暴君のハニーローストと、忍び寄る影
キラーベアの巨躯が横たわる森の開けた場所で、シュウは手際よくナイフを振るっていた。
今回の獲物はただの熊ではない。森の魔力を蓄えた「暴君」だ。
「……シュウ。……くんくん。……いい匂い、もう我慢できないにゃ」
ミーニャが黒い猫耳を激しくピクつかせ、シュウの背中にぴったりと張り付いている。彼女の喉からは、期待に満ちた「ゴロゴロ」という音が漏れていた。
「待て、ミーニャ。……この肉は脂が強い。キラーベアが溜め込んでいた『マジー・ハニー(魔導蜂蜜)』の概念を和らげないと、お前の体には刺激が強すぎる」
シュウは【魔物喰い】を発動し、熊肉の野生味を「旨味」へと変換し、森の蜂蜜の概念をソースとして絡めていく。
焚き火でじっくりと焼き上げられた『キラーベアのハニーロースト』。その照りは、月光を反射して宝石のように輝いていた。
「……はい、出来上がりだ」
「「「「いただきます!!」」」」
四人の少女が一斉に肉に飛びつく。
一口食べた瞬間、エレインのエルフ耳がピンと跳ね上がった。
「な、なによこれ……! 甘いのに、後から力が爆発するみたい……! 昨日の疲れが、一気に吹き飛んじゃうじゃない!」
「……ふふ、エレイン様、お顔がとろけていますわよ。……でも、確かに。この肉、噛むたびに魔力の雫が溢れてくるようです」
フィオナも頬を赤らめ、上品ながらも休むことなくフォークを動かす。
だが、変化が一番顕著だったのはミーニャだった。
「……あ、あつい。……シュウ、ここ。……心臓が、トクトクする」
ミーニャが胸を押さえ、シュウを見上げる。
キラーベアの「生命力」と、ハニーの「魔力増幅」。その二つが、未覚醒だったミーニャの猫耳族としての本能を呼び覚ましていた。
【先天スキル:魔物喰い――適合確認】
【対象:ミーニャ】
【神装:黒天猫――生成開始】
ミーニャの体が、夜の闇に溶け込むような漆黒の魔力に包まれる。
彼女のボロボロだった服は、しなやかな革を思わせる漆黒のキャットスーツへと変化し、その両手には、どんな硬い鱗も切り裂く「光の爪」が装着された。
「……わ。……軽い。……シュウ、ミーニャ、どこまでも行ける気がする」
ミーニャが音もなく木々を駆け上がる。その速度は、フォレストウルフを纏ったリィネすら圧倒する「静寂の加速」だった。
だが、その美食の宴を冷ややかな視線で見つめる者がいた。
「……ほう。忌み嫌われた『魔物喰い』が、まさかこれほどの戦女神を作り出すとはな」
森の闇から現れたのは、白銀の甲冑を纏った一人の男。
シュウがかつて村で、唯一その才能を競い合ったライバルであり、今は帝国のエリート騎士となった男――アルトリウスだった。
「アルトリウス……! なぜここに」
「シュウ。貴公を連れ戻しに来た。……いや、その『女たち』を、帝国の兵器として接収しに来たと言った方が正しいか」
アルトリウスが腰の聖剣を抜く。その瞬間、森の空気が凍りついた。
美食による覚醒を遂げた少女たちと、帝国の天才騎士。
静かなる夜は、一気に戦場へと変貌しようとしていた。




