リルフの献身
礼拝を待つ群衆の中に妙なのがいる。
最初に気付いたのはチェバンの狼、ボルツだった。
「人じゃない、人形に何か別な生き物が入っている」
「ああ、それってこの前の教会で聞いたリルフという人形の事じゃない」
講壇の袖から覗くと車椅子老人にぴったりと寄り添っている。
「俺も噂には聞いた事があるが見るのは初めてだ、本当に人形だな、動きも硬い」
「でも機械じゃないのよね、中にいるのは液状知的生命体、スライム状の生き物なのよね?」
「犬よりも頭が良くて従属的だというぞ」
「だから介護するようなことが可能なのか」
「人間の仕事がなくなるな」
「そんなに簡単じゃないさ、一つは能力、話すことができなくては人間に遠く及ばない、二つは費用、マスケット銃がダースで帰る額だ、メンテナンス費用もある、ほとんどは軍用、しかし例外もある」
そうだ、何事にも例外はある、事実会ったばかりだ、きっともうこの街にいるだろう、ドクター・エランはシープ探しで街に出たきり戻ってこない。
「そんな高価な人形を傍に置ける人物とは……」
車椅子に乗る大柄な老人、片手片足、見えるだけでも大きな傷が幾つもある。
ひと世代前の英雄にして将軍、このニース領を納めるトマソ・デ・ロンシャン男爵だ、引退してから既に十年は経つだろう、今は隠居の身だが瘧にやられたようだ。
「ビジューよ、私の事はもう良い、このまま逝かせてくれ」
大柄だが骨が浮き出た腕、双眸は落ちくぼみ顔色はどす黒く沈んでいる、既に末期か。
付き添う人形が首を振り手を握る、トマソ将軍の身なりはキチンと洗われた清潔な服、爪も切られているし,髪も整えられている、全てビジューと呼ばれたリルフ人形の献身なのだろう、その人形も手入れと整備が行き届いているようにみえる。
話す事が出来ないリルフとトマソ将軍の間にある絆を聖女キリアは見た気がした。
その姿だけで涙が溢れてくる、泣き虫なのは変わらない。
「キリア様、メイクが崩れてしまいます」
ローペンが差し出してくれたハンカチで鼻をかむ、これもいつもの事だ。
「だって、いじらしいじゃない」
「まったく、それだけで涙を流していたら涙が何リットルあっても足りません」
「あの人形は大事にされているのね、そして主人を愛しているのだわ」
「リルフに愛があると?」
「もちろんよ、じゃなきゃ……あんな風に手を添えることは出来ないわ」
トマソ将軍のゴツゴツした掌に沿えた手は何処までも優しい。
「そうかもしれんな」
護衛のローペン、シルバーバック、ボルツは皆一騎当千の戦士、男たちの目にもその光景は安らぎと郷愁を感じさせた。
「さあ、集まったようだ、始めよう」
「キリア様、笑いはいりませんからね!」
「分かったわよ!どうせ才能ありませんから!」
「人々が求めているのは美しく精錬な聖女、お笑い芸人ではありません、不必要な努力です」
講壇に明かりが灯される、地元の神父が口上を言い始めると会場はシンと静まり返った。
「それでは聖女様、どうぞ」
促されて舞台袖から講壇まで静々と歩を進める、この瞬間が一番苦手だ、全員の視線を感じてむず痒さマックスだ、お道化て誤魔化さないと居られない。
「えー、皆さんコンニチハ! ゲンキですかーっ!!」
拳を突き上げた! 集まった全員疫病患者、元気なはずはない。
「っ!!」
また!! ローペンが目を覆った瞬間!
ガタッ ダダッ
数か所のベンチから同時に男たちが立ち上がり講壇の聖女キリアに刃を向けて走り出した!
「この異教徒の魔女め! この国で勝手な事はさせんぞ! 天誅―ッ!!」
患者に紛れ込んでいた刺客だ、旧聖教会の分子は未だに全て排除されてはいない。
「キリア! 下がれっ!!」
護衛三人が聖女キリアを鉄壁の布陣で囲む。
更に聖女には人外の守護者が憑いている、瘟鬼だ、ナインテーターという必殺の槍が宿主を守っている限り人が聖女を傷つけるのは不可能だ。
「霧の魔女! 粛清の刃を受けて消えされぇ!!」
最初の男がローペン必殺ダーツの射程に入った。
ガシィッ しかし狂人の刃を受け止めたのはトマソ将軍の義手だった!
「ぬおおっ! この痴れ者がっ、恥を知れ!!」
瀕死と思われた老人の何処に力が残されていたのか、そのまま刺客を吹き飛ばした!
患者たちが逃げ惑い会場は大混乱だ。
刺客たちの目標がトマソ将軍にも向けられた、近くにいた三人が襲い掛かる!
「この裏切り者! 恥を知るのは貴様の方だ!」
ガガンッ ドカッ
義手義足で三人同時は流石に不利だ!
「ちっ!」
射角に老人が被ってローペンはダーツを放てない。
ダッ
護衛の網を搔い潜って助力に向かったのは聖女キリア!!
「瘟鬼!!」
刺客の刃が伸びた!
「キリア様!?」
ドスッ 刃が貫いたのは……
「ビジューッ!!」
人形が守ったのは聖女か元将軍か、刺客の刃をその身で抱きかかえるように受け止めていた!
「ナインテーター!!」
バヒュッ 見えない槍が刺客へと伸びた、その槍は貫かれた者の心臓を強制的に停止させる、九秒殺し、心筋梗塞の槍だ。
ドックン ド……
「ぐえっ」
刺客は意味も解らないまま昏倒して息絶えた。
残党は講壇上の防御網に入る前に非常時に備えて患者に紛れ込んでいたコルヴァにより殲滅されていた。
「聖女キリア、すまない、見逃していた、俺の落度だ」
コルヴァはすまなそうに言ったが、聖女を背中に隠して尚その目は混乱している会場を睨んでいる。
「コルヴァさんの責任じゃないわ、いつもの事よ、気にしないで、それより怪我はない?」
「俺の心配こそいらん、膝も痛くないぜ」
チェバンの狼ボルツの相棒であるコルヴァも聖女の祈祷活動を手伝ってくれている。
布教ではなくあくまで祈祷、さらに言えば除染といっていい、瘧や黒呪病の根絶が聖女の意図するところだ、そのことが旧体制を維持して薬であるキニーネの独占販売などで潤ってきた人間にとって何の謝礼も求めずに人々を救う行為自体が邪魔なのだ。
こんな場所もまだまだある、新生聖教会の運営もまだまだこれからだ。
「大変! 刀が肩にめり込んじゃってる!?」
キリアが慌てて助け起こそうとしたのはビジューと呼ばれたリルフ人形、刺客の刀をその身で抱き止めていた。
「ビジュー! お前……」
トマソ将軍が膝をついて人形の顔に触れた、その目には涙が溢れていた。
「爺さん、死ぬ積もりだったのか」
「良い機会だと思ったのだがな……どうやら余計なお節介じゃったか」
「その人形が守りたかったのはキリアではなくあんたの方だ、人間でもなかなかできる事じゃない、あんた愛されているな」
ガチャガチャとぎこちない動きで人形が立ち上がろうと藻掻いている。
「ちょっ、ちょっと動かない方がいいよ、その傷じゃ!?」
ギリギリッと人形がめり込んだ刀を引き剥がしていく、ブリキが擦れるような音と緑色の液体が僅かに流れ出してくる。
ガランッ 刀を投げ捨てると主人であるトマソ将軍の車椅子を取りに行こうとする、神経の何処かを痛めたのか片手が動いていない。
「無理しないで、車椅子ね、私がとってくるわ」
「キリア、お前は動くな、ややこしくなる、俺がやる」
マルコスが車椅子を指で引っ掛けてぶら下げる。
「すまんな、若いの」
「いいさ、遠慮するな」
「こんな死にぞこないの老いぼれた命など身を呈するに値しないというのに、リルフってやつは庇わずに居られんのだな……もう仲間たちは皆逝った、こんな病気で死ぬのなら戦って死にたかった」
ギギィッ 人形が音を立てて首を振った、感情が溢れている。
魂が宿っていることを全員が理解した。
「大丈夫よ、貴方の主人は死なせない」
老人の手を上に置いた震える三本だけの掌の更に上に聖女が手を重ねた。
「瘟鬼、シックファージ……」
白く柔らかな霧が二人に降る、聖女の額から伸びたユニコーンの角が病と毒を浄化していく、将軍の顔から毒けが抜けて赤味が戻ってくる。
「将軍様、出来ることはまだあるはずよ、戦うだけが生きる事じゃないわ」
「まさしく聖女の力、そして言葉だ」
「見かけは魔女だけどね」
ザワザワ
「おおっ、聖女様の白い霧だ」
「本当だったんだ」
「聖女様の祈祷」
逃げ散っていた患者たちが戻り跪いていた、その輪が広がっていく。
黒髪の聖女が不敵に笑う……ババッ 片足を軸にしてケブラータターンのステップ、最後のポーズはストリート系クロスアーム!!
「瘟鬼! シックファージ!!」
ブワッ 覚醒した瘟鬼の白霧が教会を丸ごと呑み込んだ。




