境界線の美食家(モンスター・イーター)、究極のフルコース
帝国の空中艦隊が雲の彼方へと潰え、学園に真の静寂が訪れた。
数日後。戦いの傷跡が残る中、中央演習場には信じられないほど香ばしく、甘美な香りが漂っていた。
「……よし。味付けは完璧だ。みんな、準備はいいか?」
エプロンを締め、巨大な鍋の前に立つシュウが声をかける。その右腕には、戦いの代償として刻まれた黄金の紋様が、誇らしげに輝いていた。
「はい、シュウ様! テーブルセッティングは完璧ですわ!」
フィオナが白銀のドレスを翻し、魔法で磨き上げたカトラリーを並べる。彼女の表情には、もはや亡国の悲哀はなく、愛する者と共に生きる強き女性の輝きがあった。
「ちょっと、シュウ! 私の持ってきた『世界樹の雫』、隠し味にちゃんと使ったでしょうね!?」
エレインがエルフ耳をぴくぴくと動かし、秘蔵の酒瓶を抱えて詰め寄る。その頬は、戦いのご褒美への期待でわずかに赤らんでいた。
「あはは、エレインちゃん落ち着いて! 火加減なら任せてよ、最高の強火で仕上げるから!」
リィネが九本の炎の尾を器用に使い、十数のコンロを同時に操る。彼女の周囲には、踊るような熱気と活気が溢れていた。
「……シュウ。……ミーニャ、お腹ペコペコ。……もう、我慢の限界にゃん」
黒い猫耳を激しくピルピルと震わせ、ミーニャが影から飛び出し、シュウの腰に抱きつく。彼女の手には、地下迷宮でこっそり仕留めてきた「極上の珍味」が握られていた。
「……ん。……私も、食べる。……シュウの隣、私の場所」
幼い姿に戻ったルナが、眠たげな瞳でシュウの反対側の腕を確保する。彼女の背中の漆黒の翼は、今はただ、シュウを優しく包み込むためだけにあった。
「……おいおい、俺の席がねぇじゃねぇか。……まぁ、いいさ。シュウ、最高の一皿、頼むぜ」
ガストンが黄金の重剣を傍らに置き、豪快に笑いながら椅子に座る。人工魔石を克服した彼の身体には、親友と繋がった証である龍の紋章が刻まれていた。
「――お待たせ。これが、俺たちの旅の集大成だ。……『究極合成:境界なき絆のフルコース』!」
シュウが皿を並べると、会場全体が黄金の魔力に包まれた。
魔物を喰らい、差別を越え、概念を混ぜ合わせ、仲間と分け合ったすべての記憶が、一つの「味」となって五感を支配する。
一口食べた瞬間、全員の顔に、言葉にならない幸福が広がった。
「……美味しい。……今まで食べてきた何よりも、温かいですわ」
「……ふん、ま、まあまあね。……明日も、作ってあげてもいいわよ?」
涙を浮かべるフィオナと、耳を真っ赤にするエレイン。
かつて、魔物を喰らう者は「化け物」と呼ばれた。
だが今、ここにいるのは化け物でも王女でも亜人でもない。ただ、美味しい食事を囲んで笑い合う、かけがえのない「家族」だった。
「……シュウ。次は、どこへ行く? ……世界中、全部食べ尽くしちゃう?」
ルナの問いに、シュウは空を見上げた。
まだ見ぬ大陸、まだ知らぬ魔物、そしてまだ見ぬ「味」が、空の向こうで待っている。
「ああ。……世界は広いからな。……腹一杯になるまで、俺たちの旅は終わらないさ」
大陸の空に、少年と少女たちの笑い声が響き渡る。
境界線を越えた美食家たちの物語は、今、最高の一口と共に、新たなる旅立ちへと続いていく。




