何の罪?
会場の四隅に護衛の女傭兵が配置されている、目指すランロット卿の近くに昨日のシープ・レオーネがいたがそれどころではない。
気が遠くなる程の緊張を抱えたまま壁の隅から栗色の髪の前で片膝をついた。
「あっあのっ……サー・ガラハット様、フィーリー・ククルは私ですがご用命が御有りと伺い参上いたっ、ましたった!?」
言葉が縺れる。
柔らかいシャンタンクレールの髪が風に靡くように振り向いた、人懐こそうな顔と目が会った。
「やあ、君がフィーリーだね! 初めまして、僕はガラハット・ランスロットさ」
「!?」 疑問形だ、 事前に知っていた訳じゃなかった。
「さあ、立っておくれ、顔が見たい」
自分が片膝を付くとフィーリーの手を取る、慌てて振りほどこうとするが離してはくれない。
「いけません、私のような者に膝を付かないでください!!」
痛いほどの視線を感じる、発信源は想像に容易い、キャサリンお嬢様憤怒の形相が瞼を透かして見えた。
高さが合うと観察するように真っすぐな視線、微笑みは少年のようにあどけない。
「へえ、想像していたより美しいな、少し納得したよ、ラウド卿……」
「?」 ラウド卿って誰、誰に向かっての言葉?
「ちょっと動ないでね、チクンとするけど一瞬だから」
スラリッ 腰のレイピアを抜いた!
「!?!? ななっ……」
中段に剣を引き左手を先端に添える、その切っ先が狙うのは間違いなく心臓だ。
何故剣を持っているの? ここは持ち込禁止のはずなのに! なんて呑気な事を考えている場合じゃない。
「じゃあ、ゴメンネ!」
ペロリと舌を出してウインクする、僅かに口元を吊り上げる顔はキュートだが刺突を狙う殺気は本気だ、殺される! そう覚悟した。
ヒュカッ 神速の刺突!
ドンッ 「あっ!!」 横から突き飛ばされて床に転がる!
「 逃げて!」
その声は……臨時の傭兵、シープ・レオーネ! 黒髪の後ろ姿がサー・ガラハットの前に立ち塞がっていた!
「シープさん!!」
ガクリと膝を付いた背中から彼女を貫いたレイピアの先端が長く伸びている!
「早く!!」
はっきりとした声に弾かれた様にフィーリーはその場から逃げ出す、この時になってようやく周囲が異常事態に気付きだした。
キャアアアアッ ガタガタッ バシャーン 近くにいた令嬢たちの悲鳴とグラスや食器が床に落ちて砕ける音が響く。
「何事だ!!」
マギー少尉たちが駆け付けた時、臨時傭兵の胸にはレイピアが深々と刺さったままだった、それでも新人はサー・ガラハットの剣を握り締めて離さない。
「何をなさる殿下!? 何故剣を!!」
「狼藉者だ! 取り押さえろ!!」
部下の女兵士が取り囲む、その手に持っている木製の制圧棒のみで剣を奪い取ろうと殴りかかった! 「おっと」 慌てる様子もなくサー・ガラハットは剣から手を放してシープを蹴りつけ突き放すと女兵士たちの制圧棒を素手でいなしてしまう。
辛うじてその場から離れて振り返る、自分の盾となりレイピアに貫かれたシープが黒髪を床に広げて足を投げ出している、彼女はもう動いていない。
「どうしてっ!?」
何故自分が殺されなければならないのか! どうして自分の代わりに彼女が殺されたのか! それほどの罪を犯していたというのか!
ドカッ バキッ ガシャーンッ
二人がかりの女傭兵が簡単に吹き飛ばされて転がる 「ぐきゃあああっ」 手足が有りえない方向に向いている、もう戦闘不能だ。
会場内にパニックが広がる、令嬢達が我先に出口に殺到するが着飾った衣装が邪魔をして渋滞してしまう、転倒した数人が踏みつけられて流血していた。
騎士たちも狂った同僚に立ち向かおうとする者はいない、帯剣していないし持っていても実戦経験の無い名ばかりの騎士では役に立ちはしない。
傭兵女二人を退けたサー・ガラハットは悠々とシープの胸からレイピアを引き抜き狂乱の会場を見渡しフィーリーを探している!
「貴様何者だ? 王家騎士団の者ではないな!」
進もうとしたサー・ガラハットの前にマギー少尉が立ちはだかる。
その手には壁に飾られていた大剣が握られていた、装飾品の模造刀だが切り裂く事は出来ずとも叩き潰し突き殺すには十分だ、但しあまりに大きく重い、一般人には持ち上げることも出来ないだろう、その剣をマギー少尉は軽々と振って見せる、ブオンッとぶ厚い鉄塊が空気を切り裂き唸った。
「さあどうだろう? 僕はサー・ガラハットであり、もはやサー・ガラハットではない、僕にも分からない、君に用はないよ、引っ込んでいてくれないかな」
そう嘯きながら十代のポップアイドルのよう髪をかき上げる仕草が良く似合う。
「嫌だね、あんたみたいな坊やを泣かせるのが私は趣味なのさ、楽しませておくれよ」
「ふふふっ、下品な女は趣味じゃない」
ビュッ 言い終わる前に速攻の刺突! ガイィンッ 大剣を盾にして弾く!
ダッダッタダッ フェンシングピストの上を駆けるがごとくサー・ガラハットの連続の刺突! ガガガガッ 大剣の間合いの中にいるが防戦一方でマギー少尉は剣を振れずにいる。
「くっ!!」 早すぎる! 少尉の顔に笑みが消えて焦りの色が浮かんだ。
「遅い遅い!まだまだ上がるよ」
ババババッ 更に速度が上がる! 前後の出入り、上下左右への打ち分け、変幻自在で軌道が読み切れない、シュバッ バチッ 切先がマギー少尉を捕え始める、これだけの手数を繰り出しておきながら息が乱れない、技量と言うより異常な身体能力。
ピュンッ 「がっ!!」 ガラァンッ 大剣が落ちた! 手首を押さえた少尉が膝を付く、勝負ありだ、レイピアに手首を深く切られて出血が酷い。
「くそぉ!!」
「残念、修行が足りなかったね、バイバーイ」
トスッ 躊躇いもなくレイピアが固い頭蓋骨に穴を開けた、死の痙攣、即死だろう。
「ヒャアアアアアッ」 「にっ、逃げろ!」 「やめろ、押すな!」
殺人ショーが阿鼻叫喚に拍車をかけた。
「さあ、子猫ちゃんはどぉこかなー」
人殺しの余韻はない、雑踏の景色を楽しむように額に手を当て四方を見渡し本命を探している。
少女はカウンターの影で頭を抱えて震えていた、渋滞した出入口は転倒した貴族たちが絡まり、踏みつけても出られそうにない。
「なぜ? なぜ? なぜ? どうして私が!?」
ガシッ 細い首を掴まれた! 「あうっ」 無理やりに立たたされる。
「騎士様! お探しの娘はここに居ります、差し上げますのでどうか乱暴はお辞めくださいまし!」
猫を掴み上げるようにぶら下げて広間の中央に進み出たのはキャサリンお嬢様、その顔は上気して得意げだ。
「ああ、いたいた、手間が省けた」
「お前一人が死ねば済む事なのに! 大切な舞踏会をぶち壊した罪で死罪よ!!」
ドンッ 力任せに床に放り出された、視線の直ぐ先に血に濡れた剣先とブーツの先が見える、死ななかったから死罪ってどういう事! 理不尽過ぎる!!
「ぐううううっ!!!」
初めて心底から怒りが湧いた、いつも、いっつも! 貴族が私を! 私達を虐げる!踏みつける! 同じ人間なのに、生まれた境遇、肌の色、髪の色、目の色位しか違わないのに!!
コツコツと革ブーツの爪先が舐めろと言わんばかりの眼前に差し込まれる。
「ちっ……く……しょおぉっ!」
首を捩じって下から睨む、悔し涙にサー・ガラハットの姿が滲んで霞む。
「許さない! 絶対復讐してやる!」
「おや、人が変わってしまった、駄目だよ、そんな表情のまま死んでしまったら価値が落ちる、ラウド卿に叱られてしまうよ、さあ、これをあげよう」
胸ポケットから可愛い包のキャンディを取り出すと掌に載せて差し出した。
「!?」「なに……」
「女子は甘い物好きだよね」
「馬鹿にしないで! 私は辛党よ!!」
「おやおや、口まで悪くなってしまったね、これ以上は時間の無駄のようだ」
ピュンッ レイピアの切先が額に触る、ふざけんな! こんな……私は何のために産まれた!? 母の命と引き換えにしてまで!!
ツイッと切先が離れた、刺突の助走、これまでか。
せめて最後まで目は逸らさない! 見届けてやる!
その視界の端を何かが横切った。




