かなのか? 君を疑うわけではないのだが、見ていない自分達では到底理解出来ない話なのでな」

「気持ちは分かるぜ。見ていた俺も未だに幻って言われた方がすっきりする」

 男子は肩を竦めて言った。その態度が如実に彼が語った事は紛れも無く、到底信じられなくとも現実に起こった事なのだと告げていた。

 だから、三人はその話を信じた。

 その上で夏南はその男子に聞いた。

「あの、事のついでにもう一つ聞いてもいい?」

「いいぜ。何だ?」

「光陵の大将の名前って分かる? 分かれば教えてくれない?」

「その事か。――なら、その前に俺から一つ聞いて良いか?」

 夏南は予想外の切り返しに一瞬驚いたが、すぐさま頷く。

「いいよ。答えられる事なら答えるから」

「サンキュ。あのよ、アンタらの大将に姉妹っているのか?」

「大将って麗華? それとも辰美の事?」

「高峰さんの方だ」

「何故そんな事を?」

 黒子が急かすように聞いた。

 それに対し、男子はあっさりとこう言った。

「何故って、字は分からないし、名前も分からないが、光陵の大将はアンタらの大将と同じ苗字だったからだよ。だから、あれ、と思ってな」

「それはつまり、「タカミネ」という事か?」

 虎姫が確認した。男子は頷く。

「そうそう。で――」

「――その子の名前なら、字は分からないけど、音だけなら分かるよ」

 そこで沈黙を守っていた女子が口を開いた。夏南は勢い良く聞く。

「ほ、ホント!?」

「ええ。光陵の人達はその子の事を「リリカ」って呼んでたよ」

 それを聞いた瞬間、三人の推察は確信へと変わった。

「親切にありがとう」

「感謝する」

「ありがとう」

「どういたしまして。お役に立てて良かったよ」

「――良いムードのところ悪いが、俺の質問に答えてくれないか?」

 そこで男子がおずおずと申し訳無さそうに言った。

「麗華に姉妹はいないよ。少なくとも、あたし達は知らない」

「そっか。ひょっとしたらと思ったんだが……。……まあいいや。教えてくれてありがとうな。それと良いムードに水を差して悪かった」

「前半だけ受け取るよ。じゃ、色々聞かせてくれてありがとうね」

「縁があればまた会おう」

「では」

 三人は各々別れの挨拶を口にし、その一団から離れ、休憩スペースに戻る。

「――どうやら過大評価ではなかったようだな」

 歩きながら虎姫が言った。その声色は半信半疑と言った感じだ。

「そうみたいだね。正直、信じられないけど」

「私も」

 夏南と黒子も共感した。

 当然である。六連続五光で上がるなど、可能性はゼロではないが、限り無くゼロに近いその芸当は、神とも悪魔とも呼べる強運、相手に上がらせないようにするための技術、心中まで見透かしているような洞察力、行けると思って貫く強い心――これらを兼ね備えていないと実現不可能な芸当だ。

 だがしかし、それを知った三人は全く同じタイミングで笑みを作った。

「――何だ。皆、もしかしなくても同じ事思った?」

「恐らく自分達の思いは同じだろうな」

「きっと同じ」

 三人は安堵し、辰美の言葉が真実だった事を悟った。

「でも、こうなってくるとあたし達が負けられなくなったね」

「――弱腰だな、夏南。有象無象相手に何を慎重になっているのだ?」

 その時、厳かな少女の声が三人の耳についた。

 三人がそちらを見ると、そこには二人の少女が立っていた。その内、少女の一人は辰美だ。そして――、

「おはよう、麗華。相変わらず朝には弱いね?」

 最後の一人、小柄で高貴な雰囲気を持つその少女こそ、昨年のMVPにして圧倒的強さで桐生高校の名を世間に届かせた札士、高嶺麗華本人である。

「うむ。どうにも朝は苦手だ……。眠くて仕方ないわい」

 麗華はそう言って欠伸を一つした。

「ん? 瀬葉さんは一緒ではないのか?」

 瀬葉とは、辰美と麗華の世話役と桐生高校の保護者役を兼任している人物の事だ。基本的に影の如く辰美か麗華の側にいるが、今その姿はない。

「瀬葉はワシが使いに出した。眠気覚ましが欲しくてのう」

「ああ、なるほど」

「して、皆の者。ワシと麗華がいない間に何やら楽しそうにしていたが、もしかしなくても辰美が言っていた強者に関して語らっていたのか?」

 麗華が話題を変えた。虎姫が少し驚いた顔をする。

「お、情報早いな」

「でなければ、早々に顔を出しはせんよ」

 麗華はまた欠伸をし、辰美に視線だけを向け、

「で、辰美よ。まさかとは思うが、そのような心境のまま戦いに望もうと思ってはいないだろうな? だとすれば、ワシはお前を軽蔑する事になるのだが」

 辛辣で厳かな声色で言った。

「発破をかけても無駄よ。それにこの程度で腑抜けるほど脆くはないわ」

 辰美も辰美で鋭く言葉を返す。

 その態度を見るや、麗華はやれやれ、とため息をつき、

「――辰美よ。自分に酔うのはいい加減、やめたらどうだ?」

「ちょ、麗華! いくら何でも――」

 夏南は思わず叫んだが、虎姫に手で制され、押し黙る。

 そして辰美も黙ったままだった。それは最早肯定したも同然。

 そんな辰美に麗華は言葉を重ねる。

「確かに貴様がしてしまった事は、一人の少女に自らで趣味を禁じる事を促し、多くの時を無為と言えるような費やせ方をさせてしまっただろう。だがな、辰美。良い機会だからはっきりと言わせてもらうが、貴様がしている事は自己満足に過ぎん。それくらい貴様ならば分かっているだろう?」

「――だからこそ、私は自分が赦せないのよ」

 辰美は沈黙を破り、そのまま続ける。

「私はあの時からずっと保身に走ってばかりいるわ。負けを認めたくないから心無い一言を吐き、綺麗でありたいから彼女から逃げ、そんな自分が嫌だから少しでも綺麗であろうと麗華に優しくし、麗華のために三人を集めた……。我ながら堕ちて行くばかり……。こんな自分を今更赦そう何てどう思えと言うのよ?」

 その問いかけに四人は答えない。

 でも、それは答えられないのではなく――、

「――なら、今から考えればいいよ。私と同じように、ね」

 答える権利をある人物に譲ったからである。

「え……?」

 辰美は間抜けな声を出し、その声がした方を見て、驚愕した。

 そこには一人の少女がいた。

「あ、貴女……どうして……」

 辰美の振るえた問いかけに、

「――八年振りになるね。久しぶり、桐生さん。私の事、覚えている?」

 その少女、高嶺凛々花は質問に答えずにそう言った。

「――れ、麗華! これは貴女の差し金ね!?」

 我に返った辰美は顔を真っ赤にして麗華に怒鳴った。

「貴様がワシにやってくれた事だ。少しは己の図々しさを自覚せい」

 麗華は悪びれずに言い、歩き出しながら夏南、虎姫、黒子に声をかける。

「皆、行くぞい。ワシらがいたのでは辰美も素直になれんだろうからのう」

「言われなくてもそうするよ」

「全くだ」

「うん」

 呼ばれた三人は各々笑顔を作り、麗華の後についていく。

 去り行く背中に辰美は言う。

「――と言いつつ、覗き見していたら承知しないわよ?」

「戯け。そんな無粋なするほど野暮ではないわい」

 三人はそのまま去り、辰美と凛々花は二人きりになった。


 麗華の粋な計らいによって高嶺凛々花と二人きりになった辰美は、

 ――き、気まずい……。

 そんな気持ちでいっぱいだった。

 無理も無い。声をかけてきたタイミングからして、一部始終を聞かれていたのは間違いなく、それ即ち本音を聞かれたことだ。ずっと、少なくとも、高嶺凛々花だけには知られたくなかった本音を、である。

「――その様子だと、私の事は覚えていてくれているみたいだね」

 見るに見かねたのか、凛々花が口を開いた。

 辰美は慌てて言葉を返す。

「あ、当たり前よ! 一時だって忘れた事は無かったわ!」

 そう。頭の隅に追いやる事はあっても、一時、一瞬ですら凛々花の事を辰美は忘れた事は無い。罪悪感からというのももちろんそうだが、凛々花との出会いは辰美にとって重要な分岐点と言える事象だった。それほど衝撃的だった。

「一時、か……。……ごめんね、桐生さん。私が変に自己完結してしまったせいで、余計な事に気を回すようにさせてしまってさ。これだけは謝らせて」

 凛々花はそう言って頭を下げた。

 辰美はぎょっとし、慌ててそれをやめるように言う。

「や、やめて! 貴女にそんな事されたら、私の立つ瀬が無いじゃない!」

「相変わらずしっかりしているというか、律儀というか……。自分勝手な決断下した私が言える台詞ではないけど、もう少し気楽に生きたら?」

「それは貴女とて同じ事よ。そんな事を言うなら、何故花札を禁じたのよ?」

「それは桐生さんと同じ理由だよ。自慢に聞こえるだろうけど、あれだけ強いと面倒な事もあってね。その辺考えたら、禁じた方がいいかな、と思って」

「……孤立したのによくそういう事が言えるわね?」

 辰美は口にしてからしまった、と思った。どう考えても失言だ。

 そう言われた凛々花は目を見開き、その後困った様子で頭をポリポリと掻く。

「参ったね……。でも、どうしてその事を? まさか覗きに来たとか?」

「ええ。お父様に会う事を禁じられてはいたけれど、どうしても貴女の事が気になってしまったのよ。で、見てしまったわ。貴女が一人でいるところを」

「――なるほど。確かにこれじゃ、暗躍して沈黙を守るのも道理だね」

「暗躍して沈黙を守る? ……何の話をしているの?」

「その様子だとそっちはまだ聞かされていないみたいだね」

「聞かされていない?」

「八年前に親同士の間で交わされていた密約みたいな感じかな。自分の子供に罪の意識に苛まれて欲しくないから、という意見が一致した事により、共同戦線を張ってそれを回避するために裏で色々やっていたって話だよ」

「なっ……」

 辰美は寝耳に水な話を聞かされ、愕然とした。

 でも、瞬時に悟った。そういう事をしていても不思議ではない事を。実際問題、今でもある程度は意識しているというのに、当時から何かが違っていれば、今よりずっと罪悪感を抱いて生きていたのは確実。自分の事だからそう思える。

「……でも、貴女もというのはどういう事なの?」

「私? 私は別に貴女にあんな事を言われたから花札に触れなくなったわけじゃなくて、あの大会に出た事で確信を得られたから自発的に触れなくなっただけなんだよ。でも、それはあくまでも個人的な事情であり、桐生さんを巻き込むつもりは全く無かった。だけど、当時の私では桐生さんを上手くフォロー出来たか分からず、むしろより強く罪悪感を抱かせてしまうかもしれない。それを避けるべく、私の両親は私のために、桐生夫妻は桐生さんのために動いたって事」

「……そんな事が裏で行われていたのね……」

 しかし、そう考えれば、執拗に高嶺凛々花への接触を禁じた事、あんな事をしたにも関わらず、これといってお咎め無しだった事にも全て説明がつく。

「そうみたい。ま、子供ってそんなものかもしんないけどね」

 凛々花はそう言って、気持ちよく笑って見せた。

「……はあ」

 その態度を見て、辰美は思い詰めて自爆している自分に呆れた。

 凛々花から聞かされた裏事情により、これまでの自分は完全に空回りしていた事が判明してしまった。勝手に思い詰め、勝手に勘違いしただけ。あの事を凛々花本人は特別気にしていなかったというのに。本当に自己満足したいがために我武者羅遮二無二に突っ走っただけだった。愚かにも程がある。

「――お互い、溺愛してくれる親がいてありがたいわね」

「だね。両親様々って感じ」

「本当ね。――ねえ、今までの事を色々聞かせてくれない?」

「いいよ。私には話す義理があるだろうからね」

 凛々花はそう前置きし、あの日から今日までの事を色々語り聞かせた。

 あの後、一人にはなったが花札に触れなければ、人間関係は割とすぐに修復する事が出来、他の事にも集中出来る時間が増えたから良かった事。

 そんな生活を続け、高校生になり、花札部に入った事。

 その口から聞かされた話は――、

「……嫌になるわね。何から何まで空回りしていただけじゃない」

 最初から最後まで辰美が思い描いていたほど深刻ではなかった。

 だから、辰美は自分に心底呆れてうんざりした。

「だから謝りたいんだ。ごめんね、桐生さん。私が巻き込んだばかりに……」

「謝罪は不要よ。だって私達は、お互いに自業自得だもの」

 苦笑交じりにそう言うと、凛々花は一瞬きょとんとし、

「はは。そうだね。全く以ってその通りだよ」

 辰美と同じように苦笑交じりにそう言った。

「そっちはどう? そっちの事も聞かせてよ」

「恥ずかしいから嫌よ」

「えー! 私、話したじゃん!」

「そうね。でも、私も話すと言った覚えは無いわよ?」

「そこは……。……まあいいや。すっきりした顔になったからね」

「すっきりもするわよ。ここまで完膚無きまでに愚かだと言われたらね」

「まあ確かに。すっきりすると、他の事どうでも良くなるよね?」

「そうね。もっとも、この大会は別よ。――そうそう。その事で貴女には一つお礼を言っておくわ。ありがとう、高嶺さん。おかげでいつも以上の力を発揮する事が出来そうよ。県予選二連覇も問題無いくらいに」

 過去のわだかまりという枷が無くなった今、辰美は童心に返っていた。小難しい事も結果などを考えず、無我夢中で花札を楽しんでいたかつてと同じように。

 ある種の全能感。今なら誰にも負ける気はしなかった。

「――うん。良い気配」

 でも、と凛々花は一度言葉を区切り、

「それは無理だよ。優勝して全国に行くのは、私達光陵高校だからね」

 はっきりと昨年の県予選覇者に対し、宣戦布告と勝利宣言を行った。

「ふふ。決勝戦が楽しみね」

「全くだね」

 笑いながら言い合った後、ところで、と凛々花は言葉を区切り、

「――いい加減ツッコミ入れるけど、堂々と見られているけど平気?」

「へ?」

 そう言われて辰美は後ろに振り向き、唖然とした。そこには去ったはずの桐生高校の面々と瀬葉が嬉しそうな顔をしながら堂々と見物していた。

「! あ、貴女達!? な、ななな、何でそこにいるのよ!?」

「それはもちろん、辰美の事を案じてだが?」

 麗華が全く悪びれずに言った。去ると言った張本人なのに。

「あ、ありがとう――って、そうではないわよ!? 大体、麗華! 貴女、野暮な事をしない、と格好良い事言っておきながら、何をしているのよ!?」

「ふん。甘いな、辰美。確かにワシはそう言ったが、ワシは一度として「席を外す」と言った覚えも無ければ、「失礼な事をしない」と言った覚えも無い!」

 とてつもなく偉そうに言う麗華。

 その堂々とした開き直りに辰美は頭が痛くなって二の句を告げられなかった。

 一方、麗華はそんな辰美を尻目に、動き出した。一緒に見ていた夏南、虎姫、黒子もそれに続き、その一歩後ろから瀬葉もついてくる。そして――、

「感謝するぞ、光陵の大将よ。貴様のおかげで辰美の目は覚めたからのう」

 麗華がふてぶてしい態度で言い、

「あたしからもお礼を言わせて。ありがとう、光陵の大将」

「礼を言う。辰美のために色々ありがとう」

「ありがとう」

「高嶺様、辰美お嬢様の心を動かしてくれてありがとうございます」

 夏南、虎姫、黒子、そして瀬葉が各々の言葉でそれに続いた。

「そう感じてもらえたならば、足労した甲斐があったというものです」

 五人からの感謝に凛々花はそう答えて一礼し、六人に背を向け、歩き出す。

「――高嶺さん」

 その背中を辰美は呼び止めた。

「雰囲気的に私は邪魔者だから短くお願いね」

 凛々花は半身だけを辰美に向けてそう答えた。

 その凛々花に、強敵の中の強敵である一人に、辰美は言う。

「八年前の雪辱を果たしたいから、決勝まで上がってきなさい」

 そう言われた凛々花は、

「そっちこそちゃんと上がってきてよね」

 不敵な笑みをして見せて、堂々とした足取りで立ち去っていった。

「――くく。これほど高揚するのは全国の猛者と相対した時以来だのう」

「凄い自信だね。足元掬われなきゃいいけど」

「心配無用だろう。六連続五光をやってのけられるくらいだからな」

「心配するだけ損」

「そうね。でも、私達五人に負けは無いわ」

 遠のく背中を見つつ、五人は口々に言った。

「――で、辰美よ。ワシらに言う事があるのではないのか?」

 意地悪そうな顔で麗華が言った。

「急かさなくても言うわよ」

 辰美はそう言って一歩前に出て、クルリと反転し、一度目を伏せる。

 これから始めるために。

 かつての自分に「さようなら」をするために。

 そんな辰美は不敵な笑みを湛えてこう言った。

「――皆! 今年も優勝を掻っ攫うわよ!」

 その笑顔と気合い十分な声で四人には十分に伝わり、故に返事はしなかった。

 そんな事をせずとも思いは通じ合っていたから。

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