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弟子

百号はある大きな絵の中に弟子の姿があった。

 信じた道を駆けぬけるシノ・ククルの強さが目に表現されている。

 ( 先生、どう? 私の病院、良く出来ているでしょう )

そう胸を張る声が聞こえてくる。

 「君はやり遂げたのだな、素晴らしい病院だ、医師として、人として尊敬するよ」

 南向きに建てられた病室には広く開け放たれた窓から太陽の光が差し込み、常に新鮮な空気が入れ替わり澱みを作らない、中央に掘られた溝には清水が流れ、常に清掃されている石床は染みも無く清潔だ。

 「シノ・ククル様の功績はこれだけではありません、ここでは阿片の使用が許可されています」

 そう言って案内してくれたのは現病院長のセイシュウという黒縁眼鏡をかけた初老の男、誇らしげに薬局の扉を開いた。

 そこには様々なガラス瓶が並び白衣の数人が調合作業を行っている。

 「外傷や腫瘍の切除には激烈な痛みが伴います、シノ・ククル様はその痛みの緩和に尽力しました」

 「麻酔の事か……」

 「左様です、阿片やトリカブト等の薬草だけに限らずエーテルやクロロホルムを使用した全身麻酔まで実践しています、正気では切除する事の出来ない病巣を取り除けるのは麻酔あればこそ、その意義を権力者に解いて納得させたのはシノ様の熱意に違いありません」

 「人の痛みに疎い私には出来なかった事だ、我が弟子ながら偉大な女だ……しかし腑に落ちない事がある、これだけの設備に投資できたスポンサーは誰なのだ? 貧乏医者のシノが持っていたはずも無し、物好きなパトロン貴族でもいたのか?」

 「とんでもない、一心不乱に医の道を行くシノ様に男を作るそんな暇などとても無かったと思いますよ、隠す事ではありませんから申し上げます、この建物に出資したのは隣国ラインハウゼンの国王ジョージ二世です」

 「何? それはおかしいだろう、内政干渉とも取られかねない事案だ、戦争の火種になるぞ」

 「ラインハウゼンは強国です、そしてジョージ国王の弟君の妻がこの街の出身だったそうです、この領地を納めるトマソ・デ・ロンシャン男爵様が橋渡しを務められて実現したそうです、この港町が発展したのもラインハウゼンとの交易があったからこそなのです」

 「セオドラ様か、今のドーマ帝国では難しい立場になってしまったな、その意味でいえばソーン・シティも同じだ、犯罪集団の街が最も遵法している事実は国王の保護下にあるためだからな」

 「確かに聖女様の霧は疫病に対しては絶対です、しかし外科的分野には効果がありません、より多くの命を救うためには麻酔の力が必要なのです」

 「耳が痛いな、屈強な兵隊は痛みに強い、大麻一本で大概の痛みに耐えてしまう、しかし女や子供はそうはいかない、見捨てるしかなかった」

 「はい、安全に眠らせることが出来れば余計な負担をかけずに手術できます、患者にも我々にも」

 「患者の悲鳴に心をやられるのは真面な人間の証拠だ、私と違ってね」

 「シノ様は師匠であるドクター・エランの技術はサガル神山の頂にあると常々話しておられました、会えて光栄です」

 彼女は偉大な功績を残してこの世界を去った、やはり先日のシノ・ククルはアレクセイ・レオーネの擬体に間違いない、あの時彼女はニースで待ち合わせをしていると言った、きっとフィオーリの事だ。

 

  ドクター・エランは中心市街地まで出ると情報を集めるためにギルドを数軒梯子する。

 仕事依頼の掲示板の隅に指名手配の人相書きが出ていた。

 「これは……」


 ( 罪名  サバリーニ伯爵家襲撃事件犯人 )

( 罪人  サー・ガラハット伯爵似の偽物)

  女傭兵シープ・レオーネ   )

 ( 生死  問わず )

( 報奨金 金一万リラ )

( 発注者 ランスロット公爵家 サバリーニ伯爵家 )


まず報奨金が安すぎる、そして人相書きさえない。

 「周知はするが情報も金も払わない……これは政府案件、手を出すなと言うわけだ」

 余程の馬鹿でない限り追う事はしないだろう、それにギルドが受け付けない。

 さらに重要な情報が洩れている、罪人は人間ではなく擬体リルフであるという事を知らないのか。

 騎士団は形だけだ、捜索はルポマルノのような雇われのプロが来る、マルコスなら心当たりが有るかも知れない。

 更にはフィーリーの事は書かれていない、連れ去られたメイドはどうでもよいという事か、それとも隠しておきたいのか。

 ドクター・エランは急いで聖教会へと踵を返して走った。


 「サー・ガラハット卿の行方はまだ分からないのか?」

 「はい、ニース近くでサバリーニ家雇いの傭兵団を退けると同時に同家令嬢も殺したようです」

 「なんだと⁉ それでは益々強硬な手段に出てくるぞ」

 「それがそうでもないらしく、その令嬢は甲冑を着て剣も帯びていたそうでサバリーニ家の発表は舞踏会襲撃の際に受けた傷が元で死んだとされています」

 「なんと哀れな、家柄の人身御供とされたのだな」

 ラウド伯爵に報告しているのはマンティコア・ファームのソウズだ、生きた人間の脳をリルフに乗っとらせる男が哀れを口にするとは笑わせる、もちろん大仏のような顔にその感情が現れる事などない。

 「それからアレクセイ・レオーネが制作したと思われる擬体ですが非常に高性能のようです」

 「!」 ピクリとラウド伯爵の眉がつり上がる。

 「具体的な情報はあるのかね」

 「会場で見ていた者の話によると一度はガラハット卿の剣に射抜かれて倒れたようですが演技だったようで、その後メイドを抱えて走り去ったと」

 「リルフに内臓はない、核を壊さない限り死なんのは当然だ、しかし走り去る? ガラハット卿の足も相当速かったはずだが?」

 「そこです、目撃者によればその足はメイドを背中に乗せて鹿か馬に匹敵する速さで走り去ったと証言しています、ニースでの小競り合いでも目撃されています」

 「馬か鹿以上? そんな馬鹿な! 本当なら時速六十キロ以上で走れる事になるぞ、人間の骨格や筋肉では不可能だ!」

 「眉唾ですが関節が多いとも……脚が異常に長いのは本当ようです」

 「関節が多い⁉ 馬や鹿も関節の数は変わらん、そう見えるのは踵から指までの骨が長いからだ? それを擬体で模倣したのか⁉ いやそうだとしてもリルフ細胞だけでそんな筋力は生み出せないはず……おかしい! おかしい! 何をした! 何をしたアレクセイ!!」

 ラウド卿の瞳に嫉妬の炎が燃える、固執すると疑問が解けるまで貪ろうとする、そのための命や苦痛には一切の憐憫も見せない男だとソウズは知っていて煽っている。

 「その他に情報はあるのか?!」

 思った通り食いついてきた。

 「はい、言葉も流暢で自主的な行動も可能、遠目には人間と判別できない外観だったとのことです」

 「アレクセイの死後も自主的に考え行動しているのか、だとすれば知能も相当に高いことになる、何のための擬体だ、奴が目指していたのは義手や義足に代わる物だったはず、自立起動する人型は兵器だと反論していた奴が何か考えを改めたのか?」

 「破壊せずに捕獲しますか?」

 「出来るのか⁉」

 「異常に脚が長く黒髪に黒目、特徴ははっきりしておりますので人手を掛ければ可能かと思います、まあ、その場合料金の方が少々張りますが」

 「ええいガメツイ奴め、かまわん、言い値で払う、その変わり五体満足で私の前に連れてこい、娘の方も忘れずにな!」

 「承知いたしました、それでは契約書を……」

 ソウズはマンマと新契約を取り付けて能面の裏でほくそ笑んだ、収入にもなるがダブついた人員を働かせる事が出来る、放っておくと訓練ばかりで実戦に出たがらない者も多い、セカンド以下の雑兵などマンティコアには無用だ。

さっそく派遣する第二班の人選を頭の中で巡らせていた。


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