羨望と嫉妬
豪華な料理は屋敷で見慣れていたし余り物を賄いで食べたりもした、それは冷たく油っぽく美味しい物ではない、比べてシープの作ったブランチは質素でも想像以上に美味しく、その理由を単純に温度の違いよるものだと思った。
「私のお父さんはどんな人?」
「アレクセイ・レオーネ、創造主は優しくて擬体制作については天才だった」
「過去形なんだ……もう……いないんだね」
「昨年の冬に……母上シノ・ククル様の元へ旅立たられた、最後は私の背中でね」
「ふーん、貴女はそのアレクセイという創造主と何年位暮らしたの?」
「私は優秀じゃなかった、擬体製作には二十年もかかった」
「愛されていたと思う?」
「私の理解が正しければ……リルフの私を人間として扱ってくれた」
「くっ!」
壁に貼ったのは母の顔だけ、父親の事を考えたことはあまりない、それでも死んでいると聞かされるのはショックだった、本当に天涯孤独確定、思い出さえない自分が惨めに思えてならない、きっと目の前の人形は父親との思い出を持っている。
それが羨ましく悔しい、何故私ではなく人形が!
父も母も自分には慈愛の言葉一つ、姿さえ見せてはくれなかった、生きていたなら何故会いに来てはくれなかったのか!
我が子よりもリルフの方が大事だった、愛の結果で産まれた訳ではなく私は忌子だったとでも!? 誰からも望まれずに生まれてしまった? 何のために生きている?
嫉妬が絶望に変わる、俯いたテーブルに雫が染みを作る、恐怖の涙が絶望の涙に変わった、誰にも望まれないなら生きていてなんになる。
自分がこんなにも泣き虫の意気地無しだとは知らなかった、ひとつの事実を知っただけでこうも脆く砕けてしまうとは……
「!?」
その様子を見てシープは自分が何を言ったのかようやく気付いた。
「勘違いしている、私の言葉が足らなかったようだ」
「……」
今更何を訂正されても遅い、リルフ如きに慰められようとは思わない、せめて私は人間だ、人形とは違う。
「良かったじゃない、二十年も子供同然に愛されたなんて羨ましすぎて泣けちゃうわ、私なんてずっとひとり、誰からも愛された事なんてない」
ああ、嫌だ、嫌な言い方、嫌味を言う人間はクズだと思っていたのに。
「違う、 アレックは貴女の存在を知らなかった、 私が知ったのも先月の話だ」
「アレック? そう呼んでいたんだ、親子と言うより恋人の方が近かったかしら」
親しげな呼び方が益々逆撫でしてくる、もう顔を見て話したくない、どのタイミングで席を立つべきか考え始めていた。
「アレックは誠実な人だった、貴方の事を知っていたなら放っておく事などしなかった、私が来たのはアレックならこうすると思ったから、貴方を嫌っていた訳じゃない、愛する機会を与えられなかったのはアレックも同じ」
機械音声のように抑揚が少ないシープの声に初めて怒りの感情を感じた、アレクセイとの関係を伺わせる。
「ふんっ、これから絶対に会う事も話すこともない、他人同然じゃない! それなら私が何処で野垂れ死のうと貴方には関係ない、痛い思いをしてまで私を助けに来るなんてリルフってやっぱりお人好しなだけの馬鹿なのね!」
「!!」 シープがよろめいたのが分った。
ああ、自暴自棄だ、唯一味方になってくれたリルフを酷い言葉で突き放してしまった。
クルリとシープが踵を返して部屋を出ていく、見送る背中が小さい。
「……飛び出したいのは私なのに! これじゃ悪者は私みたいじゃない……」
ストンッと力が抜けた様に椅子に落ちた、目の前にはまだ温いスープがある、やけ食いのように皿を持ち上げ直接口へ放り込んだ。
「ゲッ、ゲッ、ゲホッゲホッ……」 具が多くて飲み込めずにむせ返る。
「何よ、しょっぱいよ……ふっ、うっ、くうっ、うああああああっ」
突っ伏して泣き声を埃の溜まった床にぶつけた、どんなに叫んでも私の泣き声は誰にも届かない、誰も聞いていない、いつもの事だ。
理不尽なのは今に始まった事じゃないし酷い暮らしや扱いを受けているのは自分だけではないと知っている、曲がりなりにも職があり自分の部屋まで持っていた自分は不幸のどん底とはとても言えない、不幸自慢なら一回戦敗退だ。
「ひっく……うっく」
頭を上げてガランとした部屋を見回すとクローゼットに掛けられた色取り取りの洋服が目に入る、シープの物だろうか興味が湧いた。
覗いて見ると、どれもシープが着るには小さく思える、あの脚が治まるはずない。
「ひょっとして私用!?」
逃亡することを考えてメイド服から着替えるため準備してくれたに違いない。
野を越えて歩くなら冒険者スタイル、丈夫なコーデュロイのパンツに編み上げのブーツ、フレアが付いた白い長袖シャツには可愛い花の刺繍がある、短いベストとアウターのオイルドコート、どれも安くはなさそうだった。
着てみると見事にサイズが合う、これも事前に調べていたのだろうか。
真新しい服を着たのは初めての経験、服から嗅いだことの無い匂いがする、新品の布の匂いだと知った。
私の為に用意された服、干からびた花に水が与えられたように心が温かくなる。
ここまで来てようやく気付いた、私はお礼を言っていない! 自分の命を懸けてまで救ってくれた相手に対して悪辣な嫌みで返してしまった事が猛烈に恥ずかしくなった。
「このままじゃ駄目だ!」
グズる鼻を手で擦ってパンパンと顔を叩く、フーッと一息で燃えカスを吐き出すと扉を蹴とばしてシープの後を追いかけた。




