第十三話 操作権限を付け忘れたらただのゴミ
「ターゲットとの距離、ゼロ。いつでもいけます、ユウキ主任」
右腕に左腕を絡ませたままのエルフィが、空いている右手で素早く虚空をスワイプした。その瞬間、俺たちの目の前に、ツカサの『無限魔力』を構成している膨大な神聖ソースコードの画面がズラリと展開された。
「ひっ、あ、あなたたち、本当に何をする気……!?」
ツカサが恐怖と驚愕で目を見開く中、俺はプロテクトの安全圏内から、その半透明のプログラム画面を冷徹な目で見据えた。
「どれ……さっそくコードレビューを始めるぞ。……おい、エルフィ、この環境変数は何だ?」
「ハッ、確認します!……あ、これは……」
画面に並ぶコードを二、三行読み進めただけで、俺とエルフィの動きがピタリと止まった。俺の横でコードを監視していたエルフィが、あまりの酷さに黒縁メガネをずり下げて頭を抱えた。
「……またか」
俺は額に青筋を浮かべながら、その狂気の設定ミスを極低温の声で読み上げた。
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【付与スキル】『無限魔力』
【出力トリガー関数】
生きている限り、魔力を無限に出力し続ける
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「おい、ルミナリア社長。この画面を100回音読しろ」
「ひゃいっ!?」
目の前に突然現れた光の画面に、ルミナリアが短い悲鳴を上げて飛び上がる。俺は手元の画面のコードを指示棒で激しく叩いた。
「いいか、ツカサが『生きている限り、魔力を無限に出力し続ける』としか書かれていない。条件分岐(if文)がこれだけだ。出力のON/OFFを切り替えるスイッチすら定義されていない。これじゃあ歩いているだけで、最大限界値の魔力が奴の体内から垂れ流され続けるに決まっているだろ」
「だ、だってぇ……! 『無限』なんだから、トイレの自動洗浄みたいに、勝手に流れる方が未来的で便利でしょ!?」
ルミナリアが涙目でとんでもない言い訳(供述)を始めた。
「トイレの水は無限に流れ続けたら水道代で破産するんだよ! お前がやったのは、水道の蛇口のノブを完全にへし折った状態で、顧客の家に送りつけたのと同じだ! これが、本人がただ生きているだけで周囲を消し飛ばす『常時大爆発空間』の正体だ。案の定、仕様の穴どころか、そもそも最初から仕様書が存在していないレベルのポンコツ設定ミスじゃねえか!」
「水道の蛇口破壊……! 私、良かれと思ってやったのに、良かれと思ってやったのにー!」
ルミナリアは俺のあまりの正論の前に、顔を真っ青にしてその場に崩れ落ちた。
「泣いてる暇があったら、始末書の内容でも考えていろ。この頭の悪い設定ミスを上書き修正するぞ。エルフィ、キーボードをだせ」
「ハッ! 了解です、ユウキ主任! ルート権限、いつでも書き換え可能です!」
右腕にぴったりと寄り添ったまま、エルフィが空いた手で正確にコンソールを入力し始める。俺は目の前の致命的な画面を睨みつけ、健全なコードを冷徹に宣言した。
「まず、無条件で出力を『無限』にしている行を一発削除。代わりに、ツカサ本人の認証ログ、つまり『本人の明確な発動意思』を介在させる条件式(if文)を割り込ませろ」
「了解です! 意思表示関数を実装、条件判定を『生存』から『本人の意思』へと切り替えます!」
エルフィの指先が光のキーボードの上を滑る。これまではツカサがただ「生きているだけ」で魔力のイベントが強制発火していた。そこに、本人の「出したい」という明確な意思がない限り、出力を待機状態のまま維持するセーフティネットを組み込んでいくのだ。
「う、うわぁぁぁ!? なんだこれ、僕の体の中の魔力が……どんどん静かになっていく……!?」
ツカサが自分の胸を両手で押さえながら、目を見開いて叫んだ。プログラムの書き換えがリアルタイムで適用され、彼の体内から垂れ流され続けていた規格外の魔力の蛇口が、本人の預かり知らぬところで強制的に締められていく。
「仕上げだ、エルフィ。本人がパニックになったり、想定以上の過負荷がかかった場合に備えて、最大出力の九割を常時カットするリミッターの環境変数を定義しろ。出力の最大上限を設定するんだ」
「ハッ! 出力制限関数をデプロイ!……これで、上書きパッチの適用、すべて完了しました!」
エルフィが最後にエンターキーを鋭く叩いた瞬間。
ピキィィィィン……!
それまでツカサの周囲を包み、数秒おきに大爆発を起こしていた禍々しい赤黒い魔力の粒子が、まるで嘘のように霧散していった。静寂が、魔の樹海に訪れる。ツカサが恐る恐る、右足を地面にしっかりと踏み出してみた。
トントン。
ただ、乾いた土の音が響くだけだ。爆発は、起きない。「あ……爆発、しない……。僕、普通に歩けた……。歩けたんだぁぁぁ!!」
ツカサはその場にへたり込み、地面を両手で叩きながら、今度は嬉し涙をボロボロと流して男泣きに泣き崩れた。3年間に及ぶ「歩く大規模不渡り案件」のデバッグを完璧に完了した瞬間だった。
「フン。どんなに強力なチートでも、ユーザー側の操作権限を付け忘れたらただのゴミだからな」
俺はパンパンと手を払い、遠隔画面の前で呆然と口を開けているルミナリアをジロリと睨みつけた。
「見たか、ポンコツ社長。これが『ユーザーの意思を介在させた』正常なシステムデザインだ。仕様書も作れないアホなら、最初からほかの社員に相談しろと言った意味が、これで少しは身に染みたか?」
「う、うう……。非の打ち所がない完璧なアプデだわ……」
画面の向こうで頭を抱えてむせび泣く大女神を横目に、俺は涙を拭うツカサへと歩み寄った。不良債権の回収は終わった。ここからは、この膨大な「無限魔力」という資産を我が社の利益に変える、COOとしての契約交渉の時間だ。




