黄金の狐と、逃亡の決意
木々の隙間から差し込む月光が、リィネの頭上でぴくぴくと動く黄金色の狐耳を照らし出した。
彼女は村の自警団に雇われた「猟犬」のような立場だったが、その瞳にはシュウへの敵意はない。
「リィネ、お前……自警団を撒いてきたのか?」
「……そんなの簡単よ。それより、早くしなさい。村長が帝国の騎士様に泣きついたわ。『化け物の少年が、王女を連れて兵士を殺した』って。もうすぐ増援が来る」
リィネはシュウに歩み寄り、その足元に転がる帝国兵の死骸を冷ややかに見下ろした。
彼女自身、狐の亜人としてこの村で蔑まれてきた身だ。シュウの孤独を一番近くで見ていたのは彼女だった。
「ガストン、お前はどうする? ここにいたら、お前まで反逆者扱いだぞ」
「ははっ! 今さら何言ってやがる。俺は最初から、お前の『魔物喰い』が世界をひっくり返すのを楽しみにしてたんだ。……それに、こんな美人の王女様を放っておけるかよ」
ガストンは大剣を肩に担ぎ直し、不敵に笑う。
だが、その時。遠くから松明の光と、犬の吠える声が近づいてきた。村の自警団と、帝国の別動隊だ。
「……逃がさない。あそこだ!」
矢が一本、シュウの足元に突き刺さる。
フィオナは立ち上がろうとしたが、先ほどの戦闘で魔力を使い果たし、足がもつれて倒れ込んでしまった。
「くっ……申し訳ありません、シュウ様。私が、不甲斐ないばかりに……」
「気にするな。……リィネ、こっちに来い」
シュウはリィネの手を強く引いた。
リィネは一瞬驚き、狐耳をピンと立てて身構える。
「な、なによ。私を餌にして逃げるつもり?」
「馬鹿を言うな。……お前、今の自分のままで満足か? 猟犬として、一生あいつらに顎で使われるつもりかよ」
「……そんなの、嫌に決まってるわ。でも、私にはこれ以上の力なんて――」
「なら、俺が食わせてやる。……これだ」
シュウが取り出したのは、先ほどの戦闘で倒した『フォレストウルフ』のリーダー格から抽出した、さらに濃い青を湛えた**「概念の結晶」**だった。
それだけではない。彼は帝国兵が持っていた「炎の魔法薬」を奪い、その魔力成分を【魔物喰い】で強制的に融合させた。
「フォレストウルフの『隠密』と、炎の『爆発力』。……リィネ、これがお前の新しい『神装』の種だ。食え!」
シュウの手から、炎のように揺らめく結晶がリィネの口元へ運ばれる。
彼女は一瞬躊躇したが、シュウの真っ直ぐな瞳を信じ、それを飲み込んだ。
「あ……熱い……! 背中が、焼けるみたい……っ!」
リィネの狐耳が激しく震え、彼女の細い体から黄金の炎が噴き出す。
それは彼女の服を焼き尽くすのではなく、新たな形へと編み変えていった。
薄手の和装を思わせる、動きやすい深紅の戦衣。
そして、彼女の腰からは、炎を纏った九本の尾を幻視させるような光の帯が伸びている。
「これが……私の……力?」
「鑑定完了。――【神装:焔狐】。リィネ、道を開けろ。一気に森を抜けるぞ!」
リィネは頷くと、音もなく地を蹴った。
その速さはフォレストウルフを凌駕し、彼女が通り過ぎた後には、追っ手の目を晦ませる激しい炎の煙幕だけが残された。
「……凄い。シュウ様、貴方は本当に……世界を変えてしまうのですね」
フィオナをガストンが背負い、シュウはリィネが作った炎の道へと飛び込む。
忌み嫌われた少年、亡国の王女、怪力の親友、そして覚醒した狐耳の少女。




