聖女襲撃
「あれぇ? 連中罠の前で止まっちまいましたぜ、親分」
「バレちまったか! なかなかやるじゃないか」
崖の上に人影が現れる。
傭兵団ルポマルノ(海の狼)、親分と呼ばれたのがリーダー、トールソン。
「あの馬車にいるんですかい? チェバンの狼ボルツが!」
「どうかなぁ、試してみるか! おーい、サンチェス!」
「おーす!」
弓を持った男が前に出る、上からの狙撃を狙う積もりだ。
ギリギリと弦が引かれ矢が魔女に狙いを定めた、矢が放たれる前に殺意が魔女に届いた、届いてしまった!
ブンッ サンチェスは的にした魔女の瞳を見た! それは深淵の闇!
ビシュッ!!
魔女の身体が一瞬だけ光に揺らいだ。
「あがっ」
「なんだぁ!?」
ビョンッ 弦を引いていた腕の力が抜け落ちて矢が力なく放たれる。
「おっ……!」
サンチェスが胸を抑えて崩れ落ちる! ナインテーター、必殺の九秒殺し、覚醒後その射程は伸びた、もはや有視界で聖女に殺意を抱くのは自殺に等しい。
「あれれっ!? サンチェス死んでやんの、突然どうしたぁ?」
トールソンが首を捻る。
「親分、おいら聞いた事がある、魔女には悪魔が憑いているっていうぜ、殺意を向けると殺されるって噂だ」
「切るでも殴るでもなく命を奪うだと!? うーん、そんな適当な殺しがあってたまるか、偶然だ、偶然! 昔からサンチェスはタマが小さかったからな、緊張しちまったんだろ」
見ようとする心を持っていなければ魔女の霧は見えない、それはヴァルハラとは真逆に位置する目だ。
「親分、追跡の騎馬が追い付きます! どうします、仕掛けますか!? 」
「うーん、見たところボルツもコルヴァもいねぇ、ちぃと物足りねぇが受けちまった依頼はやり遂げなきゃ故郷の女たちに合わせる顔がねぇ、いくぞぅ野郎ども」
背中に担いでいた戦闘用の大鉈、ウッドマンズ・パルを引き抜くと崖を駆け降りていく、陸を駆ける狼たちが魔女に挑んだ。
「何者だ、この馬車が聖教会の物だと知っての事か?」
マルコスが壁になり後ろの二人を見ることは出来ない。
「なあに名乗るほどの者じゃねえよ、ただ聖女様の名声がこれ以上高くなると困るっていう人がいてさ、消えてほしいって言っているんだわ」
海賊側のリーダーと思しき男もでかい、マルコスと同等だ。
「ふん、だから殺すと?」
「まあ、いろいろ事情があるのだろうが、こっちも商売なんでねぇ」
「私設の傭兵だな、雇えるのは貴族でも裕福で現政権とあまり関係の良くない所……幾つか心当たりはあるな」
「おうおう、物知りだねぇ、早死にするタイプだな」
「面白い、試してみるか?」
マルコスがキリアの顔面ほどある拳を固める、
「望むところだ! 俺は傭兵団ルポマルノの団長トールソン、ヴァルハラへの土産だ、覚えておきな」
得物は大鉈ウッドマンズ・パル、その一撃は大木も両断する。
「マルコス・レイン、聖女の護衛だ」
腰のホルスターから抜いたのは極太のト型の鉄棒、特大のトンファー、通称剣殺し。
ザンッ
両者の間合いに見えない斬撃が火花を散った。
「待ちなさい!!」
聖女の声、祈祷とは違う重く威厳に満ちて頭の中に直接響いてくる。
「!?」
「おいおい、これからいいとこなんだ、水を差さないでほしいなぁ、俺は勝負を邪魔されるのが一番嫌いなんだ!よっと!!」
ブンッ 予備動作のない投擲! 大鉈が聖女に向かって飛んだ!!
ニヤリとトールソンの口元が吊り上がる。
「!」
「馬鹿が……」
ブワッ その霧は瞬間!
バキィッ 大鉈が叩き落とされる!
「おろ?」
白い霧が形を成す、その姿は女神か悪魔か、トールソンの胸を神速の一撃が吸い込まれる。
「ヴオッ!!」
その腕から大鉈が落ちる、心臓を貫かれる激痛に無意識に手が胸を抑える。
「聖女に殺意を向ける愚か者はこうなる」
「ぐぅぬぬぬぬぬぬっ!」
トールソンの拳が自分の心臓目掛けて振り下ろされた!
バンッ バンッ バキィッ
最後の一撃は肋骨を折った! セルフ心マッサージ! 除細動中の心臓をリセットさせた!!
ドスッ 膝を折って尻もちを付く、その口から血が滴る。
ナインテーターが貫いてから九秒を過ぎても死んでいない!
「嘘っ!?」
「なんだと!?」
初めてだ、ナインテーターを受けても死なない人間、自ら心筋梗塞を解いたのだ。
「ふっ……ざけろ! こんなんじゃヴァルハラに行けねぇだろうが!」
立ち上がろうとしたが力が入らない! 立てない!
「ボスッ! どうしたんすか!?」
「お前ら……ゴホッ」
トールソンは待てというつもりで手を上げたが、部下たちは逆の意味で捉えてしまった。
「分かりやした! おいっ! お前らぁ!!」
剣を突き上げた!
「おおっ、殺せぇ!!」
ウオーッ 傭兵団ルマポルノが聖女に向かって突撃した!
「マルコス! ローペン! なるべく殺さないで!!」
「了解した、司令官!!」
「キリア様、馬車の中に! 鍵をかけておいてください、ドクター・エランを頼みます」
「分かった!」
ブブンッ バキャッ ゴキャッ
剣殺しが傭兵団の武器を粉砕していく!
「うぉっ、このゴリラ野郎、早いぞっ!!」
一概に大男が愚鈍で遅いなんてことはない、大きな筋肉はだいたいが速筋、短距離型であることの方が多いのだ。
返せば持久力がないことになる、無駄な大振りは豪快ではあっても効果はない、コンパクトに一瞬のスピードに体重を乗せる、インパクトの瞬間だけでいい。
ガキャッ バリンッ
「うおっ、剣が!!」
鏡の様に砕け散っていく!
シルバーバック、マルコス・レインの戦い方は真にそれだ。
出入りが早く巨体がクルクルと良く動く、後には粉砕された金属が舞う!
ローペンが使用する武器も同様にトンファーだが使い方が異なる、男性としては小柄といえる体格差を埋めるのは人体に対する知識、狙うのは剣ではなく関節、特に膝や手首をピンポイントで破壊する、立ち上がれなければ戦えない。
相手の剣を受け流し!
ギャリリッ
踏み出してきた膝を狙い金属プレートの入った靴が襲う!
ガスッ
悪くするとこの一撃で膝は抜けて逆九の字に曲がる、激痛にのた打ち回ることになる。
整体師ローペンは人体の急所を熟知しているのだ。
「うぎやあああっ」
確かに殺してはいない。
しかし、兵士の数は十倍、手加減していては捌ききれなくなってくる。
白馬車を囲んだ輪が狭まる、全員ナインテーターの射程内にいることを知らない。
聖女は殺しも人を傷つけることも嫌う、だからといって全て許される訳ではない、一線はある、その一線はすぐそこだ。
ザアアアアッ
サガル神山の斜面に沿って巨大な翼影が降ってくる!
翼影の目には白い鉄馬車と同族で殺し合う愚かな人間が映っている、ハンディングの時間だ。
畳んだ脚を前に爪を広げる!
「!」
ガバァッ ドンッ
黒い巨鳥が海賊兵士を空から踏みつけにして圧し潰した!
悲鳴を上げることも出来ずに兵士は絶命している。
「なっ!!」
グゥロロロロロロッ
黒き泥が沸騰する唸り声、コールタールの羽根、その嘴は鋼鉄のサーベル、兵士を掴んだ鍵爪は巨大で鋭い。
「魔獣ディアボロス!!」
翼間六メートルの成獣、異世界の支配者だ!
「何だこいつは!?」
「放しやがれっ!!」
何人かが臆することなく切りかかった!
ブンッ 黒き鳥の喉が膨らむ!
「!」
「いかん、耳を塞げ!!」
ローペンとマルコスは両手で耳を隠してしゃがみ込む。
キィキャアアアアアアアアアアッ
爆音と脳を直撃する振動!!
「うぎゃっ」
ソニック・ウェポン、一瞬で鼓膜を破り振動が脳を打つ、兵士はバタバタと昏倒していく!
ガタンッ
鉄馬車の扉が開き バタンッ 聖女キリアが転げ落ちた! ダラリと伸びた細い首が意識を失っている!
ギラリと深淵を覗く黒い瞳が聖女キリアに焦点を合わせた。
ギィヒヒヒヒヒッ
確かに嗤った。
ドズゥンッ ドズゥンッ
踏みつけていた兵士を蹴り飛ばすとターゲットを聖女に移した、特別な匂いを嗅ぎつけた!
ゲッゲッゲッ
のたうつ長い首をウネウネと躍らせながら近づいてくる様は死の宣告を運ぶ舞踊、漆黒の羽根の一枚ずつが蠢くように悪魔の戦慄を奏でる。
「キリア様!!」
「くっ!!」
意識を失っていないがローペンもマルコスも痺れて動けない! 絶対絶命か!? 瘟鬼は!?
バヒュンッ ジャッ
投擲された小刀が揺れる黒い羽根を散らした!
ギャッ!?
魔鳥がたじろいだ!
ダダダッ ガヒュッ バヒュヒュッ
突き出された刀の連撃! ギィンッ ギンッ ギインッ
小刀とサーベルの打ち合い! 火花が散る!!
飛び込んだのは擬体のリルフ、シープ・レオーネだ!
ガンッガンッガンッ 攻める! 攻める! 攻める!
魔鳥相手に攻を休めてはいけない、守りに入れば抑えきれなくなる、押し切れ!
ババッ 引いたのは魔鳥だった、バックステップでジャンプすると空中へと小刀を避けた。
巨大な羽搏たきが強烈なダウンバーストを打ち下ろす、巻上がる埃に目を細めても視線を外すことはしない。
バオッ 大きな一かきでロケットの如く上昇すると緊張を解く前に高空へと消えた。
「ふうっ……」
シープが小刀を降ろすと周りいた兵士たちは全員昏倒していた。
それでもマルコスとローペンだけは何とか立ち上がる。
「何者……だ?」
「キリア様!!」
よろめきながらもローペンは鉄馬車からダラリと半身を落としたまま動かないキリアに駆け寄る、馬車の中でソニック・ウェポンの音波が共鳴してしまったようだ、ドクター・エランも白目を剥いてしまっている。
「皆さんご無事ですか?」
「多分……気を失っているだけだ」
「助かった礼を言う、俺はマルコス、あっちの鷲鼻はローペンだ、で白目剥いちまっているのがキリア・マキエだ」
「この人達は?」
「どこぞの阿呆がよこした刺客だ、ヴァルハラなんて言葉を吐くところをみると北海の海賊だろう」
「殺すのですか?」
「普通ならそうするだろうが」
白い刀が妖しく震える。
「待って!」
背後からの声、ローペンの肩を借りた聖女だ。
「殺さないで……その人たちにも家族がいる、妻や子供、恋人がいるかもしれないの、その人たちを泣かせたくはない」
「!? 」 自分以外にこんな判断をする人間がいるのか。
「何故ですか? この人たちは殺し屋なのではありませんか、何か見逃す理由があるのでしょうか」
キリアと呼ばれた黒づくめの女、なんだろう、親近感がある。
「単なる私の我儘だわさ、殺意を向けられれば瘟鬼は反撃しちゃう、殺してしまう、少しでも余地が残されているなら……命は一度消してしまったらもう戻らない」
「瘟鬼?」
「ああ、分かっている、キリアがそう言うのだから仕方ない、護衛役としては困ったものなんだが……」
チラリと横目で見る、キリアが苦笑いをしていた。
「消えない奴もいたようだな!」
トールソンが片膝を付いて立ち上がろうとしている。
「タフだな」
「貴様! 見逃すとはどういう意味だ!」
その目が怒りと屈辱の怒りに燃えている。
「意味? そんな物はないさ、お前らの運が良かっただけだ、キリアに感謝して二度と顔を見せるな」
「なっ……んだと、なんだと! 殺す覚悟もなく貴様たちは俺たちと戦かったのか、ふざけるな、ふっざけるなあーっ!」
怒髪天を突く!
「仕掛けてきたのはそっちだろう、どんな理屈でそうなる」
「戦闘に被害者など存在せぬ! 武器を帯びれば女子供関係なく全員が戦神オーディーンの前に平等なはずだ!」
「聖教会にそんな神はいねぇな、だいたい俺は無宗教だ、神なんて信じちゃいない」
「やっぱり殺しておこう、こいつの為だ」
「だめ! 止めて!!」
キリアは許さない、分かり合う事など出来ないと知っても尚、我儘だと貫く。
「さあ、もう行きましょう、こいつらもだが魔鳥ディアボロスはシャレにならん」
「ああ、立てますかキリア様」
「ええ、急がないと」
黒呪病が心配だ、原因となる蚤を媒介している宿主が黒い魔鳥ディアボロスである事を聖女は知っている、サガル神山をまたいで隣国まで飛来しているとなれば同時に蚤も広がっている、瘧と黒呪病では危険性が段違いだ。
ローペンがシープを凝視している。
「シープさん、何処かで会った事が……」
「私とでしょうか? いいえ、無いと思いますが」
近くで見るとまるで人形だ、その質感が人間とは違っていた。




