キラーベアの咆哮と、ツンデレの覚醒
自由都市フェルンの北側に広がる『迷いの深森』。
そこは、通常の冒険者が足を踏み入れるのを躊躇う、中級魔物の巣窟だった。
「……ちょっと、シュウ! 本当に大丈夫なの!? さっきからキラーベアの爪痕が、あちこちにあるんだけど!」
エレインが、尖ったエルフ耳をピクピクと動かし、弓を構えながら周囲を警戒する。彼女の態度は相変わらず「ツン」としているが、その瞳には仲間を、特にシュウを気遣う色が混じっていた。
「……くんくん。……シュウ、近い。大きな『はちみつ』の匂いがする」
ミーニャが猫耳をピンと立て、鼻を鳴らす。
その直後、森の空気が震えた。
「――ガアアアアアッ!!」
巨木をなぎ倒し、姿を現したのは全長三メートルを超える巨躯。
鋼のような毛並みと、岩をも砕く巨大な爪を持つ森の暴君――『キラーベア』だ。
「フィオナ、リィネ! 前に出ろ!」
「はい、シュウ様!」
「了解っ!」
シュウの号令とともに、二人が神装を纏う。
フィオナの白銀のドレスと、リィネの焔の尾が森を照らす。だが、キラーベアの表皮は想像以上に硬く、二人の攻撃を弾き返してしまう。
「……っ、硬い!? 攻撃が通りませんわ!」
「あはは、これちょっとマズいかも……!」
リィネが炎で牽制するが、キラーベアは力任せにそれを振り払い、後方にいたエレインへと狙いを定めた。
「なっ……こっちに来るなーっ!」
エレインが放った矢は、熊の厚い脂肪に弾かれる。絶体絶命。
その時、シュウがエレインの前に割り込み、彼女の細い腰を抱き寄せた。
「っ……!? あんた、何やって……っ! 放しなさいよ!」
「うるさい、黙ってろ。……こいつの『剛腕』と、昨日のロックバイソンの『硬化』を混ぜる。――エレイン、お前を最強の砲台にしてやる」
シュウは倒した魔物の残滓と、キラーベアが放つ威圧感をその場で【概念抽出】し、エレインの魔力回路へと流し込んだ。
「あ……あつ……何、これ……。力が、溢れて……っ!」
エレインの肌が淡く発光し、彼女の使い古した弓が、巨大な『魔導重弩』へと再構築されていく。
彼女の背中には、キラーベアの剛力と風を纏った、鋭くも気品のある**『神装:風神の魔弩・シルフィード(シルフィード・ボウ)』**が纏われた。
「鑑定完了。――エレイン、その弓は風の概念を宿し、放たれた矢は因果を逆転させて必ず標的を射抜く。思い切りぶち抜いてやれ!」
「……言われなくても、分かってるわよ! 見てなさい、あんたが驚くような一撃を……放ってあげるんだから!」
エレインが弓を引き絞る。その瞬間、周囲の魔力が渦巻き、矢の先端にキラーベアをも凌駕する破壊力が凝縮された。
「――ぶっ飛べえぇぇっ!!」
放たれた光の一撃は、キラーベアの巨躯を真正面から貫き、背後の巨木ごと粉砕した。
爆煙が晴れた時、そこには消滅した魔物の姿と、魔力を使い果たして赤面したまま立ち尽くすエレインの姿があった。
「……ふん。ま、まあ、これくらい当然よね。……ありがと、シュウ」
蚊の鳴くような声で感謝を口にするエレイン。その耳の先まで真っ赤に染まっているのを、シュウは見逃さなかった。
「……シュウ。……ミーニャ、お腹すいた。くまさん、食べたいにゃ」
ミーニャがシュウの腕に擦り寄り、獲物を指差す。
激戦の後の「美食」の時間は、すぐそこまで迫っていた。




