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咲かない桜

 母の墓所を訪れるのは何年ぶりだろう、住込みになってからは忙しさに忙殺されて花を手向けることから遠ざかっていた……自分にとって壁の絵が母の墓所であり、現実の墓所に母はいなかったから。

 亡き人を想うのは自分の為、助けてとお願いばかり、毎日通うには遠すぎた。

 「あそこよ」

 しばらく見ない間に木々の影が深くなっていた、小さな墓標の後ろに建てた時に植えた樹が大きく枝を伸ばしている。

 「わぁっ! 随分大きくなったなぁ」

 「なんていう樹なの?」

 「これは母の祖国の樹、フィオーリ ディ チェリージオ、向こうの言葉で桜って言うんだって、そう私の名前」

 「蕾がいっぱい付いているね、もう直ぐ咲くのかな、どんな花なの?」

 「知らない、咲いた事ないんだ、蕾のまま落ちてしまうの、そんなところまで私と同じね」

 一度闇を見つめると光から目を背けたくなる、閉じこもっていれば傷つかずに済む、咲けないまま地に落ちている蕾を摘まんで光に透かせると淡いピンク色だ。

 「可哀そう、動けないのに此処じゃ咲きたくなかったのかな」

 「フィーリー……」

 ポケットを探るとハンカチに包んだ指輪を取り出す。

 「さあ、指輪を帰そうか、お父さんとお母さんの再会だね」

 まるで通過儀礼、感情の籠らない声だと我ながら思う、母も父も顔さえ知らない、私の母は部屋の壁に置き去りだ、ただの石を前に感情移入なんて出来っこない、父との思い出を沢山持っているシープとは違う。

 墓石の前に指輪を置いて二人で膝を付いた、新しいズボンが汚れるのは嫌なので落ちていたブロックを下に敷く、膝が小さいからか少し痛い。

 深く祈りを捧げているシープを横目に私は早々に目を開けて空を仰ぐ、春風にそよぐ木漏れ日の中を踊る光が頬を撫でていくのが気持ちいい。

 「どんな人生だったの?」

 問いかけても空にいる二人は応えてはくれない。

後でシープに聞いてみよう、それにしてもお祈り長いなー、まだ終わんないのかな。

 「あなた! フィオーリじゃない、無事だったのね、ああ、良かったわ!」

 突然の声に振り向くと修道院のサラだ、幼きフィーリーを知る中堅シスター、特別親しかったわけではないが見知った顔だ。

 「シスター・サラ、お久しぶりです」

 「聞いたわ、お屋敷大変な事になっているらしいわね! 大丈夫なの⁉」

 「えっ、ええ……私は部外者みたいなもんなので、騒ぎのせいで今日はお暇を出されちゃって」

 「そうなのね、そんな大変な時にお墓参りなんて偉いわ、それで……そちらの方は?」

 シスターの目の奥に疑念の光があるのを感じた。

 ようや祈りを終えたシープが振り向く、その顔を見たシスター・サラの顔が驚愕に固まった。

 「貴女は! シノ・ククル様!!」


 シスター・サラはシノ・ククルを知っていた、その記憶にある姿はシープ・レオーネの擬体そのままだ、長すぎる脚を除いて。

 「この人は母の妹で私の叔母さんです、最近分かったらしくて……遠くから会いに来てくれたんです」

 「まあ大変でしたね、お名前をお伺いしても?」

 「シープ・レ……ククルといいます、姉がお世話になったと聞きました、感謝いたします、シスター様」

 「本当に似ておられます、シノ様が生き返ったのか思ったほどに、ああ、本当に懐かしい」

 「シスターは母と面識があったのですね」

 「ええ、生前、シノ様は疫病の流行した街で医師として奮闘していましたので私も少しばかりお手伝いをさせて頂いておりました」

 「疫病?……」 人形の顔が曇ったのをフィーリーは感じた、そうだ、母は外科だったはず、疫病は専門外、このシスターは嘘をついている。

 「ずいぶん新しい服ね、旅行にでもいくのかしら?」

 「私が買い与えた物なんですよ、何せ姪っ子がいたなんて嬉しくてつい奮発してしまいました」

 満更嘘でもないしナイスフォローだ、シープちゃん。

 「明日には屋敷に戻ります、お掃除が大変そう」

 「まあ、そうなのね、よかったら聖堂でお茶でもいかがかしら、他のシスターたちも心配しているから顔を見せてあげて」

 「はい、お気持ちはありがたいのですが叔母もあまり時間がなくて、また今度の機会に……皆様によろしくお伝えください」

 「そう、残念だわ」「それではまた」

 そう言ってさりげなく墓地を後にしたがフィーリーたちが立ち去るより早くシスター・サラは何処かへと小走りに向かっていった。

 「あのシスター、きっともう買収されてる!」

 「私もそう思う、ここを早く離れた方がいい」

 頷きあうと街中を避けて郊外の道へと足を向けた、上手く逃げるなら他にも方法はあっただろう、二人とも経験と考えが足りなかった。

 単純に誰もが想像できる逃げ道を選んでいた。

 そこは芝生の丘が続く高い崖の海岸線、もし見つかってもシープの脚があれば振り切る事は簡単だと考えた。

 いかに甘い考えであったか直ぐに思い知らされた。

 「騎馬で追ってきても振り切れる?」

 「騎馬となら平坦なグランドで互角、でも荒地や起伏がある場所なら私の方が速い、例え貴方を背負っていたとしてもね、安心して」

 「海岸線に沿って行けばニースっていう港街に出るわ、そこから川を遡上して行けばフローラシオンに入れる、聖女様のお蔭で疫病が収まって景気がいいって噂よ、いい仕事が見つかるといいなぁ」

 「いい仕事ってどんな仕事なの?」

 「それはもちろん……あれ、そういえば私メイド以外の仕事を知らないや、シープは途中でお金を稼ぐなんて言っていたけど宛はあるの?」

 「鉱石を売ればお金になる、金は高いな」

 「それはそうだけど、金なんて早々採れるわけないじゃん、それとも持ってるの⁉」

 「持ってる? そうなるのかな」

 頭の上で高く腕を組んで空を見上げたシープの目が何かを見つけた。

 「あの鳥、ずっと着いてきている」

 「どれ、何処にいるの?」

 その視線の先に目を凝らしても青空に影は見えない。

 「人の視力じゃ無理……多分だけど私達を見ている」

 「あっ、こっちが見ているのに気づいた!?」

 「ほんとにー、ちょっと信じられないなー、それもリルフの特技なのかな」

 「この擬体は眼球のレンズを幾つか変えられる、ほらカエルみたいに、今は超望遠レンズ使用中」

 「カエル?」そんな能力を持ったカエルがいるとは知らなかった。

 「……」 シープは視線を空から誘導されるように歩いてきた丘の方向に降ろしている、その表情が厳しい。

 「あいつがいる!」

 「えっ! まさかサー・ガラハット卿⁉」

 「あの丘の上、馬に乗っている!」

 「手を振っている⁉ なんて奴、イカレてるわ」

 「逃げるよ! 乗ってフィーリー、走る!」

 「あいよっ!」

 前回のとおり腰の(あぶみ)に爪先を入れて膝を背中に突ける、シープが身体をグンっと傾けると競馬のジョッキーがするようなモンキー乗りになる、シープの脚を邪魔しない荷物に徹した形だ。

 バッ ビュンッ 強烈な加速Gが来る! 鹿の跳躍が始まると景色が飛び去り、風が髪を置き去りにしようとする、しかし乗り方を変えてみると殆ど揺れない、二人の呼吸が合って来る、速度が上がる!

 振り返ってみるとガラハットの姿は丘の起伏にかくれているのか見えない、手まで振ってくれたのは旅立ちを見送ってくれたわけではないだろう。

 諦めてない、いったい何故? 私なんかを狙うの!!

 「ねぇシープ! あいつは何故私を殺そうとするのかしら⁉ そのレインとかいう殺し屋さんは何か言ってなかったの?」

 走りながら叫ぶと今聞くの?と言わんばかりのしかめっ面が振り返った。

 「いまそれどころじゃない、でも知っていることは教える、サー・ガラハットの雇い主はラウド・プライマル伯爵という男だそうよ、でも何故なのかまでは知らなかった、でもアレックと関係あるかもしれない!」

 「父さんと?」

 「それ以上は分からない、今は逃げるのが先決、飛ばすわ、しっかり踏ん張って!」

 ドンッ 「!」 プラスワンの加速が来る、鹿の脚は底が知れない。


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