漆黒の晩餐と、龍の吐息(ブレス)
「……待って。その子、本当に食べさせるつもり!?」
エレインが、制服の襟元を正しながらエルフ耳を激しく揺らして叫んだ。目の前にいるのは、伝説の龍族――その少女は、シュウの首筋に顔を埋めたまま、喉を鳴らしている。
「……お腹、空いた。……早く」
「分かった。……シャロン、ここの備品と厨房を借りるぞ」
シュウは、白衣の少女シャロンに断りを入れると、右腕の激痛を押し殺して包丁を握った。幸い、研究室の冷蔵魔導庫には、実験用の高純度な魔物素材がいくつか眠っている。
「……ふむ。学園の予算を勝手に使うのは感心しないけど、龍の食事シーンが見られるなら安いものだね」
シャロンは眼鏡を押し上げ、興味津々で手帳を広げる。
シュウが選んだのは、学園の地下迷宮で採取された『クリスタル・スライム』の核と、最高級の『ペガサスの赤身肉』。
「【魔物喰い:精製】。……龍の胃袋に耐えられるよう、魔力密度を極限まで高める」
シュウが右腕の熱を逆に利用し、肉を焼き上げる。
ジューッという音と共に、銀色の光を放つソースが肉に絡みつく。完成したのは、見た目こそ美しいが、常人が食べれば魔力酔いで即死するほどの超高エネルギー食だ。
「……食べろ。名前は何ていうんだ?」
「……ルナ。……いただきます」
黒羽の少女――ルナは、差し出された肉を一口で飲み込んだ。
その瞬間、彼女の背中の漆黒の翼が大きく広がり、研究室全体を包み込むほどの魔圧が爆発した。
「……美味しい。……身体が、熱い。……お返し」
ルナはシュウの顔を両手で包み込むと、そのまま至近距離で深く息を吐き出した。
それは龍族にのみ許された、純粋な生命エネルギーの譲渡――『龍の吐息』の逆流だ。
「――っ!? あああぁぁっ!」
シュウの右腕に、ルナの黄金色の魔力が流れ込む。
赤黒く変色していた皮膚が、剥がれ落ちるように再生し、焼き切れていた魔力回路が以前よりも太く、強固に作り替えられていく。
「……ふぅ。……これで、治った。……でも、まだ足りない。……毎晩、作って」
ルナは満足げにシュウの胸に顔を埋めた。それを見たフィオナの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「……っ! ルナさん、離れてください! シュウ様は、その、わたくしたちの大切な……!」
「……シュウ。……ミーニャの場所、取られた。……にゃん」
黒い猫耳を三角にして、ミーニャがルナの服を引っ張る。
一時の平穏が訪れたかに見えたが、研究室の扉が乱暴に蹴破られた。
「――ここか! 許可なく地下の素材を盗み出した、野蛮な編入生というのは!」
現れたのは、金モールを飾った豪華な制服に身を包む、学園の執行部員たち。
シュウの腕が完治した直後、早くも学園の「ルール」という名の壁が、彼らの前に立ちふさがった。




