戦女神の産声
森の茂みを掻き分け、姿を現したのは三頭の『フォレストウルフ』。
帝国の追撃兵が放った猟犬だ。鋭い牙からは涎が垂れ、その目は逃亡者であるフィオナを捕食対象として冷酷に見据えていた。
「フィオナ、来るぞ!」
「……ええ。驚くほど、体が軽いのです」
フィオナが地面を蹴る。
その瞬間、彼女が纏う『神装』の裾が、ニードルラットの特性を引き継いだ鋭い光の針を放った。
「ガウッ!?」
先頭の一頭が、回避不能の速度で放たれた光の刺突に貫かれ、絶命する。
これまでの彼女なら、剣を振るうことすらままならないほど体力を消耗していたはずだった。だが、今の彼女の血管を駆け巡っているのは、シュウが与えた「魔物の真髄」という名の高純度エネルギーだ。
「はぁぁっ!」
フィオナは手近な木の枝を掴むと、そこへ魔力を流し込む。
すると、枝は瞬時に硬質化し、ニードルラットの針を模した「白銀の細剣」へと姿を変えた。
(信じられない……。ただの魔物の肉が、私の魔力回路をここまで強制的に拡張するなんて)
彼女は舞うように二頭の間を抜け、その喉元を一閃した。
鮮血が舞う中、フィオナは美しく着地する。その姿は、文字通り戦場に降臨した「戦女神」そのものだった。
わずか数秒の出来事。
全滅したフォレストウルフの死骸を前に、フィオナは荒い息をつきながら自分の手を見つめた。
「これが……私の、新しい力……」
「……ああ。俺が喰らって抽出した『概念』を、お前の魔力が具現化した姿だ。それが【魔物喰い】の、もう一つの顔だよ」
シュウは淡々と告げたが、内心では安堵していた。
自分の不浄なスキルが、誰かを救うための力として機能した。その事実は、彼自身の凍てついた心をわずかに溶かしていく。
だが、安らぎは長くは続かない。
森の奥から、今度は重々しい鉄靴の音が響いてきた。
「……いたぞ! 亡国の残党め、こんなところに隠れていようとは!」
現れたのは、黒い甲冑を纏った帝国の追撃兵たち。その数は十人。
彼らは全滅したフォレストウルフを見て一瞬たじろいだが、すぐに剣を抜き、包囲の陣を敷く。
「その女を捕らえろ! 邪魔な村のガキは殺して構わん!」
兵士の一人がシュウに向かって剣を振り下ろす。
フィオナが助けに入ろうとしたが、シュウは片手でそれを制した。
「フィオナ、動くな。……まだ『メインディッシュ』が足りないだろ?」
「……え?」
シュウは迫る剣先を紙一重でかわすと、足元に転がっていたフォレストウルフの喉元へ手を伸ばした。
「【魔物喰い】――二次抽出」
シュウの指先が魔物の血に触れた瞬間、死骸が急速に風化し、一筋の「青い光」となって彼の掌に吸い込まれる。
「フォレストウルフの特性:『集団連携』および『瞬足』……抽出完了。――フィオナ、口を開けろ!」
シュウが生成したのは、青く輝く小さな結晶体。
彼はそれをフィオナの唇へと放り込んだ。
「んむっ……!?」
二度目の「美食」が彼女の胃に落ちる。
その瞬間、フィオナの背中から光の翼のようなマントが噴出し、彼女の双眸が狼のごとき鋭い光を帯びた。
「……全員、片付けます」
フィオナの姿が、兵士たちの視界から消えた。




