外科医
「何とか診ては貰えませんか!!」
異常に足の長い女が子猫を抱いて突然現れた。
「診てと言われても……ここは人間の病院で獣医師はいないんだよ、んっ? 貴女はどこかでお会いしたような?」
「そんな、どうかお願いします! 大切な命なんです、急に呼吸が浅くなって……」
女の腕の中でぐったりと舌を出している子猫は美しい灰色の毛並みに特徴的な長い尾を持っていた。
「これは⁉ ユキヒョウか!」
「二人が命を捨てて守った子供、死なせられない! 誰か治療出来る人を知りませんか?」
女は必死だった、治療できる者がいると言えば何処へでも走っていきそうだ。
「困ったな、誰か経験者はいないか?」
院長が呼びかけたが返事をする者はいないと思われた、が。
「私が診よう、君はシノ・ククルのなんだ?」
「えっ!?」
「ああっ!!シノ様だ、生き返られた⁉ いや、そんなはずは無い」
振り返った先にいたのはドクター・エラン、戻ってきていた。
「貴方はシノ様をご存知なんですか?」
「ああ、知っているとも! ただ今はその子が先だな」
そっとシープの腕から子猫を預かると触診を始める、その指先がハッとするほど細く綺麗だった。
「あのっ」
「シッ……静かに!」
外傷はないが呼吸が浅い、診た限り骨折も無い……食道に詰まりも無く熱も無かった。
内科的病気なら外科の出番はない、聖女キリアなら獣の病も喰えるのか?
「んっ!?」
指先に微かな違和感、胃だ。
「何か異物を喰ったのか⁉」 目が見開かれる、謎解きの瞬間がエランの大好物なのだ。
「君、こいつに何か変な物を食わせなかったか?」
「えっ? 変な物って……あっ、まさか⁉」
慌ててバックを探るとガラハットから貰った小袋が零れていた。
「ブルーアンバーか? 急性中毒だな! 取り出さなければ」
リルフは琥珀石を食べるが他の生物には毒ともなる、子猫は親であるリルフが食べているのを見ていたのだろう、親と同じ物を口にするのは自然だ。
小さな身体、切開には耐えられないだろう、食道も狭く摘まみ出す事も不可能だ。
ドクター・エランはどうする?
「先生⁉」
擬体が泣きそうな顔をする、懐かしい顔が重なり思い出が蘇ってくる。
「待て、考えろ、考えろ、俺は天才だ、アイデアを出せ……」
自分に言い聞かせるように呟くと二つ目の謎に挑む。
「!」 「あった!」
バックの口を開くと聴診器を取り出しゴム管部分を切断する。
「君!動かないように押さえていろ、そっとだ」
「はっ、はいっ」
小さな口を押し開け奥へとゴム管を挿入していく、珍しい処置に人だかりが出来ている。
ここまでの処置ではドクター・エランが何をやろうとしているか理解している者はいなかった、シープも分かっていない。
「よし、いいぞ!」
繊細な指が胃の中をスキャンする、ゴム管の先がブルーアンバーに触れた!
「触った!」 ゴム管の先を口で加えると慎重に息を吸い込む、徐々に吸い込み圧を上げてしっかりと吸着させるとゴム管を摘まんで固定しゆっくりと引き抜いていく。
「そっと……そっとだ」
ここまで来ると全員がエランの意図を理解した、子猫の口から引き抜かれたゴム管の先に青い小石が吸い付いていた。
「成功だ!」
「おおっ、こんな方法があったなんて、ドクター・エラン、これは人間にも応用可能ですか?」
「どうかな、大事なのは方法じゃないよ、医師にとっての答えは一つしかないからね、でも導き出す過程は一つじゃない、状況に合わせて適切な方法を考える事であり画一的に覚えてはいけない」
ゲッ ゲッ 子猫がえずき始めると ゲハッ 直ぐに胃の中に残った物を自力で吐き出した。
「先生!?」
「大丈夫だ、胃の洗浄は必要ないな」
四つん這いのままお腹と顎を付けて蹲ったが呼吸は戻っている。
「貴女はシノ様のご姉妹では?」
そうシープに問いかける院長はまだ驚きを隠せずにいるようだ。
「は、はい、そのようなものです、あまり会った事はないのですが似ているとは言われます、シープ・レオーネと申します」
「やはりそうですか、若い頃のシノ様そのものです、懐かしい、この病院はシノ様が建てられたもの、きっと神のお導きです」
「君はシープ・レオーネ、聖女をディアボロスから助けてくれた事、礼を言う、ありがとう」
「あっ、先生もあの時いらしたのですか」
「ああ、でも怪鳥の声にやられて馬車の中で伸びてしまっていたのさ、君を探していたのだ、どうやら神ではなくシノが引き合わせてくれた」
ナーウッ 顔を上げたユキヒョウの子が鳴いた。
「シープ、君はここから動かない方がいい、ギルドに手配書が回っている、サバリーニとラウド家に雇われた連中がもう市内に入っている、危険だ」
病院の応接室を借りてシープとドクター・エラン、さらに院長が向かい合った。
「シープさんが探している方、フィーリーさんとネロさんも無事です、今は聖教会で行われている大規模疫病祈祷をお手伝いいただいています」
「聖女様の祈祷?」
「君が助けた黒馬車にいた女が聖女マキエだ、彼女は病を喰う事ができる、別名を霧の魔女と言う」
「そこは安全なのでしょうか?」
「フィーリーさんにはナースとして働いてもらっています、今は大丈夫だと思いますが手配書が回っているなら、この街も一枚岩ではありません、早くこの街を離れた方が良いでしょう」
「聖女の祈祷旅はまだ途中だ、ここが終われば次の街へ行かなければならない、君たちがソーン・シティに向かうなら私が同行しよう」
「フィーリー次第です、私は彼女を見届けたい」
「そうか、それが君のオリジンなんだね」
シープの穴だらけになった服を見てドクター・エランは察した、シノ・ククルと同じだ、姿、形が似るとその内側さえも似てくるものなのだろうか、根拠のない問いに目を細めた。
「その服のままでは流石に目立つな、院長、すまないが彼女に替えの服を用意してやってくれないか」
「ここでの女性用はナース服になりますが……その脚のサイズに見合ったものがあるかな、探してみます」
「お手数かけてすみません、あと、この子も連れていきたいのですが……」
子猫はまだ大人しくしている。
「何かバックを用意しましょう、しかしユキヒョウは標高二千メートル付近に住み、地元民からはムトゥス様同様に神獣と崇められる存在です、いつまでも抱えてはいけません」
「でも、こんな子猫のまま山に戻したら直ぐに死んでしまいます、せめて自力で狩りを
出来るようになるまでは一緒にいてあげたいのです」
バタバタッ 階段を駆け上がってくる気配を子猫の耳が捉えた。




