理不尽な要求
(煽っているわね)
エイダンのサミュエルへの対応を見ながらフレアはそう思った。
商人は相手からの印象を大事にする。好ましい相手だと思われないと、まとまるはずの商談もまとまらないからだ。
だからエイダンは相手に好感を持ってもらう対応を心得ているし、日頃は自身の言動にも気をつけている。
そのエイダンがこんな態度を取るということは、あえてそうしているということだろう。
「そうね。エイダンは信用に足る人だもの」
サミュエルを見ながら、フレアは口づけから解放された手をエイダンの腕に回し、友人というには近い距離でくっついた。
その行動にサミュエルの眉間に皺が寄る。
「はしたないな」
そして呟かれた言葉にフレアは失笑した。
「……っ。ごめんなさい。あまりにもおかしな言葉が聞こえてきてしまったものですから」
(いつもリリアン様をまとわりつかせていたサミュエル様がそんなことを言えるのかしらね)
「何だと?」
今まで聞いたこともないフレアからの否定的な言葉にサミュエルが反応する。
そして今にもさらなる侮蔑の言葉を言おうとしたサミュエルを、しかし彼の隣からリリアンが止めた。
(あら。珍しいわね)
リリアンはいつだって人の陰に隠れている。そして自分は悪くないと演じながら自身の希望が通るように仕向けるのが常だった。
その手段は泣き落としや悲しげな顔、そして健気なふるまいが主だったが、今のように直接的に手を出してくることは少ない。
「サミュエル。今日はあのことを話すんでしょ?」
ヒソッと囁かれた言葉に、サミュエルの動きが止まる。そして大きなため息をつくと、フレアに向き合った。
「話がある。これは婚約破棄にかかわることでもあるから、拒否は許さない」
(許すも許さないも、サミュエル様にはそんな権利はないと思うわ。それに、婚約破棄届はすでに正式に受理されているもの)
正式に破棄されたのだから、今はもうフレアとサミュエルの間には元婚約者だったという事実以外に何のかかわりもないはずだ。
だからフレアはサミュエルにつき合う必要はない。
(でも今後もこんな風につきまとわれるのは迷惑ね)
彼らの性格を考えるに、自分たちの希望が通るまでしつこく絡んでくることは想像ができた。
それを回避するには顔を合わせないようにするのが一番だが、彼らのせいで自分の社交が邪魔されるのは納得がいかない。
どうしたものかと考えながらチラリと隣のエイダンを見上げれば、彼がスッと顔を近づけてきた。
「ここで断ってもしつこそうだから、一度話を聞くか?」
どうするかの判断はフレアに任せるが、話をするなら同席する。
エイダンはそう言ってくれているのだろう。
そして少しの逡巡後、フレアは承諾の意を伝えたのだった。
♢♢♢
案内されたのは公爵家の休憩室の一つだ。
元々サミュエルが貸し切ることをお願いしていたのか、他には誰もいない。
仲良く語らうような間柄でもない相手と一つの部屋にいるのも憂鬱だったが、さすがに多くの人が耳をそばだてていそうなあの場で話すには不都合が多すぎた。
無言が支配する部屋の中で、給仕係が入れた紅茶が芳しい香りを放ち、テーブルの上には華やかな茶菓子が色を添えている。
そんなテーブルを挟んで、一方にフレアとエイダンが、反対側にサミュエルとリリアンが座った。
「それで、お話とは何でしょう?」
長居をしたくないフレアがさっそく話を切り出す。
「……侯爵領の経営が芳しくない」
話を振られたのにしばらく沈黙した後、サミュエルが唐突にそう言った。
「それで?」
フレアとしては予想できた内容だったから続きを促せば、なぜかサミュエルが驚いたような顔をしている。
「それで、だと? 言うことはそれだけか?」
フレアはウォルス家とはすでに縁の切れた身だ。だからサミュエルの言っていることが本当に理解できなかった。
「私に何をおっしゃれと? ウォルス家の問題はサミュエル様とリリアン様の問題であって、私には何の関係もありませんが?」
だから至極当たり前の言葉を返す。
だがその言葉が気に入らなかったのだろう。みるみる内にサミュエルの顔が歪んでいく。
「お前が、急に事業から手を引いたことが問題なんだ。今まで散々我が侯爵領内をかき回してきたんだ。最後まで責任を持ってたずさわるのが道理だろう?」
(いったい何を言われているのかしら)
言いがかりも甚だしい内容にフレアはめまいを感じた。
たしかに、サミュエルと婚約してから破棄するまで、フレアは領内の事業にかかわってきた。それはサミュエルには事業を取り回す能力が足りてなかったからだ。
しかしそれらはあくまでサミュエルと結婚して侯爵夫人になる予定だったからやってきたこと。
(それに、ある程度は今後の計画なども代官たちに託してきたはずだけれど……)
この調子だと彼らの話を聞くことなく自分の思う通りに進めて、そのせいでさらに状況が悪くなったのかもしれない。
「ではおうかがいしますが、私はどんな立場でウォルス領の業務にたずさわるのでしょうか?」
「それは……」
そもそも他家のことに口を出すのは越権行為だ。明確な立場がなければかかわるのもおかしい。
「元婚約者だろう? お前が婚約破棄を望んだんだ。領内の事業の責任をとる必要がある」
(婚約破棄がサミュエル様の有責だということを忘れてしまったのかしら? 領内の立て直しも含めて、リリアン様と共に努力していくというのが慰謝料に含まれているのに)
同じ言葉を話しているはずなのに全然通じない。それはとてつもない徒労をフレアに感じさせた。
「フレア様は慈悲のかけらもないひどい方だったんですね」
どうやってサミュエルに現実を認識させればいいのか、頭を悩ませていたフレアの耳に今度はリリアンの声が聞こえる。
「リリアン様、急に侮辱的な言葉を言われる理由をうかがっても?」
事業を進めるには常に冷静でいなければならない。そう心がけているフレアは普通の令嬢よりもよほど気が長い。そんな自分の堪忍袋の尾が切れそうになっているのを、フレアは心の中で感じていた。
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