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戦士の直感

「この爺ぃ強いぞ!」「固まるな! 距離を取れっ」

年寄りだと舐めていた傭兵団の顔が変わる、呑気だった空気が殺気に染まった。

聖堂の中央通路、両側にはベンチ、切り込めるスペースは前後だけだ、間合いの短いメイスしか持たない傭兵団はどうするのか? 答えはこうだ! ビュンッ 左右からの投擲!

そのタイミングを見て前方の兵士が切り込む!

「ちっ!」 アグニの舌打ち、投擲に対処すれば間合いを取られる、感覚で避けるしかない、ギィッン カァンッ 投擲されたメイスが弾かれて落ちた! 右のメイスはマヤの剣が落とし左はシルキーのスティックが落とした、驚くべきはシルキーだ、ただ弾いたのではなく飛んできたメイスを絡めとると、そのスピードに上乗せして兵士に投げ返した!

ドカァンッ 兵士の顔を掠めて壁に突き刺さる、直撃したなら頭はトマトのように潰れただろう。

手品か曲芸のような美技に全員が呆気に取られた、人間の肉体と親和性の高いリルフ細胞は神経を元々の物に重ね合わせて走らせている、多い神経がより細かな制御を可能にする、しかし、全個体がこうなるわけではない、元のパフォーマンス以下になってしまう事もある、相性としかいいようがないがその法則は不明だ。

「今だ! 駆け抜けろ!!」

アグニを先頭に三人は出口に向かって走りだした。

ブオッ 三人の頭上を人影が飛んだ! 「うわああっ⁉」 影の後を悲鳴が追いかける。

ドカァッ 人影はドアにぶつかると内向き扉の開放を邪魔する形で崩れ落ちた。

「!?」「くっ」 アグニ達三人は止まらざるをえない。

人間を丸ごと投げてよこした剛腕はもちろんリーダー・トールソン。

ドスン、ドスンと床を踏み鳴らして部下をかき分けてくる、どうやら今の戦いはヴァルハラ神オーディーンの供物に相応しいと認めたようだ。

「いい動きだ、やるじゃないか! 見直したぜ」

その手には大鉈ウッドマンズ・パルが握られている、ザザッ 部下たちが入口前を塞いだ、通路の中央をゆっくりとトールソンは近づいてくる、三人は挟まれた。

「俺は傭兵団ルポマルノのリーダーでトールソンという、貴様らの名前が聞きたい」

「……」 アグニとマヤは口を噤んでいる。

「何故殺しあわなければならないの?」 口を開いたのはシルキーだった。

「いやあ、おじさんは名前が知りたいんだよ、質問に質問で返すのは感心しないなぁ」

「私はシルキー、リユース・ヒューマンであり人ではありません、こちらの二人は私の保護者、もう一度聞きます、見ず知らずの私たちが何故戦わなければならないのですか? 」

「リユース・ヒューマン? 何だいそりゃ、聞いた事ないなぁ、戦う理由はな、金とあんたらがそれなりに強いからさ、それで十分だろ! つまらない話はもう止めて早くやろうぜ!」

「待ってくだ……!」 話しかけたシルキーをマヤが制した、話し合いが通じる相手ではない。

「無駄だよシルキー、こいつらにとって殺し合いは悪じゃない、生きるための糧だ、私達と同じようにね」

「!?」 食べる為ではない同族殺しが悪じゃない⁉ シルキーのオリジンには理解できない事だった、そんな殺し合いをするのは人間だけだろう、ラウド卿から人間は神を模して創られたのだと教えられた、しかし……この行為は学んだオリジンに反する、神の行為とは到底思えない、学んだ中で思い当たるのは悪魔だ。

「!」 シルキーは唐突に理解した。

「なるほど、皆さんも私と同じなのですね、人間の皮の中に別な生き物がいる」

「何を訳わからん事を! 強ければ女子供は関係ない、みんなヴァルハラに行く権利がある、送ってやるよ、この鉈なら一瞬だ、痛いと感じる暇はねぇ、俺って優しいなぁ」

「分かりました、貴方の相手は私が勤めます、アグニさんとマヤさんは出口をお願いします」

引っ込み思案のおどおどした少女はいない、スティックの先端カバーを外すと鋭利な金属が光を放っている。

「駄目だ! シルキー、儂の後ろに」

ブンッ 言いかけたアグニに向かって再びの投擲! ガァンッ アグニの槍が弾くのを合図に戦闘が始まった!

アグニとマヤはそれぞれ左右の敵に対処する、シルキーは残像を残してトールソンに突っかけた、速い!!

「おうっ! 速いな!」 巨体は愚鈍か⁉ 否! 鍛えられた筋力が遅いはずはない。

最短距離を一瞬で潜り込むと巨体中央に突きの一撃を放った! 「ふんっ」 トールソンはその切先を捉えている、巨体に似合わず器用に腕を折り畳み上からスティックを払った、ように見えたが! 鉈がスティックに接触する瞬間、シルキーの手首が返り、切先は円を描いて鉈の上に位置した、トールソンからはすり抜けたように見えただろう。

「なにっ⁉」 スティックが振り下ろされた鉈を加速させる、ブンッ ゴッ 鉈はトールソンの手から外れて壁まですっ飛んだ!

「まず一本!」 シルキーがバックステップして仕切り直す、何事が起ったのかトールソンは理解していた、目の前の少女は間違いなく他の二人よりも脅威だ、魔の黒鳥ディアボロス、あの音響攻撃の後に見た足の長い女、凄まじい速さの双剣でディアボロスのサーベルの如き嘴と互角に渡り合う姿、視界が眩む中で感じた、真似出来ないと、それと同じ感覚を目の前の小さな少女に感じている、戦士の直感。

「ぐぬぬぬっ」 自分自身の直感に対する怒りが沸き立つ、戦いはまず力と圧力の押し付け合い、逸らした奴が負ける、その定義が覆ってしまう事が許せない。

「シッ!!」 小さく最小のストロークで鉈を撃ち下ろす、ブンッ ブンッ ブンッ 縦、横、斜め、軌道を変え、首、手首、脚と狙いを変えても少女は鉈をすり抜ける、透明人間と戦っているようだ。

「なんっ! で! 当たらない!!」 いくら追撃しても鉈は空を切るばかりだ。

ヒュンッ そよ風が脇をすり抜けた、そんな感じがした後、チクリと手首に痛みが走る、攻撃された⁉ 直後の激痛! 「うおおっ!」 握っていた鉈が落ちて派手な音を発てた。

「これで二本、手首の靭帯を切りました、もう剣は握れません、諦めて帰ってはいただけませんか」 まだ殺すことに戸惑いがある、先ほどまでにスティックを急所に打ち込む機会は幾らでもあったのにシルキーはしなかった、いや出来なかったのか。

「ふんっ、片手一本取ったぐらいで悠長だな、帰れだと? 嫌なこった!!」

ブンッ 無事な片方の手で鉈を拾うと全力の投擲、ただし狙いはマヤだ!

ギュンッ 「はっ⁉」 多数の兵士達を相手にしていたマヤの反応が遅れる! 受けが間に合わない! ガイッンッ 弾いたのはアグニの槍! ドスッ ドスッ その隙を付いて兵士が体当たりでアグニにナイフを突き立てた。

「ぐっ!」 「アグニッ!」 ドカッ バキッ それでもアグニの槍は兵士を叩き伏せるがガクリと膝を落とす、腹からはナイフのグリップだけが見えている。

「アグニさんっ!!」 シルキーが振り返る、トールソンから目を離した!

「素人が!」 後ろを見せたシルキーの細い首に手を伸ばす、片手だろうと掴んでしまえば折る事など造作もない、勝った、トールソンは確信した。

「?」 視線だ、後ろを向いているはずの少女の視線、ガスッ 右目の視界がブラックアウトする直前、少女の耳の後ろに目があった、黒い真丸の目玉が此方を見ていた、イヤリング? 場違いな奴、そんな無意味な思考を最後に飛びかかった勢いがカウンターとなりトールソンは右目から脳までを自ら串刺しにして死の闇に落ちた、聖女のナインテーターさえ乗り越えた強者のあっけない最後だった。

「ヴァルハラのチケットは買えたの?」

一瞥するとシルキーは痙攣するトールソンを跨ぎ越え傭兵団の群れの中で舞踊を開始する、その舞踊にマンティコア・ファームで見せた笑顔はない、剣を叩いていたスティックは音もなく人体の急所を貫き命を奪っていく、残像さえ見せる素早く流れるような動き、まるで幽霊が生きた人間を狩っている、まるでファントム・ダンサーだ。

シルキーは一線を越えた。

「よっ、よせっ、止めるんだ!」 瀕死のアグニが手を伸ばした、その声に反応して舞踊が止まる、白く小さな顔には返り血一つ浴びていないが舞台に横たわる兵士たちは血の海に沈んでいた。

「アグニさんっ」 催眠が解けたようにアグニに駆け寄る。

「おい、リーダー殺されているぞ!」「マジか⁉」「あの女に殺された!」 傭兵団に動揺が伝搬する、腰を落とした三人を前にしても一歩二歩と後退して一人また一人と扉に集まり息を合わせるようにドッと外へと逃走を始めた。

「!」 シルキーが腰を浮かせると ガシッとアグニがその手を掴んだ。

「いい、追うな、もう止めるんだ」 「でっ、でも!!」

アグニの顔色が急激に色を失っていく、深く刺さったナイフは内臓の太い血管を傷つけていた、もう時間がない事を本人もマヤも分かっている。

「避けられるなら殺すな、シルキー、お前は臆病なままでいい……あの笑顔を失くさないでくれ、お願いだ」

「アグニさん、でもあいつらの中には私と同じように何かがいるよ、人ではない何か悪魔みたいなのがいるよ、だから進んでこんな事をしようとする、放ってはおけない」

「それが人間だ、神と悪魔は兄弟、人はどちらの要素も持っているのだ」

「……」

マヤは混乱していた、マンティコアとしての目標はシルキーの存在的な暴力の力を目覚めさせる事、そのための演出を頭首リクドウが命じ幹部のソウズが脚本を書いた、今回の襲撃は予定にはなかったが結果としてシルキーを覚醒させる事に成功した。

我々は演者であったはずがアグニの解釈は違っていたようだ、シルキーの覚醒を阻もうとしている……その気持ちはマヤにも理解出来る。

「アグニさんっ、しっかりして、死なないで!」

リルフの目から、人間部分だけでなく第三の目からも涙が落ちるのを見た、純粋で無垢な穢れのない涙だった。

「シルキー、君はそのままがいい……」

はっはっと呼吸が浅く早い、何度となく人が死ぬところを見てきた、これは駄目だ。

二人に抱かれたままアグニの目から光が消えた。

「ああっ!! そんなっ!」

シルキーの顔が絶望に歪むのを見た、音楽教師が火刑に処された時とはまた違う、死を重ねる事でリルフもまた別離の意味を知る、無垢な魂に悲しみと怒りの波紋が広がり打ち返す波が感情を膨らませていく。


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