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跳躍する疾走

 ダンッ ダンッ ダンッ 鹿が跳ねる(ひづめ)の音が聞こえた。

 こっちにくる! そう感じた瞬間に身体が中に浮いていた。

 ビュオッ ダダダッ

 「ぐえっ!」

 眩暈(めまい)がするほどの急加速、零れ落ちた涙が風に飛ばされ消える!

 猛獣に(さら)われたのだろうか⁉ 虎? それとも熊? そんなのが会場内にいるはずない! まるで小瓶に詰められ激流の中に放り込まれたように床と天井が入れ替わる。

 「歯を喰いしばって!!」 猛獣が(しゃべ)った!?

 バイィンッ 飛んだ!? ガシャアンッ 窓を突き破り! ビュウッ 落ちている! ドスンッ 着地!

 「怪我はない?」 また喋った、揺さぶられて立ち眩みが酷い視界に虎でも熊でもない人間の女がいた。

 「あ……シープ……さん?」

 「大丈夫そうね、でもこれからよ! 死にたくなければ私の背中に乗って!」

 「乗るって? 私生きているの!?」

 「時間がない、行くわ!」

 シープは無理やりフィーリーを背中におんぶすると爪先(つまさき)を腰にぶら下げた鐙に入れる。

 「膝を背中に付けて頭を下げる、手は肩!」

 「あっ、はっ、はい!」

 ガシャーンッ ドンッ ゴロゴロッ サー・ガラハットが後を追ってきた!

 「!」 「ひいいっ、追ってきたぁ!!」

 「君は何者かな? その娘は僕がオーダーを受けているんだ、横取りはさせないよ」

 「……」 シープは何も答えない、静かにフィーリーを背負った?というよりも跨らせたまま立ち上がる、つま先立ちにしても膝から下が長い、猫科ではなく鹿や羊の脚だ。

 「逃がさない!」 「!」

 ダダダダッ 二人は同時に地を蹴った!

 「僕のスピードから逃げるなんて不可……能!?」

 バンッバンッビシュンッ 走るというよりも連続の跳躍(ちょうやく)、一蹴りで十メーター先へ行く!

 「……」

 サー・ガラハットは直ぐに追う事を諦めた、競争するような次元じゃない、鹿と人間が走力を争っても勝てるはずはない。

 乱れる事のない青年の呼吸が初めて荒くなる。

 「あいつ……すごいな!」

 敷地を囲む壁を飛び越えたのを最後に二人の姿は視界から消えた。


 夢見ていた自由とは何だったのだろう、現実は辛く厳しい、目の前に見えるのは荒寥(こうりょう)の丘、その先に隠された希望は見えない、信じていいの、誰かにぶつけたい言葉に応えてくれた肖像画を見ることは二度と叶わない。

 もう……戻れない。

 見慣れていたサバリーニ伯爵屋敷を一度だけ振り返る、瞬く間に小さくなる景色が全てを強制的に思い出に変えていく、緩く腐っていく人生の一部、楽しい事もあった、トリッシュはどうなっただろう、無事だろうか。

 無性に彼女の声が聞きたい、もう会えないかもしれない、それが何よりも哀しい、疾走する風に乾いた涙が再び景色を滲ませた。

 ギリッ 奥歯を強く嚙む! 泣いても仕方ない、私は意図ぜず激流に放り出された小舟だ、漕がなければ転覆して沈むだけ、何も知らないまま死んでたまるか! まずはこの人だ、取り敢えず敵ではなさそうな傭兵シープ・レオーネ、この人に話を聞きたい!

 バビュンッ バビュンッ 冷静なってみると異常だ、人間の走り方じゃない、sheepじゃなくてseepだと本人は言った、けれどこの走り、いや跳躍は鹿だ、人じゃない。

 「シープさん……シープさん!」 勇気を出して声を掛けたが彼女は気付いてはくれない、速力は落ちない、落ちたら転落死しそうだ。

 仕方ない。

 「シープさん!シープさぁんてば!! 止まって、止まってよぉ!!」

 「!?」

 バシュ ザザザッ 届いた! 着地した蹄が地を削り土塊を飛ばしてようやく景色が動くのを止めた。

 背中から降りたが膝が震えて上手く立てない、これは恐怖ではなく単純に筋肉疲労によるものが大きい。

 グラリッ 「あっ!」 「おっと」 よろけたところを支えてくれた。

 「あっ、ありがとう、シープさん」

 「大丈夫? 怪我はない?」

 優しく笑ってくれた、敵意は微塵も感じない、味方でいいの? 信じていいの?

 「あっ、あの……なんて言ったらいいか……」

 「間一髪だった、分かってる、いろいろ聞きたいでしょうけど……もう少し我慢して、まだ安全圏とは言えない」

 その顔、その表情にやっぱり見覚えがある、でも今聞きたいのは!

 「どうして生きているのっ!?」


 驚いた事にシープ・レオーネは事前に隠れ家まで用意していた、季節外れの湖畔に建つ小さな別荘、これは計画的な救出劇だ。

 周りに人気はなく何年も使われた形跡がない、潜伏場所としては最適なのだろう。

 「まずは何か食べる? お腹が空いたでしょう、パンとスープなら直ぐに用意出来るけど」

 「ええ、じゃあ少しだけ……」

 食欲はないが朝から何も食べてはいない、眩暈の原因は下がり切った血糖値のせいでもある、なにか口に入れた方がいい。

 シープは慣れた手つきで竈に火を入れると用意されていた鍋をかける、フライパンの上で香ばしく焼けるパンの香りが鼻を(くすぐ)った、眠っていた胃が目を覚ましたようだ。

 「飲み物は何にする、紅茶? それとも珈琲かしら」

 「何でもいいです、紅茶も珈琲も味なんて良く分からないから」

 お屋敷で扱っていたお茶はいろいろあったが自分が口に出来たのはお嬢様が楽しんだ後の出涸らしばかりで正直美味しいと思った事などない。

 「じゃあ珈琲を淹れるね」

 石畳の床にバックが置かれていた、使い込まれたマキネッタを取り出すと粉を詰めて直火にかける。

 部屋の中を見渡すと開いたクローゼットにかけられた洋服が何着か見えた、他にも仲間がいるのだろうか、しかも全部女物だ。

 「どうぞ、ゆっくり食べて」

 湯気が立つスープには具沢山でいい香りがした、温められたパンは初めてだ。

 「シープさんは食べないのですか?」 皿は一人前しかない。

 「食べるけれど私の食事はこれね」 そう言ってテーブルに置いた小皿に乗っていたのは透明な黄色の石、イエローアンバー、黄色の琥珀石。

 フィーリーは知っていた、鉱石を主食とする生き物、お屋敷で散々お世話をしてきた犬型リルフ、Liquid intelligent life form 液状知的生命体、その主食が鉱石や水晶だった。

 「シープさん、まさか貴女は!?」

 「そう、私はリルフ、貴女の父親アレクセイ・レオーネが創造した人型擬体、それが私シープ・レオーネ、細い剣で貫かれたくらいでは致命傷にはならない」

 そう言って皿の上からガラス片のような石を口の中へと運ぶ、はにかんだ様に笑う顔を不意に思い出した。

 孤独な部屋の話し相手、想像を描いた母の面影が其処にいた。


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