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分離する自我

 血と硝煙の丘に白い人形は重戦矢に貫かれて横たわっていた、金属のフレームを獣皮で覆った擬体、シープの擬体からすれば初歩的な作りで複雑な動きは出来ないだろう。

 その顔は人形そのもので表情はない、閉じる事の出来ない目が力なく見開かれている。

 「死んでしまったの⁉」

 そっと抱き起すとガラッと歯車を嵌めただけの関節が音を発てた、靭帯で関節を支える生物とは基本的に違う、これでは斜め方向や捩じる動きが出来ない、しなやかな人間の動きにはならない。

 「しっかり! 私が見える? 私を見て!」

 強く揺すると中空に停止していた視線が僅かにピクリと動いた! 生きている!

 貫いている矢は鉄製で折る事は出来ないが……シープは背中の高周波ソードを取り出す、白い刃を見た人形の目に怯えが映る。

 「大丈夫、貴方を傷つけはしないわ」

 指で鍔を弾き高周波を作り出すと キンッ 小さな火花と共に矢を切断する。

 「これで背負える」

 人形を背負うと鹿脚を飛ばし静かに闇の中をフィーリー達が待つ廃墟の教会へと駆けた、途中で聞くなと言われた生存者の呻き声を聞いてしまう、放って置きたくない、シープの中にも次のオリジンが芽吹き始めていた。

 

 王国軍の砦は強固だ、高い城壁、後ろに控えるのは自然の岩山に開いた洞窟をそのまま基地として利用している、城壁は飾りに過ぎない、本当の要塞はこの岩山基地だ。

 此処にもフィクシー丘の戦いを見ている者がいた。

 シルキーとマヤ、そして創造主たるラウド・ツェッペリ伯爵だ。

 「何故あんな事をさせるの⁉」

リルフ少女は悲しい顔で聞いた。

 「人間の世界は不平等で理不尽に満ちている、争いが消える事はない、力が無ければ奪われて消えるのみ、何かを成し、何かを残すためには力が必要だ」

 ラウド伯爵は顔の前で拳を握りしめる。

 「殺し合いを止めるために殺し合うの?」

 「その通り、どちらかの理想を実現するための争い、話し合いだけでは埋められないものもある、強き者だけが自分の理想を貫き実現する資格を得る、弱者はただ消えていくのみ、勝ったものが全てを手にするのがこの世の理」

 「そんな⁉ そこに正義や愛は関係ないのですか? 神とはそんな無慈悲な存在なのでしょうか」

 「愛や正義は勝者への報償だ、敗者が背負うのは罪になる」

 「……」

 戦場に転がる惨劇を前にラウド伯爵の言葉が真実の重さを増していく。

 「優しさだけでは勝者には成れない、絶対的な力が必要だ」

 「ラウド伯爵、力とは何なのですか?」

 「力とは、正義と愛に暴力と愛を合わせ持つ事だ、この三つが揃わない限り理想は実現できないのだ」

 「私に何か出来る事があるのでしょうか?」

 「!」 ピクリと感情を殺していたラウド伯爵の眉根が上がる。

 「あるとも! 君ならこの戦いを止める絶対的な力と成り得るのだ、わが娘よ」

 「私……やります!」

 言い切ったシルキーに迷いがある、マヤにはそう見えた、君はそのままでいいとアグニは最後の言葉を残した、その意味をどう消化するべきか迷っている。

 アグニは無垢で優しいシルキーでいてほしかったのだろう、家族を持たないマンティコアの戦士は最後に自分の夢を人ではないリルフに見たのかもしれない、その気持ちは理解出来る、ガラハット卿は元の人間の特徴を引き継ぎ、最初から攻撃的で他者を踏みつける事に躊躇が無かった、恐らくはそこに快感さえ得ていただろう、好んで暴力を磨いた、しかしシルキーは違う、個人の力はガラハットに勝るとも戦いに嫌悪感を隠さない、傷つけることを恐れている、神は皮肉屋だ、そんなリルフに更に力となる才能を与えた。

 

 ラウド伯爵がフィクシー丘に投入するべく持ち込んだのは蜘蛛型のリルフ擬体、その背に大砲を乗せて自走することが出来る多脚戦車だ、既にリルフ細胞が充填され稼働が可能だが腕と指を持たない核は知能を上げる事は出来ない、細かな姿勢制御を理解することは出来ずにいた。

 シルキーの核は大きな変革を齎す特技がある、核が産み出す小核に記憶を刻み意識を分離させる、並列意識の分離だ。

 同一の記憶と考え方を持った別人を生み出す、肉体に移植すれば元々の核や脳から身体を乗っ取り短い期間の中で神経回路を強化して新たな生命として生まれ変わらせる。

 望まない能力であってもラウド伯爵にとっては高性能擬体の量産化を可能とする好条件、覚醒とはこの事を狙っていた。

 荷車では移動が困難な場所、道なき森やフィクシー丘のような急傾斜地、多脚蜘蛛型の擬体なら重い大砲を背に搭載したまま射撃位置まで移動が可能になる。

 正しくゲームチェンジャーとなる、この丘で国王軍に対して致命的な砲撃を加える事が出来ればこれ以上ないパフォーマンスになる、全世界に優秀さが証明できる。

 惜しむらくは生物を擬体化した物ではなく、フレームにリルフ細胞を充填させた擬体、アレクセイが推奨していた方法、だが既にアレクセイは死んでいる、ここで世に出す事が出来ればオリジナルは自分のものだ、ただ一つの擬体をのぞけば!

 愛しきシノ・ククルの顔を持つ擬体、滅しなければならない、いやシルキーの小核を移植して我が手中にする、失った愛を取り戻す。

 「やはり力だよ、これさえあれば失った者達さえも取り戻せる、どうだ! アレクセイ・レオーネ、今度は俺が貴様から全てを奪ってやる、くくくっ、あっははははっ」

 ラウド伯爵は天に向い蔑んだ嗤いを放つ、空に吸い込まれていく声に誰が耳を傾けただろう、深い碧に沈んだ高空に青銀の翼だけが影を引いていた。


 その夜からシルキーは青い琥珀石、ブルーアンバーを摂取し始めた、リルフに取って琥珀石は最上の食物、通常は赤、黄色までが燃料でいえばガソリン、ブルーは強力なブースト材になる、いわばニトロだ、効果も高いがその反動も凄まじい、効果が切れた後には激しい痛みが襲う事になる、覚悟して使わなければならない。

 シルキーは自らブルーアンバーを口にして核へと取り込んだ、脳ともいえる器官、核の記憶と自我をコピーする、そして丸一日をかけて口蓋の上顎に開いたリルフ器官から産み出す、それを擬体の中に移植する。

 蜘蛛型多脚戦車、ラーニャ・カリエテの完成だ。

 「先生、アグニさん、私の力で戦いを止めてみせます、見ていてください」

 また一つシルキーはブルーアンバーを口に入れる。

 「まだ早いよ、完全に回復していないじゃないか、人間の身体が持たない、死んじまうよ」 

 引き留めるマヤを振り切って次へ進む。

 「私が戦争を、殺し合いを止めます!」

 無垢なリルフはその核を青い怒りに染めて新たなオリジンを手にした。


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