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再会

 呑気にお喋りしながら歩いている、呆れたものだ。

 フローラシオンを目指すのは逃亡者の定石、しかもニース経由で川を使うのも見え見えの判断、素人そのもの、それに女二人が護衛も付けずに人通りのない辺鄙な道をいけば間違いなく目立つ、せめて地図を買ってルートを検討するべきなのに。

 「聞いてくれれば教えてあげたのになぁ」

 手を振りながら呟いたのはサー・ガラハット卿、逃がした獲物を追うハンター。

 ようやく獲物が走り出した、追い込み漁の準備は整った。

 「ウサギ狩りじゃなくて鹿狩りだね、今度は逃がさないよ」

 ガガッ 丘を行く二人の後は追わずに山を越える林道へと馬に鞭を入れた。


 丘が終わり砂浜の海岸に出る、その先にある林の向こうがニース港だ。

 「シープ! あいつ追ってきてないよ!」

 「諦めたか⁉」

 跳躍の疾走を止めると塊が二つに別れた、鹿の背中を降りるとモンキー乗りの疲労が全身を襲う、ただでさえ運動音痴で体力がない所へ来て昨日の疾走で筋肉痛が酷い、まるで産まれたての小鹿のようだ、膝が大きく震えている、まるで自分の脚じゃない。

 「汗ひとつかいていないってどういう事? 疲れないの⁉」

 「疲労はある、汗は……この擬体に汗腺なんて高等な器官は再現出来ていない、それとリルフは酸素を必要としないの、つまり呼吸していない、そもそも肺がない、人間は複雑すぎる」

 「こっ、こんな苦しいなら私も擬体の方がいいわ、ねぇ、身体を交換してよ、今だけでいいからさぁ!」

 「全てを持っている人間の傲慢な贅沢! 痛いのも苦しいのも生きていることの一部だと思う、それも楽しまなきゃ損だ」

 「痛いのが楽しめたら、それはもう立派な変態だよ! 遠慮するわ!」

 堪らずに服が汚れるのを忘れて尻もちを付いた 「あっ!」 小鹿が飛び上がり付いた砂を払う、疲れより新品の服の方が重要だ。

 「やだっもう! 汚れちゃった……泣いちゃいそう」

 「やっぱり人間は複雑、フィーリーといると色々勉強になるわ」

 「なによ、なんか意味深な言い方するじゃ……あれは?」

 木立の影に人影が見える……兵士とその後ろにいる見覚えのある場違いな白塗りの馬車、サバリーニ伯爵家キャサリンお嬢様の馬車だ。

 「何故こんなところにキャサリンお嬢様が⁉」

 決まっている、私かサー・ガラハット卿、あるいは両方を追ってきたかだ。

 答えは森から現れた!

 ガガガッ 崖を駆け下りてくる騎馬はサー・ガラハット卿!

 「嘘⁉ もう追いついてきた? しまった、近道があったんだ!」

 「これってヤバイ状況なんじゃ……」

 「どうする⁉来た道を戻る?」

 「最悪海へ飛び込む、覚悟して!」

 「嫌よ! 服が濡れちゃうじゃない!」

 「後でまた買えばいい、お金より命の方が大事よ!」

 「そんなぁ、生まれて初めての新品なのよ、それもシープが選んでくれたのに!」

 ガガガッ キャサリンお嬢様の兵士にも気づかれた、騒がしく移動を始めている!

 「やぁ小鹿ちゃんたち、お待たせ!」

 あくまで陽気で明るく手を振ってはいるが目的は殺しだ、その右手は次の動作で腰からレイピアを抜いている、爽やかな笑顔のままに殺気を纏う、そのギャップがより恐ろしい。

 「くっ……」

 挟まれた! 退路は海にしか無いかもしれない。

 サー・ガラハットの視線が林から駆けてくる兵士を捉えた。

 「おや、予約が被りましたか、お嬢さんたちモテモテだ、でもここは譲れませんねぇ」

 手綱を引くと馬を迫る兵士たちへと向けた!

 「君たちとのデートは邪魔者を処分した後でゆっくりと楽しみましょう、暫くお待ちをレィディ!」

 白い歯を見せて笑うと馬の腹を蹴って邪魔者へと切先を加速させた。

 「⁉」 「あいつ、何のつもりなの⁉」 好都合だ、サー・ガラハットがサバリーニ家兵士と遣り合っている隙を付いて脱出する、問題は一対多勢の戦闘でガラハット卿がどれだけ持ち堪えられるかだ、自分から飛び込んでいった自信は本物か虚勢か、実力を見るチャンスだ、海へと逃亡する足を止めた。

 

 「あれはサー・ガラハット卿⁉ さては奴らはグルだったのね! 一緒に逃亡する積りだわ、そうはさせるものですか! 三人とも捕らえて私の前に跪かせて! 殺さなければ何をしても構いませんわ!」

 キャサリン譲は甲冑まで着込んでいる、ドレスよりも似合っている。

 サバリーニ家雇いの傭兵団はそれぞれが短槍や刀で武装している、ライフル装備はいないようだ、ガラハット卿を囲い込むように扇状にその輪を絞り込んでいく、やはりプロだ、

会場で見せた殺戮劇の危険度を十分に理解している、舐めてはいない。

 「うっふふっ、やっぱり人間は楽しいなぁ!!」

 レイピアを鞘へと戻すと背負っていた弓へと武器を持ち帰る、更に走る馬の鞍の上で立ち上がった! その不安定な体制から矢を番えると正面の兵士に向けて弦を引いた!

 バシュッ カーンッ 弦音(つるおと)が甲高く鳴り響いた!

 シュバァッ その矢は重力の影響を受けていない、そんな飛翔だ、弧を描くことない直線は光の筋となって兵士の胸を突き抜けた! 「がっはぁっ!!」 「!!」

 「まず一つ! 矢はまだあるよ!」 激しい揺れを膝を中心に吸収して視線と弓は凪いだ海の上にいるように乱していない!

 バンッ バンッ バンッ 放射状に三連射を放つ、矢の速度が速い、その秘密は弓にある、常人では使えない強靭な弓を軽々と引く、細身の優男に比例しない剛腕!

 ドンッ ドンッ ドンッ 「ぎゃっ!」 「ぐおっ!」 「げっ!」

 そして比類なく正確、達人だった!!

 囲みが破られた! ガラハット卿は悠々と中央を抜けると右へ反転、片翼を後ろから追撃に移る、四本の矢だけで戦局を変えてしまった!

 弓を捨てると今度は短刀を抜く、馬上で接近戦用の短刀とは?

ガガガッ その一騎に迫り真横に並ぶ 「やあ!」 「なっ⁉」 軽薄な笑顔と挨拶、同時に鞍を蹴り敵の馬へと飛び移った! 「なんだと⁉」 後ろから抱きかかえるように覗き込み 「こんにちわぁ」 悪魔が嗤った ドスッ 短刀を延髄に滑り込ませる! 

「さようならぁ」 もはや動かなくなった兵士を突き落とす! ドシャアッ ゴロゴロッ 

 さらにもう一騎に近寄ると馬同士を激突させて兵士を落とす、自分は直前でジャンプ、転倒することなく降り立つと再びレイピアに持ち替えて落馬した兵士に止めを刺す、常に笑顔だ。

 左翼の兵士が集まってくるが右翼の全滅を見て踏み込むのを躊躇して遠巻きに止まった。

 「なんだあれは⁉ おかしいぞ、人間の動きじゃない」

 「やっぱり噂は本当だった! 奴は借屍還魂(しゃくしかんこん)だ!」

 「借屍還魂⁉ 」

 「サー・ガラハット卿は先の戦役で死亡したはずだと聞いた、あれは墓場から蘇った死人に違いない! 悪魔の力を借りているんだ!!」

 「あれは人間じゃねぇ!」

 全員が後退さった。

 「いいえ! ただの人間よ!!」

 キャサリンお嬢様だ、プラチナの甲冑を輝かせ、手にはデッドソードを握っている。

 「何をしているの⁉ サバリーニ家に泥をぶっかけておいてただで済ませるわけにはいかなくてよ! 早く捕まえて!!」

 その剣を叩きつけるようにガラハット卿に向けて振った! ブオンッ 生まれる性別を間違えた空裂音!

 「へええっ、そうかい!」 どこまでも爽やかだった青年が歯を剝きだして怒りを露わにした、その手がベルトの投げナイフに伸びるのと投擲されたのはほぼ同時!

 シャッ 至近距離で必殺の一撃がキャサリンに顔面に向かって飛んだ!

 ガインッ 間一髪、横からの盾が弾く! 「ひっ!」 「危険です、お嬢様! お下がりください!!」

 「ガイ団長⁉」 「ここはお任せを!」

 盾とダガーソードを装備した正統派の剣士、私設傭兵団の団長ガイ・クフィル、会場で殺された女傭兵マギー少尉とは恋仲だった、無残に殺された恋人の仇、引く理由は無い!

 「僕はさぁ、貴族っていう特権意識が大嫌いなんだよ、その上からの物言いを聞くと虫唾が走るんだ、理由は知らないけどね」

 「他人事のような言い草だな、狂人め、その首を持って彼女への手向けにさせて貰うぞ!」

 「剣を帯びれば男女の区別はないじゃん、弱かったから死んだ、それだけさ」

 ガラハット卿がレイピアを構える、盾と鎧を装備した相手に刺突だけで勝ち目があるのか? その顔には相変わらず暗い嗤いが張り付いている。

 「ほざけ! 下郎め!! へし折ってくれる!」

 盾を前に突進! 片手のダガーソードは腕を畳み攻撃の出所を巧みに見せない、戦いなれている、カガッ ビュッ ビュッ 前面を盾で隠して死角から一撃を狙う、冷静だ。

 「遅い、遅い、そんなんじゃ当たらない、もっと真剣にやらなきゃ 、工夫が足らないよっと!」

 ビュッ 鞭を振るうようにレイピアを盾に向けて打ち下ろす! キィンッ ククンッ 

 レイピアが盾を支点にして撓る! ビシュッ 「がっ⁉」 切先がヘルメットの隙間に伸びて片目を奪った! 盾が逆に死角を生んでしまった!

 「次はこんなのも出来るよぉ」

 一転して光速の刺突連撃! ピュンッ ピュンッ ピピュンッ 細く軽い擦過音!

 狙いは剣を握る指、そしてカバーがない盾を持つ肘! ガランッ 剣と盾が落ちたのは同時だった。

 「ほいっと!」

 軽くジャンプすると至近距離からの投げナイフ! 外れるはずもなく首筋の頸動脈を切断した。

 ドシャァッ 一撃も振ることが出来ずにガイ団長は屠られていた。


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