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万花繚乱  作者: 紫陽花
4/7

第三章「開幕」

 朝方、松鶴宅玄関前。

 大会開催日の朝、深雪は両親に見送られていた。

「とうとうこの日を迎えたわね……。この三年間が無駄にならなくて嬉しいわ」

「全くだ。まあ一時はヒヤヒヤさせられたがな」

「お父様、それは言わないでくださると助かります」

 両親なりの激励に深雪は曖昧に笑った。不安にさせたので返す言葉が無い。

「そうは言うが……なあ、お前?」

「そうですね。最初、光陵に行くと聞いた時には驚かされたものです」

「もう、お母様まで……」

 心配はありがたいが、あれこれ言われて深雪はげんなりする。

「それだけ心配していた、という事だ」

「まあ、これからも心配は続きますけどね」

「そうですね。強者は大勢いるでしょうから」

「だが、ここまで来たのだ。気負う事無く存分に楽しんで来い」

「吉報を待っているわ」

「可能な限り、善処します」

 深雪は一礼し、両親に背中を向ける。

 そして――。

「では、行って参ります」


 同時刻、小松原宅玄関前。

 大会開催日の朝、真希は両親に見送られていた。

「ついにこの日が来たな、母さん!」

「はしゃぎすぎですよ、お父さん」

「そうよ、お父さん。時間帯を考えて」

 いつも通りだな、と思いつつ、いつも通りに真希は父を叱咤する。

「と、すまん……。だがまあ、何かこう……分かるだろう!?」

「うるさいです」

 真希の母親が夫を叩き、それで真希の父親は痛みで大人しくなった。

 そんな夫を尻目に、真希の母親は続ける。

「真希、ここまでお膳立てが出来た以上、無様な結果は許しませんよ?」

「そ、そうだぞ、真希……。どうせなら、勝って帰って来い」

「ふふん! 言われなくてもそのつもりだってば」

 真希は靴を履き、両親に軽く手を振った。

 そして――。

「じゃ、行ってくるわ!」

 元気良く家を飛び出した。


 同時刻、鶴ヶ谷宅玄関前。

 大会開催日の朝、静香は両親に見送られていた。

「気をつけて行って来い」

「勝って帰って来なさいよね?」

「そのつもり」

 靴を履き終え、静香は立ち上がり、両親に一礼する。

「じゃ、行ってくる」

 短いやり取りを終え、静香は家を後にした。


 同時刻、鶴ヶ崎宅玄関前。

 大会開催日の朝、加奈は家族に見送られていた。

「加奈、勝っても負けてもいい! 全力で楽しんで来い!」

「親父……そこは勝って来いとか言うべきだと思うが?」

「加奈では勝てるかどうか怪しいからな。故の激励だろう」

「お袋は相変わらず毒舌だし……。ま、それには同意だが」

「兄貴もっすよ……。ウチ、これでも結構強くなったんっすよ?」

 そう言えるくらい、加奈は自分の実力を自負している。もちろん、周りもレベルアップしているので何処まで強くなれたのかはぶっつけ本番で試すしかないものの、始めたばかりの時よりも今とでは自信のレベルがまるで違う。

「確かに。今では我が家の中で一番だからな」

「良き戦友に出会えた、という事だな」

「でも、油断大敵だ。しっかりやれよ?」

「もちろんっす! んじゃ、行って来るっす!」

 加奈は勢い良く家から飛び出した。


 同時刻、高嶺宅は凛々花の自室。

 大会開催日の朝、凛々花は自室で精神統一をしていた。

「――よし」

 気持ちの切り替えのために一言呟き、凛々花は立ち上がった。

 玄関に向かおうとした際、凛々花は「それ」に目を留め、立ち止まる。

 それとは、トロフィーだ。かつて一度だけ、自分が異質であるかどうかを確認するために、そして自分が花札から離れるきっかけとなった大会で獲得した優勝トロフィー。あの日から二度とやらないため、復帰した今はかつてのようにならないためにずっと飾ってある。手入れしているので、その輝きは今も尚健在。

「凛々花。そろそろ出ないとまずいわよ?」

 外から母親に呼ばれ、凛々花はハッとして部屋を後にした。

「何をしていたの?」

「精神統一。表舞台に立つのは久しぶりだからね」

「……あまり気負わないようにね?」

「ありがとう、お母さん。でも、安心して。禁じていた事の反動なのだと思うけど、今は色んな人と戦いたいと思えるからさ」

「やる気十分ね。その意気よ」

 そこで二人は玄関前に到着した。

「お、やっと来たか。怖くなったのかと思って心配してしまったよ」

 二人が玄関に到着した時、凛々花の父親が玄関前に顔を出した。

「怖くはあるよ。色々あったけど、結局私は異質だからね」

「もう……。不安にさせるような事言わないの」

 ピン、と凛々花の母親は凛々花の額を軽く叩いた。

「全くだ。そんな事では満足に楽しめないぞ?」

「それは分かっているけれど……」

 凛々花は額を少し擦った後、一息入れ、顔を上げ、

「――だね。自分で決めた事だからちゃんとしないとね」

 晴れやかな顔で言い、

「じゃ、行ってくるね」

「まあ、向こうで会うけどね」

 凛々花の母は解説の仕事が入っており、向こうで会う事になっている。

「菊花、僕の分まで凛々花の応援をよろしく頼むよ」

 ちなみに凛々花の父は南関東の方で行われる方の県予選の解説を任されているため、遠くから応援する事が出来なかったりする。

「言われなくてもそうするわ。と言っても、内心でだけど」

「絶対に口に出さないでよ? 身内贔屓されているって思われたくないし」

「可能な限り、善処するわ」

「心配だなー、もう……」

 はあ、とため息をつき、凛々花は玄関の取っ手に手を掛ける。

「じゃ、行って来るね」

 そして、軽やかな足取りで家を後にした。


 所変わり、駅前。

「皆さん、凛々花さんが来ましたよ」

 深雪が皆に声をかけ、その場にいる全員が凛々花の方を見た。

 視線に気付いた凛々花は、それを受けて小走りで皆に近づく。

「す、すみません。お待たせしてしまって」

「構いませんよ」

「ええ。あたし達が早く着き過ぎただけだもの」

「皆、早過ぎ」

「静香お姉ちゃんも人の事言えないっすよ?」

「――ともあれ、これで全員揃いましたね」

 深雪がそう言って、コホンと一息ついた。皆の視線が深雪に集まる。

 深雪は皆を順々に見つめ、不敵に微笑んだ。

「――では、乗り込みましょうか!」

「「「「おー!」」」」

 そして五人は、気合い十分に会場へと向かった。


 そんなこんなで光陵高校花札部一同は、会場入りした。

「うわー! 人が多いっすねー!」

 様々な学校の生徒達を見て、加奈は驚きの声を上げた。

「加奈、はしゃがない」

「それは無理な要求っす」

 静香に注意され、加奈は騒ぐのをやめた。

「あ、あの! トイレに行ってきます!」

 そこで凛々花が皆に言い、答えを聞く前に脱兎の如くトイレの方に走っていく。

 その様子を見送りつつ、加奈が言う。

「やっぱり水分取り過ぎだったみたいだね」

「仕方ない。凛々花が大会に出るのは八年振りだから」

「緊張して当然よ。あたしだってしているもの」

「え? そうなんすか?」

 加奈が驚いて聞いた。

「ええ。あたし達も三年振りだもの。緊張の一つや二つするわよ。そういう加奈はしていないみたいね。意外と肝が据わっているのかしら?」

「あー、それは凛々花のおかげっすよ」

「凛々花の? どうして?」

「露骨に緊張していたからでしょう。私も緊張していたのですが、会場に近づくに連れてより緊張する一途な凛々花さんを見ていたら、守ってあげたくなり、気付いたら自分が緊張していた事も忘れていましたから」

 真希の疑問には深雪が答えた。

 加奈が肯定する。

「まさにそれっす! あれだけ緊張されちゃうと逆に落ち着くっす」

「二人とも精神タフねー。あたしはあれで逆に意識してしまったわ」

「私も」

「ふふ。受け取り方は人それぞれ――」

「「おお!」」

 深雪の言葉を遮ったのは、入り口から聞こえた歓声だった。

 四人もそちらを見て、騒ぎの原因を見る。

 騒ぎの原因は、つい先ほど会場入りした団体だ。セーラー服を着たその集団は、古豪と言われて久しい紫藤高校。先頭には部長らしき人物が立っている。

「流石古豪……。当然の風格ね」

「ま、当然でしょうね」

 そう言い合い、真希と深雪は踵を返して歩き出した。静香もその後に続く。

 加奈はぎょっとして皆の後を追いつつ、皆に聞いた。

「ちょ、凛々花の事待たないんすか?」

「待ちたいのは山々ですが、紫藤とは顔を合わせたくないのです」

「深雪に同じくよ」

「さらに同じく」

「え? どうしてっすか?」

「私達三人は紫藤からのお誘いを蹴っているからです」

「あ、なるほどっす」

「補足するとあたしと深雪は、部長の紫藤葉月と面識があってね。そういう意味でも顔を会わせ辛いのよ。試合前に妙な空気になりたくないし」

「メンタル面が大切っすからね」

「……それにしても外野が煩い」

 静香は明らかに不機嫌そうに言った。

 無理も無い。ギャラリーは他人事だと思ってか、紫藤高校の面々に『汚名返上なるか』だの『王者奪還なるか』だの好き勝手な事を言っている。そういう行為が嫌いな静香は見ているだけで腹立たしかった。

「仕方ないです。それが高みに立つものの宿命ですから」

「世間は移ろい易いからこればかりは、ね……」

「新しいアイドルに乗り換えるみたいな感じっすかね?」

「まさにそれ――」

「来た! 桐生高校だ!」

 真希の言葉を遮ったのは、先ほどよりも一層大きな歓声だった。

 四人は足を止め、そちらを見る。

 道を譲るように開けた人だかりの先には、四人の女子生徒がいた。その人物達こそが、昨年の覇者にして県予選優勝候補の桐生高校の面々である。その風格は古豪の紫藤に勝るとも劣らず、立ち振る舞いは威風堂々としている。

「あれが、紫藤を破った桐生高校……」

 静香が生唾を飲み込んで呟く。

「でも、一人足りないっすよ? あれで平気なんすか?」

 加奈が指で数えながら言った。

「問題ありませんよ。ぶっちゃけた話をしますが、自分が出る事になっている試合までに間に合えば、予め会場入りしている必要はありませんから」

 深雪がさり気無く答えた。

「へー、そうなんすか」

「ええ。――さて、ぶらつくのもあれですから、フードコートにでも行って休んでいましょう。凛々花さんには私がメールして置きますので」

「そうね。下手にうろつくと合流出来なくなる恐れがあるものね」

「何か頼んでも?」

「構いませんが、眠気を催さない程度でお願いします」

「眠くなって実力出せませんでしたー、なんて事になったら大変っすからね」

「そういう事です。では、行きましょうか」

 場内が紫藤高校と桐生高校の登場にざわめく中、一同は何事も無かったようにフードコートへと足を向けた。


 時間は少し遡り、桐生高校が登場した頃。

「高峰選手は昨年同様、重役出勤のようね」

「仮にいたとしても取材させてもらえるかどうか……。彼女、取材嫌いだし」

 週刊花札のライターである鈴木は、桐生高校のスタメンが一人欠けている事について同僚のカメラマンと話し合っていた。

「彼女のマスコミ嫌いは酷いものだものね」

「全くだ。まあその分、部長の桐生嬢がマスコミ好きで助かるけどな」

「あの手の選手は私達にはありがたい存在よね」

「ああ。――と、そうだ。目立つと言えば、光陵高校はどうする?」

 カメラマンがカメラから目を離して聞いた。

「当然取材するけど、何処にもいないのよねー。またフードコートかしら?」

「かもな。後で行ってみるか?」

「出てきたところを押さえましょう。食事中は流石に失礼だわ」

「それもそうか」

 方針が決まり、カメラマンが仕事に戻ろうとしたその時だ。

「――あらあら。高峰ちゃんは相変わらず人混みが苦手なようね」

 二人の横で落ち着いた女性の声がした。

 二人はそちらに視線を向ける。

 そこには桜色の着物を着ている大和撫子の体現者がいた。

 その人物を見て、二人はぎょっとする。

「花咲プロ! 今日は解説お疲れ様です」

 しかし、流石はプロ。鈴木はすぐにメモ帳を取り出し、同僚はカメラを向ける。

「こんにちは。そちらも毎年のように取材お疲れ様」

「まあ仕事ですから。――それでその、少しお時間よろしいでしょうか?」

「いいですよ。私も大会が始まるまでは暇なので」

「では、ズバリお聞きしますが、団体戦は桐生高校か紫藤高校のどちらかで決まりだと思うのですが、花咲プロはどうお考えでしょうか?」

「決め付けは良くないですよ? 一回きりの勝負――運命の女神がどの学校に微笑むのかは、始まってみないと分かりませんから」

「まさに神のみぞ知る、というやつですか……。では、プロとしての見所は?」

「それはもちろん、桐生高校の高嶺麗華選手です」

「やはり、という感じですね。――しかし、こう言っては何ですが、確かに昨年の高峰選手の活躍は目覚しかったものの、戦い方そのものは普通でしたよ?」

「だからこそです。神とも悪魔とも言える強運に知識が加わるのです。中立の立場ではありますが、そういう意味で私はあの子の事が気になっています」

 でも、と花咲プロは言葉を切り、こう続けた。

「今や増加の一途を辿る花札の競技人口。その数は学生だけでも五万人を越えたとか何とか。その中の多数である高校生達はこの夏の大会を目指し、日々研鑽して参加します。それほど数がいるならば、常識では計る事の出来ない選手が今年も出てきても不思議ではなく、そういう子達がいるかどうかも気になりますね」

「そうなるでしょうか? 個人的にはあまり信じたくありませんが……」

「私は信じたいですね。さすれば、花札界はより盛り上がるので」

 プロの献身さに鈴木は思わず感嘆の息を漏らす。

「――ん? おい、あれ!」

 その時、同僚のカメラマンが明後日の方向を指差した。

 鈴木はそちらを見て、声をかけてきた理由を察する。

「お、いたわね、光陵高校! では、花咲プロ! 私達はこれで!」

 言うが早く、二人はカメラマンが指差した方に駆けて行く。

 その様子を見ながら、花咲プロは小さく笑い、

「――まあ、その選手というのは私と旦那の娘ですけどね」

 蚊が鳴くような小さな声で呟いた。


 その頃、通路の一角。

「全く……。マスコミというのは何故にあんなにもしつこいのだろうな?」

 白いスーツを着ている少女――桐生高校二年の白井虎姫が、チームメイトに対して愚痴った。桐生高校はシード校であり、試合はまだ先の事で他のチームの事には興味が無いため、運営から宛がわれている控え室に向かっているところだ。

「仕方ないよ。向こうも仕事なわけだし」

 赤のセパレードに同色のミニスカートの少女、桐生高校二年の赤羽根夏南がだらけた声で言った。彼女も取材で結構疲れている。

「自分達も辰美のように楽しめたらいいのだが、あればかりはどうにも……」

「悪いわね、皆。私の我が侭に付き合ってもらって」

 謝ったのは白を基調とし、桜模様が描かれている着物を着ている少女――桐生高校二年の桐生辰美。彼女は目立つのが好きなため、取材は必ず断らず、故にその余波は自然とチームメイトに及んでしまうのである。

「平気」

 言葉少なくフォローしたのは、夏にも関わらず修道女のような黒い服を着ている少女、桐生高校二年の亀梨黒子。傍から見ても実に暑そうで、見ている方が暑くなりそうな服装だが、本人は汗一つ掻いていない。

「それより、麗華はどうするの?」

「瀬葉に任せていますから試合までには間に合うはずよ」

「だといいけどね。でも、目覚まし十個セットしたのに無駄だったとはね」

「何時の間にそんな事をしていたの?」

「それはもちろん、辰美が知らない時に」

「でも、問題は無いだろう。麗華は大将だ。故に回す前に――」

 その時、虎姫は言葉を止めた。

 否、止めざるを得ない事態が起きた。

 起きたのは、一人の生徒とのすれ違い。

 傍から見れば、何でもない光景だろう。

 しかし、桐生高校の四人はその生徒からただならぬ気配を感じ取った。

 驚きのあまり、立ち止まってしまったほどの気配を。

 四人は一斉に背後を振り返り、改めてその通行人を見る。

 離れていく背中は、半袖のポロシャツに黒と灰色のチェック柄のスカートを着ている女子生徒だった。迷っているのか、挙動不審な動きをしている。

「あの者……何者だ?」

 虎姫が慄きながら呟いた。

 しかし、その質問に答えられる者は四人の中にはいない。

 その代わり、辰美はこう言った。

「あの子、麗華に似た雰囲気だったわね……」

 同じではないが、明らかに異質。同じ時間を過ごしているからこそ、一層異質だと分かりたくなくても分かってしまうほどの異常性。そんなチームメイトと同じ気配をいずこかに消えたあの少女は持っていた。

 驚かずにはいられない。あのような異常性を持っている人物には早々お目にかかれない。あの手の人種はいわゆる天賦の才を持った人物。それも極上の資質。

 だがしかし、辰美は他の三人とは別にもう一つ気がかりな事があった。

 その気配の持ち主に辰美は心当たりがあった。八年前のあの日、絶望的なまでの力量さを見せ付けられ、初めての敗退を味わう事になったある少女と。

 しかし、と辰美はその思考を振り払った。

 ――何を都合の良い事を。あの子を表舞台に立てなくしたのは私なのに。

 かつての話。桐生辰美のあまり語りたくない汚点の一つ。

 その昔、辰美はある対戦相手に好きな花札で負けた悔しさと、異質さ強さから心無い一言を言ってしまった。幼さ故の、負けず嫌い故の過ちだ。しかし、幼かろうと、負けず嫌いだろうと言ってしまい、悟らせてしまったのは事実。

 ――『ズルはしていないけど、まあそう思われて仕方ないよね』と。

 そう言った時の相手の顔を、あの儚げな笑みを辰美は今でも覚えている。

 自分は異常だと悟ってしまったからだろう、と辰美は推察している。あの日、あの時、あの瞬間、あの儚げな笑みはそうとしか受け取れなかった。

 以来、その対戦相手を辰美は表舞台で一度として見ていない。

 それで確信した。自分はとんでもない事をし、彼女は二度と表舞台に立とうとはしない事を。そうあの対戦相手は決断したのだろう、と。

 でも、もし――。『もしも』があったとしたら――。

 もしも、あの少女があの時の対戦相手が成長した姿だったなら――。

「――辰美」

 名前を呼ばれ、辰美はハッとして我に返った。

 現実に戻れば、心配そうに顔を覗き込んでくる夏南と目が合った。

「急に黙り込んでどうしたの?」

「――あの子が高嶺凛々花に似ているな、と思って驚いていたのよ」

 それを聞き、事情を知っている三人は辰美が急に沈黙した理由に合点が行った。

「確かめなくていいのか? 何なら自分が行って確かめてくるが?」

 虎姫が率先して言った。

 しかし、辰美は首を左右に振る。

「ありがとう、虎姫。でも、いいわ。今更どんな顔をして会えば分からないし、向こうも私の顔なんて二度と見たくないでしょうし」

「でも、辰美はちゃんと謝ったし、向こうだって赦してくれたんでしょ?」

「会うべき」

「……ありがとう、夏南、黒子。でも、いいのよ。仮にあの子が高嶺凛々花だとしたら、私としてはそれだけ十分よ。日陰で咲くのにあの花は美し過ぎるもの」

「そっか」

「でも、今会わないと会う機会は来年か、もう来ないかもしれない」

 黒子の言葉に虎姫が食いつく。

「それはどういう事だ?」

「皆、光陵高校という学校に聞き覚えは?」

「知らないな。夏南と辰美は?」

「あたしも知らないよ」

「私は知っているわ。『二松』と鶴ヶ谷静香が在学している学校よ」

 それを聞いて夏南と虎姫が若干目を大きくする。

「へー。最近聞かないなとは思っていたけど、まさか無名校に進んでいたとはね。道理で名前を聞かないわけだよ。なるほど納得」

「しかし、どうして無名校へ行ったのだろうな? 引く手数多のはずだろうに」

「某雑誌のインタビューによれば、団体戦に挑戦したくなり、折角だから可能な限り派手に行こうと思ったから、との事」

 それを聞いて夏南は呆れて呟く。

「うわ……。辰美みたいな人って他にもいたんだね……」

「して、黒子。会う機会が来年か、もう来ないと言ったのは何故だ?」

「光陵高校はAブロック。私達はB。順当に勝ち上がったとしても光陵高校の準決勝の相手は紫藤高校。紫藤相手に光陵高校の勝ち目は薄いと思うから」

「なるほど。だとすると――」

「――あの子が高嶺凛々花だったなら、その心配は杞憂に終わるわ」

 そう言って辰美は踵を返して控え室に向かって歩き出した。

 三人は驚き、慌ててその後を追う。

 追いついてから夏南が聞いた。

「辰美。それってどういう事?」

「そのままの意味よ。まあ、あの子が高嶺凛々花ならば、という話だけれど」

「……流石に過大評価し過ぎではないか?」

「もしくは思い出補正」

 虎姫と黒子の言葉に、辰美は苦笑し、

「それをやってのけてしまうのが、高嶺凛々花という札士なのよ」

 はっきりとそう言ってのけた。

 こうして、ある少女と四人の少女の邂逅は終わった。


 その少し後、フードコートの前にて。

「あ、凛々花っす! 凛々花、こっちっすよー!」

 加奈が一番に気付き、他の三人はそちらを見た。

 凛々花も視線に気付き、皆に小走りで近づく。

「お待たせしました。でも、前で待っていたんですね? 私はてっきり中で待っているものだとばかり思っていたんで驚きました」

「そのつもりでしたが、取材に捕まってしまったのです」

「あ、なるほど」

「続きは歩きながら」

 そう言い残して静香はフードコートの中に入り、他の四人はその後に続いた。

「ところで、部長。ウチらってどんな順番で戦うんすか?」

「そういや、まだ聞いていなかったわね。深雪、その辺どうなのよ?」

「ご安心を。ちゃんと決めてあります。流れで発表しますと、先鋒が加奈さん、次鋒が私、中堅が真希、副将が静香さん、大将が凛々花さんです」

「え? えええ!? わ、私が大将ですか!?」

 寝耳に水な話に凛々花は人目も憚らずに驚きの声を上げた。

「当然の采配っすね」

「妥当の一言に尽きるわね」

「異論無い」

「――と、皆さん言っていますよ、凛々花さん」

 賛成意見は過半数を超えている。

 ならば、と凛々花は反論するのを諦めた。

「では、私は席を取っておきますので、皆さんはご自由にどうぞ」

 それを受け、静香、加奈、真希の三人は券売機の方に向かっていく。

「凛々花さんは行かないんですか?」

「私はちょっと部長に聞きたい事があるので」

「そうですか。では、席に向かいながらお伺いします」

 深雪はそう言って歩き出した。凛々花はその後に続き、話しかける。

「で、部長。ここに来る途中にやたらと派手な格好をしている人達とすれ違ったんですが、試合前に何か催し物でも開かれたりするのでしょうか?」

「いえ。そんな催しは無いですよ。甲子園とかではありませんからね」

「そうですか。だとすると、あの人達は一体……」

「その方々の事で何か気になる事でも?」

「ええと……オカルト的になりますが、いいですか?」

「そう言われると余計に気になりますね」

「では――。皆さんと合流する間に結構な人とすれ違ったのですが、その人達はかなりの風格を持っていたので、戦えたらいいなー、と思いまして」

「まるでバトル漫画のような例えですね」

 その後、あそこにしましょう、と深雪は言い、空いている六人がけのテーブルの一つを陣取った。凛々花は対面になるように腰を下ろす。

「済みません。一々オカルト的で」

「お構いなく。しかし、派手な格好ですか……。凛々花さん、その方々はひょっとして白いスーツを着ている長身の女性、露出度が高い赤い服を来た少女、白を基調として桜模様が描かれている着物を着ている高飛車そうな少女、修道女のような黒い服を着た少女でしょうか?」

「あ、はい。そうです。部長、あの人達と知り合いですか?」

「知り合いではありませんが、一方的に知っています。凛々花さん、その方々こそが昨年の県予選の覇者、桐生高校の方々です」

「へー、あの人達が」

 凛々花はその時の事を思い出しながら何となしにぼやいた。

「とすると、あの人達と戦うには決勝まで勝ち進むしかないわけですか……」

「戦いたいのであれば、そうするしかありませんね」

「じゃあ、勝たないとですね。あの人達との対戦は楽しそうです」

「そうですね。それで? 別件の方でお会いしなくてもよろしいのですか?」

 そう問われた時、凛々花は苦笑して見せた。

「大会が終わってからですね。今は大会に集中したいですし、向こうにしてもそれは同じでしょうから。というわけで、特に行動は起こしませんでした」

「でも、その割には会いたいオーラ全開のように見えますが?」

「それはまあ。あの人は責任感強そうですから、もしも八年前の一件を引き摺っているようなら、それをどうにかしてあげたいと思うので」

「なら、会いに行くべきでは?」

「そうなんですけど……。どんな顔して会いに行けばいいのか分からなくて」

「ヘタレですね」

「うぐ……」

 直球で図星を突かれ、凛々花は言葉を詰まらせた。

「確かにそうですけど……。分かりませんか、この複雑な心境?」

「心中はお察しします。貴女方二人は再会に時間を空け過ぎましたから」

「――何か重い感じっすけど、どうしたんすか?」

 と、そこで淡白な声が横から割り込んできた。

 二人がそちらを見ると、食べ物を買いに行っていた三人と視線が合う。合流した三人は、真希が深雪側に座り、静香と加奈は凛々花側に座った。

 それを待って、深雪が加奈の質問に答える。

「ここに来る途中、凛々花さんは桐生の面々とすれ違ったそうです」

「あー、なるほどっす」

「で、どうだったの?」

「特に行動は起こさなかったようです」

「ヘタレね」

「ヘタレ」

「ヘタレっすねー」

「うう……。そんなに苛めないでくださいよ……」

 集中砲火に凛々花は堪らず泣きたくなった。

「で、どうするの?」

「大会が終わってからにするそうです。まあ、賢明と言えば賢明ですね」

「でも、引き延ばすと今より一層顔を会わせ辛くならないかしら?」

「確実になると思う」

「時間が空き過ぎっすからね。八年振りなんすよね?」

「うん。大体そのくらい」

「小学校を入学して卒業してもまだ二年余るっすからね。厳しいっすよ」

「でも、凛々花さんはそう決めました。だから、私達は見守りましょう」

 深雪の提案に三人は頷いて見せた。

 それを受け、深雪は咳払いをし、

「時に、皆さん。先に謝っておきます。すみませんでした」

 唐突に皆に対して頭を下げた。

「いきなり何の話よ?」

「昨日最終確認を、と思って運営側から送られて来た資料に目を通していたら、団体戦のルールが私達の知っているそれとは、違っていた事に今更ながら気付いた、という話です。その事で謝りました。本当にすみません」

「ま、マジ……?」

「こんな性質の悪い冗談を付く趣味は持ち合わせていません」

 深雪の神妙な面持ちがその言葉は真実であると物語っていた。

 真希は当惑したように頭を掻く。

「どうしたものかしらね……。深雪、修正は効きそう?」

「その辺は平気です。変更点は点数計算と決着方式であり、役代や役の種類、有る無しに関しては私達が知っているそれと全く同じなので」

「そう……。なら、平気ね。もう、深刻に言わないでよ」

「心臓に悪い」

「ホントっすよ」

「そういう話なら最初の時に言うべきでしたね」

 ポツリ、と凛々花は呟いた。

 それを聞いた皆はぎょっとし、

「そういう話ならって……知っていたのですか!?」

 深雪が代表するように皆の気持ちを代弁した。

「ええ、まあ。五、六年くらい前に両親に聞かされたので」

「でしたら、教えてくださいよ……。何で黙秘していたのですか?」

「知った上で意図的にああいうルールでやっていると思ったんですよ。私みたいな超個人的事情があるならともかく、皆さんはリアルタイムで触れている人達だからルールが変更された事も当然知っていると思ったので」

「なるほど。……ああ、だから初めて部室を訪れた時に「部活ではいつもあるルール」で、とお聞きしたのですね。その時に気付くべきでした」

 はあ、とため息をつき、深雪は改めて着席した。

「すみません、凛々花さん。急に大声を出してしまって」

「いえ。むしろ謝るべきはこっちです。すみません、皆さん。私の配慮が足らず、試合前に精神に余計な負担を掛ける事になってしまって」

「どっちもいいわ。確認を怠った非はあたし達にもあるもの」

「真希先輩に同じ」

「さらに同じっす」

 それで妙な空気は霧散し、朗らかな雰囲気がそこに訪れる。

「で、深雪。どんな風に変更されているのよ?」

「団体戦のルールは予め1チームごとに持ち点が設定されています。その得点は各チームの持ち点は共通して250文。この250文を6ゲーム行い、より多く相手の持ち点を減らした方が勝ち進める仕組みになっています」

「面白い変更ね。ちなみに万一引き分けになった場合は?」

「その場合は3ゲームを区切りとし、決着がつくま続くそうです」

「なるほど。でも、そのルールだと一層目立てるわね。相手を飛ばすとかで」

「存分に狙ってください。私も全力で目立ちに行きますから」

 不適な笑みを浮かべながら物騒な事を言う深雪と真希。

 そんな二人を見て、加奈はポツリを言った。

「……ウチの目の前に悪魔じみた人が二人ほどいるっす」

「まだ可愛い。私の左隣には魔王がいる」

「あー、そういや、そうだったっすね」

「身内に魔王扱いされて辛い……」

 凛々花が自分の境遇を儚んだ時、

『ご来場の選手にお伝えします。まもなく予選開始時刻となりますので、選手の方は対戦会場の方へ、それ以外の方は観戦室の方へ向かってください』

 館内放送で連絡事項が流れた。

「――との事です。皆さん、行きましょう」

 深雪の一言で一同は対戦会場に向かった。

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