サミュエルとの約束
ウォルス家はルアール国において多くの鉱物を供給する家だ。侯爵家というだけあってその歴史も長く、国への貢献も認められている。
だが、内情はそうではない。
長年国内の鉱物市場を牽引してきたことはたしかだが、ここ数年領内の鉱物の産出量が激減していた。
(資源に限りがあるのは当たり前のことなのに)
そう思いながら、フレアは執務机の上に置いてあった報告書を手に取る。フレアが個人的に依頼して領内の鉱物量を調べたものだが、内容は芳しくなかった。
「やはり先月よりも減っているわね」
「もう後がないことはすでにわかっていたことでしょう?」
ルキウスとしては予想できたことだったからか、彼の反応は薄い。
ウォルス家が豊かでいられたのは一重に鉱物の恩恵だ。そのことをサミュエルは誰よりも理解していなければならないのに。
「今のままではダメなことに、サミュエル様はいつ気づくのかしら?」
「あの方が気づくとは思えません」
フレアの呟きにルキウスが苦々しく返す。
サミュエルは、どこまでいっても裕福な侯爵家の坊ちゃんだ。
つまり、危機感が足りない。
彼の両親が、祖父母が、安穏と暮らしてきたことを当然のことと思っているから、領内の事業への関心も薄かった。
サミュエルを導いてくれるはずの両親を早くに亡くしてしまったのも原因の一つなのだろう。
侯爵家の広大な領地にはそれぞれの地域に代官が置かれている。代官が領民の仕事を管理し、定期的に報告書を上げてきていた。
本来であればその報告書を元に、サミュエルは領地の運営を考えなければならないのだ。しかし彼は管理を代官に任せっ放しのまま。
(一応報告書には目を通しているはずなのだけど……)
しかしちゃんと考えていれば問題が起こっていることに気づくはずだ。
経営にはある種の感覚が必要ではあるが、それにしても、である。
その点フレアは商会を運営する家に生まれたからか、女だてらに幼少の頃から経営とは何たるかを教え込まれてきた。さらには元々その辺りの感性が鋭い。
(サミュエル様が領地運営に興味がなかったとしても、私が支えていけば良いと思っていたのよね)
実際に、婚約してからはどうせ結婚するのだからと、サミュエル承諾の元でフレアはウォルス家の経営にも参加している。
適材適所の言葉通り、経営が得意なフレアが領地を運営し、社交が得意なサミュエルが王都で人づき合いをすれば良いと思っていた。
しかし今までそのことを知っていたのは、サミュエルを除けばウォルス家の家令と各地の代官たちだけ。
まだ結婚前ということもあり、タウンハウスの使用人たちには知らされていなかった。
「しかも、持参金まで経営の補填に充てるのでしょう? あの方が約束を守ってくれるのか、心配でしかありません」
ルキウスの言葉に、フレアは小さなため息をつく。
フレアは持参金をウォレス家に入れるにあたってサミュエルと一つ約束をした。
それは、今すぐでなくてもいいから、今後ミュラー家が自立して生活ができるようにすることだ。
現状ウォルス家の経済状況は想定よりも早く傾き始めている。
資源の枯渇に対応するためにも、経費の削減と新しい事業の検討をしなければならなかった。
そう、まず始めに大事なのは経費の削減なのだ。
「あの厚かましい親子の生活費を、いったいいつまで面倒みるつもりなんでしょうね」
フレアに渡すための書類を見ながら、ルキウスが吐き捨てるように言った。
彼の手にあるのは領内の経費の一覧表だ。
「遠縁の方でもいいからどなたかを後継者に立てることを勧めたのだけれど、誰もいらっしゃらないみたいなの。それならと、援助をしてくださるような実家を持つ方とリリアン様の結婚を提案したら……リリアン様に激しく拒否されてしまったわ」
当主である男爵亡き後、領地の運営もカミラとリリアンの生活費も旧知の仲であるウォルス家が支えている。
人助けは悪いことではないが、ずっと続けるわけにはいかない。
だからこその、サミュエルとの約束だった。
そもそも、本来であればウォルス家がミュラー家を支える必要はないのだ。
しかしサミュエルはカミラが乳母だったこと、リリアンが幼馴染であることを理由に援助を続けていた。
(男爵夫人とはいえ平民であるカミラが乳母だったことは不思議だけど……男爵領に対する援助の一環だったのかもしれないわね)
そんなことを思いながらフレアはルキウスから渡された書類に目を通す。
「病弱で社交すらあまりできないという令嬢に、たくさんのドレスもアクセサリーも不要だと思うのですが?」
ルキウスの言う通り、経費一覧の中にはリリアンのドレスやアクセサリーにかかった費用が記載されている。
ミュラー家の生活費と合わせるとかなりの額だ。
「後継者もおらず結婚もしないとなると、あとは爵位と領地の返上しか方法はないのだけれど、了承はしないでしょうね」
それはリリアンだけでなく、サミュエルも。
「現実が見えていないんですよ」
ルキウスは一貫してサミュエルとリリアンに対して辛辣だ。
それでも、フレアが結婚式をすっぽかされるまではそこまでではなかった。
彼の中で昨日のでき事が超えてはならない一線だったのだろう。
それはまた、フレアの中でも同じだった。
「私も、現実が見えていなかったのかもしれないわ」
「フレア様?」
思いがけない言葉だったのかルキウスが目を見開く。
「本当に好きだったのよ……」
たとえサミュエルの中で一番大切にされていなかったとしても。
それを自分の中で誤魔化してしまうくらいには、好きだった。
何が、とか、どこが、とか、上げるのも難しいくらい、ただただ好きだった。
(人の感情はままならないものね)
はたから見ればフレアの選択は愚かなものだ。
自分よりも優先する相手がいる人を好きになって、結婚までしようとしたのだから。
まさしく、恋は盲目だったのかもしれない。
でもフレアは目覚めてしまった。
昨日のでき事で、我に返ったのだ。
「ルキウス、私はこの結婚をやめようと思うの」
「……! 本当ですか⁉︎ しかし、どうやって?」
サミュエルの行動がよほど腹に据えかねていたのか、フレアの言葉にルキウスの顔が輝く。
同時に、どこか心配そうに問いかけてきた。
フレアはすでにウォルス邸に居を移し、対外的にもサミュエルとの結婚を周知しているのだから。
そんなルキウスにフレアは微笑む。
そしておもむろに口を開いたのだった。
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