絶滅のあかし
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
学校の持ち物検査、君は受けた経験があるだろうか。
人によって差はあるかもしれないな。校門などで一斉に実施することもあれば、抜き打ちで行われることがあるだろう。苦い思いをしたことだって、あるかもしれないな。
決まりを守る上で、これらの実施は避けることができない。行うこと自体が規制する力につながるし、不要物が見つかった際の罰の実施なども引き締めに使われる。
これだけだと学校側の体面の話かよ……と生徒側からしたら、げんなりしそうなもの。だが、ひょっとするとこいつはカモフラージュで本命を隠すため……なんてこともあるかもしれない。ごくまれに、ね。
僕の昔の話なのだけど、聞いてみないかい?
冬のある朝のことだった。
この日は起きたときから空が暗めで、まだ夜なんじゃないかと思ったくらいだ。時計はいつもの起床時刻を指しているにもかかわらず。
予報によると、今日は雪がちらつく恐れもあるとのこと。家を出るころには、雲のひしめく空もいくらか明るくなってきたものの、やはり普段に比べると沈んだ色合いな印象。
降雪に備えた底の厚い靴を履いているから、歩みはいつもよりのろくて違和感あり。それでもえっちらおっちら学校へ向かっていたが、近づいてきた正門脇に先生と風紀委員のコンビを見つけて、顔をしかめてしまう。
持ち物検査だ。この学校だと不定期で実施することがある。
僕は不用品のたぐいは持っていないが、痛くない腹を探られるのもあまりいい気分じゃない。とっとと済ませようと、自分から寄っていって鞄を開いたんだけど。
この日のチェックは、やたら入念だった。
いつもならファスナーを開いた中身を見せ、せいぜい入ったノートや教科書をちょいちょいどかされながら確認されて終わり。
それが今回は一冊一冊が取り出されて、パラパラとめくられるという丁寧さ。下手な落書きなぞしている子なら赤面ものの仕打ちだろう。僕はその手のことはしていないが、妙な手の込みようだなと首をかしげたね。
ほどなく、問題なしとして通されたものの、すでに教室へいたみんなも今朝の持ち物チェックには戸惑いを隠せなかったようで。朝の会までその話題で持ち切りだったよ。
が、本格的に不信感を持ったのは2時間目の保健体育の時間だ。
すでに外は雪といわないまでも雨が降り出していて、運動場を使う種目はできず。急遽、保健の時間へ移行したのだけど、保健の教科書をめくっていて気づく。
「袋とじ状態」だ。ページとページが閉じあわされている。
授業ですぐ使うページではなかったものの、手触りからして気持ちが悪い。
ぺったりとふちをくっつけたようなものじゃない。指で触れてもほんのり分かる起伏があった。中途半端に固まったのりを丸めて引っ付けたかのようだ。そしてこれは、僕が個人的に気に食わないものの上位にあたる、唾棄すべきかっこう。
授業中は勘弁してやったが、休み時間に入ると僕はすぐにこいつの切り離しにかかった。
ページ向かって右上と、右下の角。そこをつなぐ「辺」の部分は指をすんなり入れられるほどすき間が開けられる。角っこだけがきっちりと張り付けられているんだ。
手触りからして、これらを引っ付けているのはコイン大のもの。あらためて人為的なものを感じ、僕はカッターの刃を滑り込ませて、慎重にそれらを引きはがしにかかったんだ。
閉じ合わせているものは、思っていたより固い。そのうえ、手ごたえからして金属のような気配がしていた。刃がかするたびに、カツカツと小さい音がたつ。
このようなものを、自分がはさむことなど考えられない。教科書を広げることなど、家ではテスト前くらいしかやらないし、そのときもページの汚れなどはよくチェックしている。
学校では授業中以外は縁がなく、置き勉などもしていない。誰かがいたずらするとしたら休み時間などのわずかな時間となるが……。
――いや、まさかあのとき。
今日の持ち物検査。あれだ。
いつもにまして、やたら丁寧というか神経質なレベルで行われた、あれ。本たちのページまでぺらぺらとめくっていた、あのタイミングであれば、できる。
たばかられたのか? と思うと、ついカッターを握る手に力が。
ページの角っこもろとも、その閉じ合わせていたものがふっとぶ。ついた勢いのまま、ころころと教室の床を転がっていくのは、親指の先ほどのサイズをしたボタン電池のごとき銀色のもの。
音とともに、クラス中の視線が銀色のものへ集まるも、ぱっと席から立ち上がったのはクラスの風紀委員のひとり。今朝の僕が来た時点ではいなかったが、もしこいつを仕込んだ一員であるなら、その意図も分かっているだろう。
そこを問いただすよりも先に。僕は自分のこめかみへ、にわかに風を受けた。
僕の席は一番窓側で、そばのサッシは網戸にしたまま換気している。ここは校舎の二階で、目をやるとまず、校内で栽培している背の高い植物の枝葉が映った。
それらがさわさわと揺れているのはまだいいが、さらに奥。校舎を囲うフェンスを越えた向こうの田園地帯。そこの稲たちが一直線に倒されていたんだ。
強風とかのためなら「面」で倒れるだろ? 稲たちがいっぺんに。それが、まるで空からどでかい包丁を一度だけ落としたかのよう。
その深々とした一筋の溝の中でなおも揺れ、こちらへ真っすぐ近づいてくるような気配が見えたんだ。
「持っといて!」
そう風紀委員の子が先ほどのボタン電池を握らせるのと、ひゅっと教室へ入ってきた風と共に、僕の髪の毛が飛び散ったのはほぼ同時のことだった。
こめかみから頭頂部にかけての髪が、いっぺんにそぎ落とされる。そう、そいだと感じるほどに僕の肌は刃物が強く触れたような熱を、確かに感じていたんだ。血こそ出ていなかったが、今すこし深ければ間違いなく重傷だった。
突然のことで悲鳴が満ちる教室。そこへ次の科目の先生が入ってきたが、僕と散った髪の毛の双方を見て事情を察したらしく、風紀委員の子に保健室へ連れていくように指示が出たよ。
保健委員の子は別にいるのに、わざわざだ。
「これね。絶滅のあかしなんだ」
保健室で風紀委員の子に言われたのは、それだ。これを身体から一定範囲のところに置いておくと、「ヒト」と認識されなくなるらしい。ヒトならざるものたちに。
歴史上、人によって乱獲されたりして、絶滅してしまった動物がいるように、ヒトを乱獲しようとするヒトならざるものもいるらしい。中には絶滅危惧種の珍種ということで、見つけるや強引に奪っていこうとするものも。
だからこれは、誤魔化すための手。今日の天気はそのヒト狩りたちが訪れる予兆で、そいつらにヒトは絶滅していると思わせなくてはいけなかったのだとか。
移動教室のあるクラスの子ならば、服のどこかなりに仕込んでいたが、僕の場合はちょっと仕込む場所に難ありだったらしく、詫びを入れられたよ。ひとまず、ボタン電池は教科書よりももっと近く、身体のどこかに貼り付けておくのがいい、ともね。
「下手に事情を話すと、面白がって外す子とか出かねないし、あくまで検査のていでね。帰り際にも同じようにして取り外すから、協力よろしく」
言葉通り、帰りにも門の前に立つ先生と風紀委員たちがいて、例の絶滅のあかしとやらは回収されたよ。
その翌日から、学校全体で何人か、急に登校しなくなってしまった子がいたけど……まさかのことになっていないことを願うよ。




