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ネロ・ビオッジ

恐ろしい技量だ! サー・ガラハット卿は傭兵団最強の団長を弄ぶように屠った。

 その様子を見ていた兵士たちは既に戦意を喪失している、顔を見合わせて背を向けるタイミングを図る。

 まさか一人を相手に全滅の憂き目に会うとは考えていなかったキャサリンお嬢様は怯えるよりも額に血管を浮かせて憤怒の形相、ギリギリと奥歯を噛む音が聞こえてくる。

 「こんなことは! サバリーニ家が負けるなど! そんなことは認められない、誰か、誰かこの者を捕らえなさい! もう殺しても構いません! さあ、早くしなさい!!」

 その絶叫を聞いても動く者はいない。

 「だいたい君は僕より下級の貴族じゃないか、それなら傅き給えよ、その醜い顔を踏み付けてあげよう」

 軽蔑と見下ろす視線にキャサリンお嬢様がキレた。

 「黙れ! 黙れ! 黙れー!!」

ガランッ デッドソードを放り出すと背中の短銃を握り引き金に指をかける!!

 「死ぃねぇえぇぇぇぇ!!」

 バアッンッ 轟音と白煙を上げて弾丸が外れるはずのない至近距離から撃ち出された!

 ユラッ ガラハット卿の影が揺れる。

 カッ 「あ゛っ……」 お嬢様の額に一本角が生えていた。

 「そんなの当たる訳ないじゃん、一発しか撃てないし役立たずだね」

 すれ違いざまに肩を突くと驚愕と憤怒をデスマスクに張り付け、その視線は空を見上げて動かなくなった。

 兵士たちはそのタイミングを見逃さずに全員が背を向けて森へと遁走していく、もう命を張る理由はない、お嬢様が殺されたとなればどの道処罰される、逃走あるのみだ。

 「前座は終了だね、さあ、メインディッシュも片付けて……あれれ?」

 小鹿二人は既にいない、午後になって海風が吹き付ける草原には誰の姿もなくなっていた、崖の傍までいくと下を見下ろす、二十メートルはある、波は穏やかだが色が黒い、底が見えない海にフィーリーが来ていたコートが漂っている。

 「まさか、飛んだの!? リルフって泳げなかったはず、また逃した……僕が⁉」

 「まいったな、また仕切り直しかぁ、ラウド卿に叱られちゃうよ、いずれにしても目的地は変わらない、また向こうで再会すればいいかなぁ?」

 ヒュンッ 剣を振り、血を飛ばし優雅に鞘へと戻すと海風に遊ばれる髪をそのままに口角を上げて笑う 「ちょっと、おかしいな」


 「あの弓は危険だわ! あれで狙われたらマズイ!」

 「どうしよう、今の内に逃げ道を探さないと……」

 その間にもガラハット卿はサーカスの軽業かと思わせる動きで兵士たちを減らしていく、時間はあまり無いかもしれない。

 ピイィィ! 口笛だ、海から聞こえた! 「えっ⁉」 呼ばれている? 恐る恐る崖下を覗き込むと小舟が浮いていた、黒ずくめの男がオールを掲げて手招きしていた。

 「ネロさん⁉」

 「ネロって殺し屋? 海にも逃げられないの⁉」

 「大丈夫! 味方よ!」

 兵士たちの悲鳴とキャサリンお嬢様の怒号が聞こえる、だめだ、今決断しなければ間に合わなくなる。

 「信用していいのね⁉」

 「急ごう! 乗って!」

 「分かった!」

 震える足を叩いて再びのモンキー乗り、シープは身を翻して崖へと跳躍する、僅かな岩の突起に蹄を掛けて垂直に近い崖をジグザクに飛び降りていく!

 その様は鹿ではなく山岳に住む白岩山羊、轟々と風と波の音が鼓膜を打つ、とても目を開けている事は出来ない! バンッ 飛んだ! 直後の落下、血の気が引く!

 ダダンッ 木床へ着地、小舟の上だ。

 シープの足を信じてはいるが背中から降りて見上げると聳える崖から一瞬で降りてきたとは到底信じられないが現実だ、証拠に船上には黒衣の兵士がいた、マスクから灰色の瞳だけが覗いている、シープの元に現れたというネロ・ビオッジ、纏う雰囲気の剣呑さは殺し屋のものか。

 「ひっ」その気配を前に意識せずとも悲鳴が漏れた。

 チラリとその瞳が動いたが視線は直ぐにシープへと移動する、ホッとする半面、無視されたようで割り切れない、死線を潜っているのに我ながら愚かだと切り捨てて目を逸らさずに黒と呼ばれる殺し屋を観察する。

 「シープ、無事なようだ、よく脱出できたな」

 声の感じは二十台前半、思っていたより小柄だし若い、腰に剣はないが背中に棒のような物を担いでいる、何らかの武器なのだと分かる。

 「ネロさん、上にあいつがいるの! 強力な弓を持っているわ、見つかったらまずい、早く死角に入らないと!」

 「分かっている」

 バードはオールを漕ぐと船を崖に寄せて行く。

 「あっ!」 水面近くで崖が割れて洞窟となっていた、入口は狭いが奥深くまで続いていた、崖の上からだと完全な死角。

 「フィーリーだったか、上着を海に捨てろ!」

 「なっ、何でよ!」

 「海に飛び込んだと思わせる、早くしろ」

 「くっ……」 渋々にオイルドコートを海へと放ると沈みかけながら沖へと流されていく。

 「周りを良く見ろ、行き当たりの判断では直ぐにボロがでるぞ」

 「……」 返す言葉がなかった、でもと言い訳したくなる、昨日まで単なるメイドだった自分と箱入りのリルフ娘にこれ以上何が出来た? 分かっている、自分は無力だ。

 「ありがとう、助かった」

 「シープ、俺を待てと言っただろう」

 「ごめんなさい、相手が分からなくて、いっそフィーリーの傍にいた方がいいと思ったの」

 「まあ、結果的には彼女を救いだせたのは君の判断が正しかったということか、また無茶をしたな」

 「奴のレイピアは鋭くて速い、人間離れしている」

 小舟は洞窟の岸壁へと接岸してレインが先に飛び降りると舫を縛り二人をエスコートした、奥に道が続いている。

 「ここって何処かに繋がっている?」

 「ああ、反対側の森に出る、ニースに行くには遠回りだが敵を欺くには丁度いい、元々の計画通りだ」

 「どうしてこんな道を知っているの? あなたはこの辺の人⁉」

 「もちろん違う、段取り八分仕事二分、実行前の準備こそが仕事の基本だ」

 フードを外すとやはり若い、 同い歳位か、ひょっとすると年下かもしれない、上目遣いとへの字口が生意気そうだ。

 「少し休んでいこう、街へ出るのは日が落ちてからだ」

 「あのっ、私、フィオーリ・ディ・チェリージオと……」

 「知っている、父はアレクセイ・レオーネ、母はシノ・ククル、性別女性、歳は15、通り名はフィーリー、サバリーニ伯爵家のハウスメイド、ラウド・ツェッペリ伯爵に狙われている」

 「ラウド・ツェッペリ伯爵⁉ そいつの差し金なの? 何故私を⁉」

 「俺は依頼の理由を聞かなきゃ仕事は受けない、奴はお前の父親に恨みがあると言っていたな、しかし俺は女子供の殺しはやらない、奴は君の身体を欲しがっているようだ」

 「かっ、身体⁉ 奴隷にでもしようって、まって、ガラハット卿は私を殺そうとした、死体が欲しいって事?」

 「そうらしい、剥製にでもするつもりじゃないか、串刺し伯爵様だ、それくらいはするだろ」

 うげげっ、聞かなきゃ良かった。

 「それほどの恨みを……いったい何が?」

 「そこまでは聞いていない、これは俺の推測だがリルフ擬体がらみだと思う、ラウド卿は擬体開発者だ、因果があってもおかしくはない」

 「ネロさん……なぜ助けてくれたの? あなたの目的は何?」

 「この状況で助けてくれと喚かないのは褒めてやる、この仕事は俺が協力を願い出た事だ、礼ならシープからもう貰っている、礼なら彼女に言ってくれ」

 「どういう事なの?」

 「レインの探し物を手伝っただけよ、大した事はしていない、費用が必要なら行ってほしい金鉱石で払う、ちょうど今出来た」

 「出来たって?」

 シープが何やら口をモゴモゴさせてプッと何かを掌に吐き出した。

 「はい」

 それは金の真球だ、大きさにして十グラムほどはある、シープが言った言葉の意味が分かった、擬体の体内で錬成して作り出したのだ。

 「これって金! 出来たってどういう? 身体の中で金を作れるの⁉」

 「……これは排泄物、私にとってはうんちね、イエローアンバーを食べると出来やすい」

 「金のうんち⁉」

 「人造金というのは不可能だと思っていたが違うらしい、このことが世間に知れたら世界からリルフは根絶されるぞ」

 「野にいるリルフはイエローアンバーを知らない、普通の鉱石では出来ないみたい」

 「錬金術そのまんまじゃん、凄い! なるほど使い方がおかしくなっても仕方ないや」

 「……そんな大事だとは思わなかった」

 「世界史に残る大事だ、絶対に誰にも漏らすなよ、この真ん丸な金も目立ちすぎる、最悪売るときはハンマーで叩いてからにすることだ」

 「あなたはお金に興味ないの?」

 「金も食い物も生きるに必要なだけでいい、持ち過ぎると碌な事にならないからな」

 「欲はないの、いい服が着たいとか、美味しい物が食べたいとか思わないの?」 

 「そんな事に価値はない、山の暮らしに金なんか要らない、自分ひとりでいい」

 少年ぽいが世捨て人のような考え方は既にジジイだ。

 「それじゃ何故今ここにいるの?」

 「やる事がある、お前達を手助けするのは序だ、俺もフローラシオンに用がある」

 焚火が大きくなり火が照らす、やはり少年、しかしその顔には傷が多い、額から頬にかけて縦に幾筋も線が走っていた、思わず手が口を押えてしまう。

 「この傷は熊にやられた、もう少しで面の皮すべて持っていかれるところだったぜ、どうだカッコいいだろう」

 「意味不明、怖いだけよ」

 戦い方は知っているかもしれないがそんな事がカッコイイだなんて理解できない、やっぱりガキだわ。

 強い事、能力の高い事が雄の価値の全てだと若い細胞は意識せずに信じてしまう、虚勢を張り、踏み付けられないように精一杯の武器を抱えている。

 底は割と浅い、お屋敷に出入りしていた貴族のお坊ちゃま共と同じ、環境が違うだけだ。

 正体不明よりも分かりやすい、少しだけ私はホッとしていた。


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