ゴーストタウン
傭兵団ルポマルノ(海の傭兵団)に新たな依頼がファニー・サラ・ネルソン侯爵より齎された、聖女暗殺の失敗はとうに伝わっていた上での指示だ。
「どこかで見ていやがった!」
リーダー、トールソンの奥歯がバリバリと音を発てた、戦士は恥辱に塗れた、目標はたったの一人、護衛は三人だ、二十人以上で突っ掛けて一太刀も届いていない。
それどころか黒い怪鳥に食われそうになったところを助けられた上に聖女に情けをかけられた! 戦士の魂は死して尚、ヴァルハラの戦場を駆ける、戦い死ぬことは誇りだ!
禊が必要だ、ヴァルハラに住まう神、オーディーンに供物となる魂を狩らなければならない、サラ侯爵はよく分かっていた、聖教会の一つを滅してほしいとの依頼だ。
「牧師なぞ幾ら殺しても糧にはならん、くだらねぇ!」
トールソンは最後まで文字を読むことをせずに手紙を放り投げてしまう、それを理解している部下が拾い上げて読み返す。
「リーダー、護衛がいますよ、丁度三人、しかもマンティコアだそうです、オーディーンの供物に丁度良いんじゃないすか⁉」
「ああ?マンティコアだぁ、代行屋がなんで聖教会とつるんでいるのだ?」
「それは書いてありゃせんが、ひょっとして聖女一行もいるんじゃないすか」
「あの女侯爵の事です、俺たちがビビッて聖女暗殺を諦めると嘘の依頼を流してきたんじゃ⁉ きっと、そうですよリーダー!」
「ふーむ、無くはないな、よし、どっちにしても手ぶらじゃ帰れん、切り替えて仕切り直すか!」
「まずは武器だな、真面に使えそうなのはあるか?」
「へい、剣は駄目ですがウォーハンマーやメイスなら使えます、あと戦槌が残ってます」
「小回りの利きそうなのはないか、仕方ねぇ、ある物で何とかするのも実力のうちだ、よし! テメエら、もう一度ヴァルハラの門を叩くぞ!」
オオッ 再戦を決意してルポマルノは立ち上がった。
ニースから少し離れた所にノーベルという街があった、そこは既にゴーストタウンだ。
一時チェバン人が村ごと乗っ取りを企てたが結局離散していた、今残っているのは極少人数の聖教会関係者だけだ。
ラライ山脈が雪に閉ざされる前のラインハウゼンとの唯一の陸路であり、重要な街道の一つだ、行き来する商隊に宿を施す役割があった。
今日の客は一組だけの様だ、怪しげな男女の冒険者、それに似つかわしくない少女を連れている三人組、牧師は怪しみながらも一晩のベッドを与える、それが聖女の使徒である自分の務めだ。
「ここで何があったか知っているか?」
牧師が素性を聞く前に年嵩の男が聞いてきた、質問の意味は分かる、ここは犠牲になった民の魂が彷徨っている、
「もちろんです、多くの住人が犠牲になりました、幼き者も多かった、私は彼らの魂を慰めるために生涯此処に留まるでしょう」
牧師は胸の十字架を握り目を伏せた。
「祈りは慰めになるのかしら? 殺された者達の魂はそれで納得するの?」
もう一人の女性が疑問? いや否定だ、祈りでは救われないと言っている、牧師と聖教会に説得する術はあるだろうか。
「分かりません、死者の声を聞く事は叶いません、生きている我々に出来る事は故人を忘れることなく語り掛け魂に寄り添う事だけです、そして同じ過ちを犯さぬように学び伝えることが贖罪となるのです」
「最もらしく聞こえるが聖教会の罪はどう償う、未だ無罪なる魂を火刑で焼いているのは何故だ」
男の圧力が上がった。
「火刑? 新生聖教会に於いて刑の執行は厳禁です、それどころか罪を裁く事すら禁止されています、今の騎士団は純粋に治安維持活動を行う自警団、火刑など許されません」
驚いた顔は真剣だ、嘘ではないと思えるが三人の目は厳しい。
「それは変です、私達は今日、知人を聖教会騎士団の火刑により目の前で失くしました、先生の罪は音楽により民衆を堕落させたからだと騎士団は言いました、人々を楽しませ癒す事は何の罪になるのですか?」
少女の瞳から涙が零れ落ちた。
「それは違う! 聖教会を騙った人間がやったに違いない、今はそんな事はしない!」
「今は? 過去にはあったのか! 将来はどうだ! 貴様たちが神の言葉を聞く事など永遠にこない、その耳に囁く声が聞こえるなら悪魔だと知っておけ」
「ううっ……」
牧師は詰まった、過去の行いは指摘されたとおりであり消えない罪だ、聖女と教皇による改革は始まったばかり、反対派が聖教会を陥れようと画策しているのかもしれない。
放っては置けない、牧師はもう一度背中を伸ばした。
「それは何処で行われた事ですか? 急いで調査に向かいます」
「無意味です、先生はもういない、何も教えてくれないし、あの細く長い指が美しく奏でる音も聞けない……悲しい、悔しい、許せない」
まるで非業の死を遂げたノーマンの民たちが乗り移ったかのように暗い声に牧師はたじろぐ、言葉が繋げない。
ドカーンッ 鍵を掛けたはずの大扉が乱暴に蹴破られた!
「⁉ 何事ですかっ」「むっ」
全員が入口を振り返ると見るからに暴力の匂いを撒き散らしながら剥き身の剣を担いだ男たちが入ってくる、傭兵団か野盗、宿を借りに来たとは思えない、牧師は咄嗟に背を向けて聖堂の隠し扉を開いて逃げ込んだ、ガチャリと内側から鍵の音がした。
辺境の教会、近くに民家も無く盗賊の標的になる事も多い、牧師は襲撃に慣れていた。
「なんだぁ、これだけか? やっぱり聖女はいないじゃないか!」
傭兵団ルポマルノのリーダー、トールソンは肩を落としたが部下たちは安堵の表情を浮かべた、一回目の襲撃で聖女一行の力は知っている、散々な目に遭わされた、とても割に合わない、部下たちの殆どはヴァルハラよりも生きで使える金の方が好きだ。
「サラ侯爵の依頼は教会を燃やせでしょう、とっと火を点けてずらかりましょうよ、リーダー!」
「待て待て、まずは確認だ、あんたらはマンティコアの人かね?」
「……」
アグニもマヤも応えない、こんな演出は仕込んでいない、二人の目が厳しくなる。
「マンティコア? 何だいそれは」 動揺を見せないマヤの嘘だが状況は真実を語ってしまう、トールソンの口が不満げに曲がる。
「あらら、やっぱりそうなんだ、んー、駄目だな、爺と女じゃ全然足らん、興味ない」
ドカリッとベンチに腰を降ろして足を投げだすと葉巻を取り出し咥えた。
「貴様らこそ何者だ、誰かに頼まれたのか?」
「ああ、そうだよ、ポムロールの女侯爵、ファニー・サラ・ネルソンの依頼だ、この教会とマンティコアの三人を滅せよとの事だ、理由は知らん」
「ちょっとリーダー、顧客の情報を話しちゃまずいっすよ!」
「これから死んじまうんだぞぉ、誰に殺されるか位教えてやるのが礼儀だろう、チェバン・ボルツのようになぁ」
「サラ侯爵だと?」「誰だいそいつは?」
二人に覚えはない、だが推測は出来る、自分たちはシルキー覚醒の材料にされたのだ。
「裏で糸を引くのはラウド・ツェッペリ伯爵だな!」
「えっ、伯爵様⁉」 シルキーにとってラウド伯爵は創造主、親以上の存在であり絶対の信頼を寄せていた、その創造主が自分たちを殺そうと刺客を差し向けた。
「どうして⁉ 伯爵様が何故私達を?」
シルキーの動揺は隠せない。
「おいおい、勝手に何を言っている⁉ ラウド伯爵なんて知らないぜ、俺たちに金を払ったのはサラ侯爵様だ、他の奴に領収書は切ってねぇんだわ、まあいい、あんたらじゃ俺には役不足だ、おい、お前らが相手してやりな」
話は終わりだと葉巻に火を点けると煙を天井に向かって吐き出した、同時に部下たちが素早く前後左右から三人を囲む。
「マヤ、シルキーを守れ、退路は儂が開く!」「了解だよ」
「そんな!一人でなんて無茶です、私なら平気です、また声を使えば……」
フッとアグニが笑ってその節くれ立ったゴツい手がシルキーの頭を優しく撫でた。
「無理するな、声は一度使ったら丸一日は時間を置くんだ、そうしないと人間部分が駄目になる、自分の身体だ、大事にしろ」
「アグニさん……」
「そうだよ、まずは自分の身を護る事だよ、人間の世界はこんな悪意に満ちている、声より先にまず剣を取りな、自分と大切な誰かを守るための剣は罪にはならないさ」
「マヤさん……」
ガチャ アグニの目がルポマルノの包囲を測る、妙だ、メイスや棍棒ばかりで剣がいない。
「どういう事だ? 此方にとっては好都合だ、儂の使う槍とは相性が良い」
包囲したままで傭兵たちは出方を伺っている、我先に飛び掛かる者はいない、トールソンが膠着に焦れた。
「やい! テメエらさっさと殺りやがれ! 日が暮れちまうぞ!」
バキャンと蹴られたベンチが粉砕されたのを合図に全員の腕が振り上げられた、それよりも一瞬早くアグニは動いた バヒュッ 短槍が閃光となって空間を切った。
「!!」 「あっ!」 初老の外見からは想像出来ない素早い動き、傭兵たちのメイスでは間合いが倍も違う、戦闘にいた二人が一撃必殺で倒された!
「んっ⁉」 トールソンの眉が上がった、美味そうな匂いを海の狼が嗅ぎつけたようだ。




