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女侯爵と北海の狼

 ポムロール側に付く傭兵団は少ない、当然だ、ロマ連邦に独立戦争を仕掛けたなら不利なのは明白だった、金で戦争をする傭兵団にとって負けてしまえば請求する相手を失う。

 傭兵団ルポマルノ(海の狼)、ここより遥か北の地に本拠地を置く海の傭兵団、そのルーツは海賊、戦闘狂といっていい集団だ。

 そのリーダーはトールソンの名の通りの巨人、二メーターを超える頑強な身体に薄い金髪、眉と顎鬚はやや茶色が混じる、典型的なゲルマンの男。

 「なんだぁ! 俺たちにその聖女とやらを暗殺しろっていうのか!!」

 太い眉が天井に向かって吊り上がり怒声が窓ガラスを揺らした。

 「そうよ、聖教会にこれ以上権力を握らせるわけにはいかないの」

 巨人の憤怒を前にして髪の毛一つ揺らさない女がいた。

 ブロンテ女侯爵、ファニー・サラ・ネルソン。

 濃いエスプレッソに香りづけのブランデーを小瓶から一滴注ぐと、その香気をそっと鼻腔へと招き入れ液体を舌の上で一度だけ回して嚥下する。

 流石にドゥケッサ(公爵夫人)、所作に隙が無い。

 「くだらねぇ!やなこった、女一人殺すのにルポマルノが出張ったと知れたら故郷の女共にどつかれちまう、冗談じゃねぇんだよ」

 「それは頼もしい限りですね、ではこんなのはどうでしょう、その聖女、実は必殺の魔法を使う魔女であり、今まで殺意を向けて生きて帰れた者はいないそうです、更には護衛に付いている男たちはどれも一騎当千、この世界で殺せる者はいるのでしょうか? どうです、興味ありませんか?」

 「強えぇのか?」

 「チェバンの狼も同行しているわ」

 「!!」

 トールソンの顔色が変わった。

 「マじか、それ?」

 「貴方に嘘を言うほど愚か者じゃなくてよ」

 深い緑色の革椅子に深く背を預けると細い煙草を咥える、即座にゴツイ指がオイルライターで火を点けた。

 「いや待て、チェバンとラインハウゼンの戦争は終わっちゃいるが、だからってボルツが聖教会なんぞに与しているとは考えられねぇ、やっぱ嘘だな!」

 ドンッ、テーブルの上にデカいブーツが乗せられた。

 「与している、ではなくて聖女の配下として使役されていると言っていいでしょう、地方で祈祷するための下準備をしているようです」

 「なんだそりゃ!? 暗殺者が昼間から祈祷のビラを撒いているのか」

 「こちらの部下に確認させました、チェバンの狼、ボルツとコルヴァの二人に間違いありません、トールソンさんは何かと因縁が御有りなのでしょう」

 「正当な戦いだったが随分と仲間を殺されている、負けっぱなしは気分が悪い」

 「じゃあ決まりですね、聖女はチェバン狼のついでということで」

 「仕方ねぇなぁ、あくまでついでだぞ」

 「かまいません、目立たぬように山中で討ち取って貰えれば、殺されたではなく失踪したが理想です」

 「あいよ、承知した、それで聖女とやらの足取りは把握しているのだろうな」

 「もちろんです、恐らく次に立ち寄るのはウィクシーの丘近くにあるニースの聖教会、近くにはラライダムがあり遥か天空から神が貴方たちを見守っている」

 「かっかっかっ! この国の神とやらは我が神の王オーディーンと同様に俺たちをヴァルハラまで案内してくれるのか?」

 「ヴァルハラがあるのは天国、それとも地獄?」

 「不思議なんだ、天国は安らぎに満ちているのだろう? なーにが楽しいのだ、どうしてそんな退屈な場所に行きたがる? 戦士の魂は死んでも戦いを求め続ける、軟弱な天国に等住むことは出来んさ」

 ヴァルハラを言葉にするときトールソンの瞳は輝いている。

 「聖女が必ず誘ってくれますわ、トールソン様」

 腕組みをしたままフンスと鼻を鳴らしてルポマルノ、海の狼が立ち上がった。


四頭立ての黒い鉄馬車はまるで装甲車だ、弓はもちろんマスケット銃も通さない、運転席にも可動式のカウル付き、馬でさえ甲冑付きの重装備、軍の馬車でもここまで厳つい物はないだろう。

 その馬車はソーン・シティに本部を構えるマフィア、モンテ・ファミリーの馬車、中に乗っているのはドン・マルコスとフローラシオン聖教会の聖女キリア・マキエだ、それに外科医エランとローペンも同行している。

 「すまないな、聖女キリア、僕の野暮用に付き合わせてしまって」

 「そんな事言わないでくださいドクター・エラン、私達も隣国の祈祷巡礼を始めなければならない時でした、お蔭で踏ん切りがつきました、それとここでは聖女は止めてください、そう呼ばれるのには慣れません、以前のまま霧の魔女の方が好きです」

 聖女と呼ばれた女は棒のように細く手足も長い、腰まであるストレートの黒髪、細面の白い顔に切れ長の目、瞳も黒い、真っ白な肌に薄い唇だけが深く紅い。

 身に纏っているのも漆黒のワンピースに黒のレース手袋。

 どう見ても魔女そのものだ。

 「キリアが黒を着ていると違和感がなさすぎる、少しは聖女の自覚をもったらどうだ、公の場以外でもそれらしくしないとまたシスター・ブルーにどやされるぞ」

 可笑しそうにローペンが揶揄う。

 「ローペンの意地悪、白は教会の中だけで沢山よ、お酒飲んでも直ぐに染みが付くからバレちゃうし、そうしたら聖職者の振舞いとはーとか言ってお説教なんだよ! 私がお酒か毒しか食べられないって知っているのに! 酷いと思わない?」

 「酒を飲んでどうして服に染みが付くんだ、飲み方が雑なんじゃないか」

 「マルコスまで私を虐めるの? いいもん、聖女なんて止めてやる! 帰ってアリスとエスピナスに専業する、儲かっているんだから!」

 「そうらしいな、美人で愛想のいいチーママがいるって評判だ、今更キリアの席があるかねぇ」

 「アリスか、シリアルキラーが良く務めているな、素質ががあったのかな」

 「まあ適当に息抜きはさせている、ソーン・シティにその手の仕事は数多あるからな」

 マルコスがニヤリとマフィアの顔を見せる。

 「ちょっと何言っているの、私の可愛い妹をそそのかさないで、これからちゃんとした恋をして結婚するんだから! そうしたら子供が生まれて私が名付け親になるって約束しているの、変な道に誘わないでよ」

 「アリスはそんなキャラか? 俺には理解出来ん、まあ、キリアに懐いているのは確かだと思うから放って置くが……万が一にもキリアにその欲望を向けるなら容赦出来ないぞ」

 ローペンはキリアの安全が全てだ、次の優先順位はない。

 「そんな娘じゃない、楽しんで殺していた訳じゃない、ただ怖くないだけ、善悪が分からない訳じゃないの、なんで分かんないかなぁ」

 「俺は別に興味ない、キリアが望んでそれが安全なら何も言う事はない」

 「うっ、ありがと……」

 ローペンは兄であり恩人だ、聖女も頭が上がらない。

 「あの山の後ろ側がラインハウゼン、神獣神殿はどの辺になるのかな?」

 聖女キリアが呑気な声で呟いた。

 街道は人通りが多すぎる、白い鉄馬車は目立ちすぎて直ぐに信者に囲まれて立往生してしまう、傅かれるだけならいいが中には反対勢力が交っていて馬に危害を加えられることもあったため本道ではなく側道を無駄に右往左往して道順を変えている。

 「ここからではサガル神山が大きすぎて見当がつけられないな」

 向かい合って座るローペンが目を細めた。

 「神獣ムトゥスはまた異世界渡りをしているのだろうか」

 マルコスは大きすぎて前後二人分を必要する、馬車の中にはこの三人だ。

 「もっとゆっくり話してみたかったわ、邂逅の時はいろいろあり過ぎてそれどころじゃなかったものね」

 「神殿からキリア様が消えた時は異世界に攫われたと思ってビビリました」

 「その後、空から降ってきたのにはもっと驚かされたがな」

 「私こそ驚いたわ、目が覚めたら空の上だし、落ちる感覚はもう味わいたくないだわさ! 今思い出してもお尻が痛い」

 「やろうと思って出来る事じゃない、良い経験をしたじゃないか」

 少し意地悪そうにローペンが笑う。

 「むっ!」

 窓から外を眺めていたマルコスが腰を浮かせた。

 「運転手、止まれ」

 ガラガラッ ギッ 鉄の車輪が回転を止める。

 「どうしたマルコス?」

 ローペンが緊張を嗅ぎ取る。

 「上に何かいる!」

 道の片側は高い崖、反対側も川だ、待ち伏せに適した地形、その崖の尾根を移動する影をシルバーバックは見逃さない。

 ガチャ ローペンは素早く馬車から降りると地面に掌を当てて振動を聞く。

 「騎馬だ! 多いな……」

 「待ち伏せか?」

 「歓迎されてないみたいね、何者かしら?」

 聖女キリアが不敵に笑う、覚醒した霧の魔女はただ引き籠ることを止めた。

 自らの責任を放棄はしない、障害となる者あれば聖女は魔女に返る。

 「理由は聞いてあげるけれど祈祷の邪魔はさせない」

 三人は臆することなく馬車を降りる、崖上の敵を無視して後ろからの騎馬隊の前に立ち塞がった。


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