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重戦矢

 ラライダムを囲む山々をラライ山脈と呼び、その中央にサガル神山がある。

 忌地と呼ばれるフィクシーの街跡、疫病の流行により歴史からも忘れ去られたゴーストタウン、呪われた街に近づく者はいない、一週間もすれば追跡者を躱せると考えていた、予想外だ! フィクシーの丘で内戦が始まった!

 聖女たちは祈祷のため次の街へと向かった、まだまだ聖教会の改革は始まったばかり、この国にも聖女の力が必要だ。

 ドクター・エランだけはフィーリーと行動を共にすると残ってくれていた、ホトボリが冷めればソーン・シティまで案内してくれる、心強い大人がいてくれることになった。

 そんな大人でも内戦の火蓋が潜伏している足元で始まるとは思いもしなかった。

 「まいったな、依りよって此処で始まるとは……」

 四人は廃墟となっているフィクシーの聖教会、その鐘楼から丘を見下ろしていた、ポムロール側の城壁から整列した兵士が吐き出されている、大型の盾部隊とマスケット銃を担いだ兵士たち、騎馬はいない、急斜面過ぎる丘で馬の機動力は生かせない、投入するなら城壁の大門が解放されたときだろう、今は貴重な戦力を無駄には出来ない、予備役の貧乏兵士が主体だ。

 守備に徹していればいいポムロール兵士が前に出てくる理由は国王軍の新兵器、重戦矢にあった、テコの原理を利用した大型の弓は個人で装備できる上に鏃に爆発物や可燃性物質を装填してある、その重量級の矢を三百メートルも先に着弾させる、かつて中央の窪みを流れていた枯れ川を越えられるとポムロール側の陣地は丸ごと射程内に入ってしまう、届かぬはずの矢が届いた、最初は呑気に構えていたポムロール軍を大きな衝撃が襲った。

 「何故戦争など始めたのでしょう、なんの不満があって……」

 シープがもどかしそうに唇を噛んでいる、丘には矢に射抜かれたままの遺体が散見して両軍が睨みあう中で回収されてはいない、恐怖と無念を残して地に身体を沈めている。

 「世捨て人の私に詳しくは分からない、でも戦争のない土地も争わない人間もいない、そもそもそういう生き物なのだ、はっきりしているのは長くはここに留まれない、どちらに見つかっても明るい未来はないぞ」

 そう言いながらドクター・エランはユキヒョウの子供を治療したカルテを書いている、それは彼にとって大切で大事な晩酌のツマミだからだ、特に今回のような印象深い出来事なら最上に酒を美味くする、力が入るのも当然だ。

 「ドクターは毎回カルテを書くのですか?」

 今度はフィーリーが興味を示した、聖教会で患者の移動を手伝い、母親の話を聞いてから自分のオリジンの輪郭が見えた気がしていた。

 「私のような精神破綻者にとってこれは人生の糧なのだよ、シープ、私は君の擬体制作に関わっていた、人間の骨格を完全に再現しようとするアレクセイに協力した」

 「覚えています、あれはドクターだったのですね、そしてローペンさんも」

 「ああ、まだ皆若く野心家だった、世界初の擬体に心を躍らせていた」

 「では何故ドクターたちは途中で離脱を?」

 「……アレクセイの目的はシノの復元になった、いくら似せたところで彼女が生き返る訳ではない、奴は愚かな選択したと思った」

 「それは違います、シノ様に近づけようとしたのは私です、そうすれば愛されると ……思っていました、浅はかでした」

 「いや結果、アレクセイはシノと似てはいるが別個の人間を育てた、造ったのではない、育てたのだ、君という命を」


 ドドドドッ 王国側からも軍隊が進んでくる、こちらは荷運用の馬車を伴って編成された重戦矢部隊だ、枯川を挟んで対峙すると全員正規兵の部隊は練度も士気も高く着々と体制が整っていく、比較してポムロール側は前に出る事を尻込みしてノロノロと隊列が歯抜けで整わない、勝敗は戦う前から見えているように思えた。

 「構ぁえー!」 二列横隊で王国兵が弓を引く! ギリギリと弦が鳴く、「射角最大!」

ザンッ 一糸乱れぬ動き、矢が高々と丘上のポムロール兵に狙いを定めた。

 「放ぁてぇー!!」 バンッバンッバンッ ウェブのように矢が飛び出した!

 「二番隊前進! 一番隊装填急―げ」矢が落ちる前に号令が飛び兵士が動く、淀みがない。

 バヒュュウッ ピイイイイー 矢に装着された鏑(笛)が恐怖心を煽り敵兵の士気を削ぐ。

 重戦矢は太く長く重い、その威力はドラゴンがいればそれさえ殺せると言われている、その矢を飛ばす反発力を生む弓は海外からの輸入品、これも隣国ラインハウゼンの伝手で輸入した、中途半端なマスケット銃よりも高威力で使い勝手も良い、戦いを良く知る人間が作ったに違いない。

 「着弾―……今!!」 監視官の目測どおり敵兵の前数十メートルに着弾 バァンッ 派手な音と共に爆発が起こる、爆裂矢だ、ポムロール兵の隊列が更に歪む、動揺と恐怖が現れる、二番隊が枯川を渡り弓を構える、これを繰り返し進撃していく、百メートルも進めば敵砦内に爆裂弾や火炎弾が届く、王国軍は進軍速度を上げていく。


 ポムロール側にも優位性はある、敵の頭を撃ち下ろせる頭を取っている事は白兵戦では大きな優位になる、早く距離を潰した方が優位になるが、練度の高い国王軍の弓兵の射撃は正確で容易に飛び込む事は出来ない、援護が必要だ、それは城壁に取り付けられた大砲、爆裂矢のような榴弾はない、単なる鉄球を飛ばすだけだが撃ち下ろしの射撃は射角と火薬量の調整が難しい、むしろ転がってくれた方がよいが勢いで土に埋まってしまう、一番効果があるのは散弾だが射程は短くなり味方が射線にいない事が条件になる、簡単にはいかない。

 丘の塹壕に隠れてマスケット銃を撃っても弾は届いていない、事実王国側に負傷者は見当たらなかった。


 ワアアアアッ 激を受けてポムロールの兵士が突撃を開始する、すぐさま重戦矢の水平射撃が襲ってくる! ガシュッ ドシュッ 「ぎゃああっ」 当たれば串刺しの即死、掠っても四肢を千切られる、一方的な蹂躙だ。

 そんな光景が半日も続くと丘に立っている人間は数えるほどしかいない、遠くに呻き声が聞こえてくる、陽が落ちる前にポムロール軍の門が開き担架を担いだ白いナース服の女たちが出てきた。

 「あれは……?」

 「アンバランツァ隊だ」「始めて聞いた、何なの?」

 ネロが知っていた、負傷兵の収容を専門にする部隊、武器は持たず兵士を救い出す、戦場の救急車だ。

 「あれってリルフだわ」「えっ、人型のリルフ⁉」

 離れていてもシープには戦場を徘徊するように歩く人型が同族であることが分かる、フィーリー達でも目を凝らせば人形の質感を確認出来た。

 その足取りは頼りなく腰が引けている、怖がっているように見えた。

 「指揮者はいないな、独自に動いているようだ」

 やがて生存者を発見すると担架に乗せ二人一組で砦の大門へと登っていく、五組十体のアンバランツァ隊は休む事無く黙々と瀕死の重傷者たちを運び出す。

 負傷兵たちの口元に赤い火がチロチロと揺れる、痛み止めの麻薬だろう。

 王国軍も夜間攻撃はしないようだ、撤退の準備を始めているがその間にも狙いすました矢が散発的にポムロール軍を襲う、反撃するマスケット銃の音がむなしい。

 ヒュンッ バキィッ ドッシャアッ 「ああっ!!」 一体の人型リルフに重戦矢が直撃した、貫通した矢と共に吹き飛び転がった。

 暫く手足がバタバタと動いていたがやがて動かなくなり、ただの人形になった。

 「死んじゃったの?」フィーリーがシープの袖を掴んだ。

 「分からない、核をやられなければ死ぬ事はないと思うけど……」

 やがて完全に陽は落ちて闇がやってきた、苦し気な呻き声に清廉な虫の鳴き声が不似合いだ。

 「私、あの子を助けたい!」

 シープの視線は動かなくなった人型リルフに注がれている。

 「危ないぞ、生きている兵士はどっち側だろうと味方ではない、襲ってくるかもしれない」

 「見捨ててはおけないのね」

 「もう死んでいるかもしれないけれど、それなら埋葬してあげたい」

 「分かった、一緒にと言いたいが俺たちは足でまといだ、助けてと言われても他の奴らは無視しろ、止まるな、いいな!」

 シープが頷くとフィーリーとネロが手を取る。

 「待っている、必ず戻って!」

 無垢の鹿脚が戦場を駆けた。


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