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少年のオリジン

 「脚が長いな!」

 まるで鹿の脚、踵の位置が高い。

 「シープさんはこれから何処へ?」

 「ニースで仲間と落ち合う事になっています、そこからソーンシティへ向かおうかと」

 「ソーンシティか、なら理由を聞くのは止そう、だが助けて貰った恩がある、ソーンで困った事があったらバー・エスピナスを訪ねろ、ローペンからの紹介だと言えば分かる」

 「ありがとう、覚えておくわ」

よく見るとシープの服は穴だらけでボロボロだ、破れた服の隙間から見える傷に流れる血? は緑色だった。

 「あれは⁉……」 鉄馬車の中で意識を取り戻したドクター・エランがその懐かしい顔を見つけた。

 「それではこれで」 「待て、君は!!」

 グンッ 踵が上がり身長が二十センチは高くなる クルリと背を向けて走り出すと バッ 掘られた穴を軽く飛び越える、グッと前傾すると回転が上がる、人間離れした加速は馬を越えて低空を飛ぶ猛禽のように視界から消えた。

 「ちょっとあの娘、凄すぎない? 本当に人間⁉」

 震える膝を手で押さえながらマキエが消えていく砂埃を見送る。

 ( あれは人ではないよ、僕の親戚だ )

暫らくぶりに恩鬼の声が聞こえた。

 ( 親戚? どういう事なの )

( 多分ご先祖が一緒なんだな、異世界の往復で姿が変わった、進化したんだ、知らない事が多い、もっといろんな事を知りたいよ)

 神獣ムトゥスが覚醒させたのは私じゃなくて瘟鬼の方だった、今の瘟鬼は神にも近い存在として血の中にいる。

 「あれは! あの娘は……追え、追うんだ! きっと彼女はフィオーリ・ククルと一緒だ!」

 「あっ!」「思い出した!彼女は!!」

 ローペンが自分の記憶に驚き言葉を忘れた。

 「そうだ、彼女はシノ・ククル、死んだはずの私の弟子だ!」

 「!」「!?」

 

 ニースの聖教会、聖女を迎える準備が進む、ボルツの説明では聖女は病気や怪我を治すではなく取り除く、剥がすのだという、傷が塞がる訳でも無くなった手足が生えてくるわけではなく身体の中に入り込んだ異物を消し去るのが聖女の力だという。

 末期と言われるほどの者でも聖女の霧でその病は聖女へと移る、その病を痛みに代えて聖女は身を以て消し去ってくれる。

 「それじゃ聖女様は皆の痛みを肩代わりしているのですか?」

 「僕の痛みも背負ってくれている、ネロも知っての通り僕は多くの命を奪った、その行為自体に理由はあったし後悔はない、それでも僕は許されざる者だ、本来ならあそこで死ぬべきだった、引籠りの聖女が死ぬことを許さず生きる事を許した、僕は分かったんだ、世界を作っているのはいつも女で男はその手伝いでいいのさ」

 「そんなもんすかねぇ? ピンとこねぇなぁ」

 ネロは相変わらず不満そうだ、生死の戦いの中に身を投じるのは男の本懐であり勝者が全てを自由にする、その中に女も含まれているなら世界を作っているのは男だろう、暴力と権力が価値の指標だと考えるのは間違いなのか、ぼんやりとした答えの向こうにシープの姿があった。

 荷馬車に病人を寝かせて聖教会まで運ぶ、フィーリーも白衣を着て立つことの出来ない患者たちに手を貸した、病人と呼ばれる人たちは大抵糞尿の匂いと垢に塗れて触れるのを躊躇する状態だと覚悟していたが此処は違った。

 清潔な服に十分なお湯で拭われた肌からは薬草の匂いがした、体臭ならキャサリンお嬢様の香水の混じった体臭の方がきつかった。

 「病人には暖かい食事と毛布、それに清潔な環境があれば半分の人は家族の元に帰れる、そんな病院を創ったのがシノ・ククル様だよ」

 ここで働いている女性たちはナースと呼ばれている、育て世話をする人という意味だ、血を抜く等というのは時代錯誤だった。

 「覚えておきな、(マラリア)の原因は蚊で黒呪病は蚤に血を吸われるからだよ、知っていれば避けることだって出来る、悪魔の仕業じゃないんだ、正しく恐れる事が大事なのさ、まあ、全部シノ様の受け売りだけどね」

 「聖女様の力を疑う訳じゃないけど、どうしても手遅れな人はいる、そんな時は痛みを殺して安らかに逝けるように手助けするのも私らの仕事だよ、知ってるかい、病人は私たちナースを天使って呼んでくれるんだよ」

 誇らしげに大きなお腹を叩いた婦長は異人だ、東洋系というだけで差別されていたサバリーニ領とは全然違う、多種多様な人種が入り乱れているが軋轢は少ないように感じる。

 メイド職では知る事の出来ない事ばかり、シープを箱入りだなんて揶揄していた事が恥ずかしい、私も同じだった、世界は広く残酷で優しかった。

 病人は大聖堂に入りきらない、教会の外にもテントを張って何回か入れ替える事になりそうだ。

 「ネロ、ここからが俺たちの本番だ、この街はフローラシオンとは違う、聖女を疎ましく思っている連中がテロ行為を計画している情報がある、聖女の周囲は側近が固めているが会場の警備は我々の責任だ、万が一の時は身を呈してでも聖女を守るのだ」

 「はいっ」

 ようやくそれらしくなってきてネロは目を輝かせて拳を握った。

 「そこで頼みたい、はい、これ」

 ジャララ 手渡されたのは金貨が数枚。

 「これは?」

 「お使いを頼む、聖女は大の酒好きでな、この街で一番いい酒をあるだけ買ってきてくれ」

 「はあ?軍師金がこんなにあったらいい酒といってもダースで買えちまうけど、いくらなんでもそんなには飲めないだろ」

 「相手は聖女だ、人間の常識で測る事は出来ないと知るべきだな、彼女と行ってきたまえ、二人で持てるだけいろんな種類を揃えてな」

 「はあ、そうですか」

 「頼んだぞ、重要な仕事だ」

 

 またしても肩透かしを喰ったネロは不機嫌だ、いいように厄介払いされた感は否めない。

 「くそっ、オジキまで子供扱いしやがって! 俺だって戦えるのに!」

 小石を蹴りながら奥歯を噛んでいる、何故自ら危険な世界に身と投じたいのか理解できない、痛いのも怖いのも嫌なのは皆同じではないのだろうか、どうやら価値観というものは男女差、個人差が大きいようだ。

 でも、きっとこの仕事を振られたのには意味がある。

 「ネロ、ボルツ叔父さんは気を使ってくれたのだと思うよ、あのまま聖教会にいたら今日はシープを探しに出られなかった、二人で見て来いって事だと思う」

 「!」 ハッとして見開いた目が点になる。

 「ボルツさんて何かボーとしている感じだけと繊細な人だよね、基本的に優しい人なんだと思うな」

 「……」ムッツリと睨んだ中空から視線を落とすと寂しそうな声で話し始める。

 「オジキはさ、チェバン人なんだよ、隣国のフローラシオンと長い事戦争していた、故郷の村は焼き討ちされて全滅、残ったのはオジキ一人、そん時はまだ俺より年下だった、その恨みでチェバン・ボルツは生まれたんだ、戦場の狼だ」

 「殺した相手を吊るしていくって聞いた事があるわ、今のオジサンからは想像出来ない」

 「そうだ、狙われたら助からない最強の暗殺者……そのオジキがさっき患者の一人に頬を張られていたんだ、チェバン人は触るなって……助けてやっているのにおかしいだろ!」

 「なんか訳があったのよ、ここはフローラシオンと近いから親戚の人が戦争の犠牲になっていても変じゃないわ、仕方ないって分かっていても……」

 そうだ、それはボルツにとっても同じだ、家族全員殺されたならより恨みは深いはずだ。

 「そうなんだ、オジキには憤る権利がある、それなのにマアマアなんていなしてまた手を貸すんだ、昔は視線だけでビビっちまって直接目を見られなかった、あんな優しい目を見た事なかった、なんか変わっちまった」

 「優しい人じゃ駄目なの? 話の限り私は今のオジサンの方が好きだけどな」

 「それで弱くなっちまったら意味ねぇんだよ、最強だから英雄だったんだ、俺の憧れたチェバン・ボルツはもういねぇのかもしれない」

 「ねぇ、ネロは何でそんなに強くなりたいの?」

 「……」ふくれっ面で唇を噛んでいる顔は子供だ、少しカワイイく思えた。

 「洞窟でガラハットに襲われた時だ、あの時、俺がもっと強ければシープを逃がしてやれた、でも圧倒的な差があるのは事実だ、ああするしかなかった、俺が弱いせいでシープを!」

 「ネロ……シープは死んでいないよ、必ず帰るって約束したもの」

 「分かっている! でもこんな気持ちはもう御免だ、次は必ず!!」

 「凄いな、ネロは凄いよ」

 本当に感嘆した、少年はオリジンを持っている、どう生きるか、どう死ぬかを本能的に感じて道を、方法を探して迷っている、オリジンさえも見えない自分よりも一歩も二歩も先にいる、その背中が大きく見えた。

 「私には何が出来るの……」

 今問いかけた空は狭かった、そこには優しく笑う母と父の顔があった、風が焦るなと囁いてくれていた。


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