蹂躙の戦女神
「なっ……消えただと!?」
帝国兵の隊長が叫んだ瞬間には、すでに勝負は決していた。
フィオナの姿は、森を吹き抜ける一陣の青い風と化していた。
フォレストウルフの「瞬足」と「集団連携(空間把握能力)」。
シュウが抽出した二つの概念が、フィオナの神装に『蒼狼の外套』を編み上げていた。
「一人……二人……」
フィオナの声が、兵士たちの背後から、あるいは頭上から、幽霊のように響く。
彼女が手にした光の細剣が閃くたび、黒い甲冑が無残に切り裂かれ、帝国兵たちが次々と沈んでいく。
「化け物め……! 弓兵、放て! 構わず射ち殺せ!」
隊長の怒号とともに、後方に控えていた三人の弓兵が矢を放つ。
だが、フィオナは避けない。
「――シュウ様!」
彼女が叫ぶ。その信頼に応えるように、シュウは静かに右手をかざした。
彼の脳内には、無機質なシステムメッセージが響いている。
【先天スキル:魔物喰い――概念干渉開始】
【対象:フォレストウルフの残滓】
【副次効果:影の追従を展開】
シュウが影を操るように指を動かすと、フィオナの足元にある影が爆発的に膨れ上がり、彼女の周囲に漆黒の障壁を作り出した。
放たれた矢は、その影に吸い込まれるようにして静かに地面へ落ちる。
「……私の後ろは、世界で一番安全ですわ」
フィオナが不敵に微笑む。
彼女は影の防壁を蹴り、弾丸のような速度で隊長へと肉薄した。
「お、待て! 貴様、自分が何をしているか分かっているのか! 我ら帝国に逆らえば、この辺境の村ごと――」
「……村? ああ、あんなところ、もうどうでもいいんだよ」
冷徹な声を発したのは、シュウだった。
彼は倒れた兵士たちの武器を鑑定眼で見つめながら、吐き捨てるように言う。
「俺を『化け物』と呼んで石を投げた連中だ。守る義理も、未練もない。……フィオナ、やれ」
「承知いたしました」
フィオナの細剣が隊長の喉元で止まる。
だが、彼女はトドメを刺さなかった。剣の柄で強く打ち据え、意識だけを刈り取る。
王女としての矜持か、あるいはシュウが言った「美食」の素材としての価値を見出したのか。
静寂が森に戻る。
十人の帝国兵はすべて戦闘不能となり、地面に転がっていた。
「……ふぅ。シュウ様、終わりました」
フィオナが振り返る。
その瞬間、彼女を包んでいた光のドレスと青い外套が霧のように消え、元のボロボロの白銀ドレスに戻った。
と同時に、彼女はその場に膝をつく。
「フィオナ!」
「……申し訳ありません。少し、お腹が空いてしまったようで……」
照れくさそうに笑う彼女の腹部から、またもや切実な音が鳴る。
どうやら「神装」の維持には、シュウが供給する魔物エネルギーの消費が激しいらしい。
「分かった。……幸い、材料ならここにごろごろ転がってるからな」
シュウは倒れた帝国兵たちが連れていた予備の食糧や、先ほどの魔物の残骸に目を向ける。
だが、その時。
「……おいおい、派手にやったな。村の外れが騒がしいと思ったら、これかよ」
茂みを掻き分けて現れたのは、シュウと同じ年格好の少年だった。
赤茶色の髪を短く刈り込み、背中には身の丈ほどもある大剣を背負っている。
「ガストン……」
「よぉ、シュウ。……と、その綺麗な姉ちゃんは誰だ? もしかして、お前の『魔物喰い』で呼び出した嫁さんか?」
村で唯一、シュウを「化け物」と呼ばずに接してきた親友、ガストンの登場だった。
だが、彼の背後からはもう一つの気配が近づいている。
「……シュウ君。逃げるなら今よ。村の自警団が、帝国の兵士がやられたと聞いてこっちに向かってるわ」
木の枝に音もなく降り立ったのは、狐のような耳を隠しもせず、鋭い視線を向ける亜人の少女――リィネだった。




