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個体番号293

 沈んでいく、底が見えない海底へ落ちるのは怖い、見上げるとサー・ガラハット卿が浮き上がろうと藻掻いていた、フィーリーを殺しにやって来たリユース・ヒューマン、その頭の中にはリルフの核がいる、あれは人間じゃない。

 ビクリと震えたのを最後に四肢の動きが止まった、人間部分の活動限界、酸素が終わった、リルフ部分は死にゆく身体の痛みを味わいながら生きているだろう。

 「!!」

 運が良い、足先が岩に触れた、壁伝いに垂直に蹴り上がれば陸に出られる! グンッ 屈脚して力を溜める、グリップを確かめて方向を定める、真上に!

 バビュッ グバアアアッ 重い海水を切り裂いて次の足場に跳躍した! ガッ 次の跳躍、後一蹴りで海面に出る、その時漂うガラハット卿と深さが並んだ。

 助けたい、殺したくない、リルフの本能が助ければ再び重大な障害となる理性を退ける、最後の跳躍を沖へと蹴り出していた。

 ガバババッ ガラハット卿を抱えると一気に勢いが落ちる、海面まで数メートル、錘の身体で応えない水を全力で蹴る、地上なら一蹴りで十メートル先へ跳べる脚が水中では十センチも上がれない、スクリューの様に回転させてようやく浮き上がる、力が抜けて沈もうとするガラハットの身体を支えて、その胸を叩く! バンッ

 「呼吸して! 聞こえているでしょう! 息を吸って!」

 バンッ バンッ

 「がはっ!!」

「!」

 フレームのバネを使わない回転は消耗が激しい、限界だった。

 回転を止めると錘の身体は直ぐに沈降を始める、揺らいだ水面でガラハットが何かを叫んだがもう聞こえなかった。

 やってしまった、目を逸らせなかった、フィーリーを殺そうとする敵、ガラハット卿が再びフィーリーの前に現れる時に自分は其処に居られるだろうか、沖に出てしまえば蹴るべき足場がない、暗い海底を迷わず歩けるか分からない。

 遠くなる光に手を伸ばしても、もう届かない。

 「アレック……」

 沈みながら呼んだ声は海水が遮り誰にも届く事はなかった。


 ( 二十年前 )

 そのリルフ核の個体番号は293番、野生のリルフから産まれた純血の核、擬体用に培養された核に比べて小さく弱々しかった、幼齢期のリルフは透明であるのに対し、その核は薄桃色に染まり小さなビーカーの中で震えていた。

 そのリルフ核を採取したのは聖なるサガル神山中腹にある融雪が湧く泉、アレクセイ・レオーネがその泉を見つけたのは偶然、フレームの材料を探し回っているなかで突然の吹雪に追われて逃げ込んだ洞窟の奥にいた、その親個体は相当な年月を生きたリルフだろう、大きく緑色のスライム状の組織を纏った大型種、ひとつの小核に次の世代に生を託して既に死んでいた。

 「このままでは……」

 泉の水が枯れている、リルフの幼生は清浄なる水でなければ生きられない、此処で孵ったとしても小核に待つのは死だけだ。

リルフ核採取瓶は持ち合わせているが今回の目的は擬体用フレームの材料調達、まだ見つかっていない、まだ帰る訳にはいかなかった。

「可哀そうだが……」

置いていくしかない、これも運命だ、仕方がない、立ち去ろうとしたアレクセイの足元がガコッと崩れた 「⁉」 隙間から見えたのは白い岩か?

「これは⁉ 骨か?」

見つけた! 山人や狩人達の話は本当だった、サガル神山は偉大な支配者たちの巨大な墓標、かつて天空を駆けていた巨大な神獣、ドラゴンの骨に違いない。

アレクセイの考える擬体は外殻ではなく骨格から生物を模倣する、より強力なフレームが必要だったのだ。

「まるで導かれたようだ、お前が呼んだのか⁉」

既に亡骸となっているリルフに話しかけると採取瓶を取り出し次世代の小核を移してそっと蓋を閉める、親核に墓を作り埋葬すると逆に神獣ドラゴンの墓を暴いて骨を採掘する、皮肉で不敬な事と承知の上でシノのためにお許しくださいと十字を切った、掘り出した巨大な骨はやはり軽く数万年を経ても柔軟性を失っていない。

どう加工していいかは分からないが量は十分だ、掘っていく中で奥に巨大なブルーアンバー(青の琥珀石)を見つけた、美しく透明な水晶のような石? それが何であるかは分かっていない、二日後、採掘した骨と石を担いで吹雪が止んだサガル神山を下山した。

一年後、ソーン・シティの恩師と友人の協力も得てドラゴン・フレームは完成し、移植するリルフ核の選定に入ろうとしていた時に事件は起こった、自宅研究室で小火を起こしてしまった、レッドアンバーがブルーアンバーと接触し火が出たのだ。

幸いドラゴン・フレームを格納していた母屋は燃えなかったがリルフ核を培養していた小屋は全焼してしまい、中にあった核はほぼ全滅、唯一残ったのがあの日採取した薄桃色の野生リルフだった。

「成長が遅いな……」 幾つかの試作品を作る過程で試した養殖リルフの半分以下の成長しか見せなかったが、イエローアンバーを与えるようになると状況が変わった、活発に瓶の中を核が泳ぎ回り、眼球はないがこちらを見ている気配があった。

「こいつ、もう自我が発現しているのか⁉」

アレクセイは瓶の中のリルフ核に向かって文字を教え本を読み聞かせた、理解しているとは思えなかったが一音、一声に反応を見せるリルフにアレクセイもいつしか情を抱くようになったのは自然な事だ、アレクセイは養殖リルフの導入を止めた。

薄桃色の野生核はゆっくりと瓶を大きくして三年後にはドラゴン・フレームに移植された。

 五年後、洞窟から採取されて七年、シープの名を与えられた擬体は歩行を可能にして繊細な指の動作にまで神経を張り巡らせていた。

 各関節には自我を宿している本体とは別に再現された筋膜を動かすためのハブとなる小核が動きを制御しているのは小脳が多数有るようなもので人間には無い機能だ。

 この頃のアレクセイは荒れていた、シノ・ククルの死を知ったからだ、片足義足の身体で従軍医師として戦地に赴くのを止められなかった。

 自分を狙うラウド・ツェッペリ伯爵と残された自分の寿命を知って彼女は安息ではなく命を燃やす事を選んだ、何も告げずに覚悟の旅立ちだった、アレクセイは気づいてやれなかった事を悔やんで泣いた。

 それから三年の間、画家の友人に書かせた絵の中に住む彼女に毎夜酒を煽り話していた姿をシープは見ていた。

 酒を買うために街に降りて、そこで酔いつぶれ数日後に帰った自宅にいたのはロッキングチェアに身体を預けるシノ・ククルだった。

 中性的に作った身体は曲線を描き、顔の造作、髪の色まで変わっていた。

 酒瓶を投げ捨て抱きつくと、ただ泣いた、許してくれとは言えなかった。

 表情の作れないシノの形をした人形はそれでもアレクセイの頭をそっと抱いて髪を撫でる事が出来る、感情と知性を備えた命がそこにいた。

 二人にオリジンが生まれた、完全なシノ・ククルを再現する事、その擬体と声を持ってアレクセイを許す事。

 それから十年、声帯を生んで声を調整し表情筋の動かし方を覚えた、意図せずドラゴン・フレームを生かした脚は人間を超えた能力を発揮したが当時の二人に意味はないもの、ただ一人を背負う事が出来れば良かっただけだから。

 間に合った、アレクセイが背中で逝く最後の言葉。


 オ スバリアート ベルドーナミ ( 許してほしい )

ペルダンアーレ ( 許す…… )


二人のオリジンは約束された別離の時に達成された。


今再び生きる意味を得た、アレクセイとシノの娘、フィーリーが生きている。

セカンド・オリジンがリルフの核に刻まれた。

ここに沈んだままではいられない、暗い海底で何かが脚に絡み付いている、命あるものに縋る怨霊なようなロープが海流にはためきシープの身体を縛っていた。

それは沈船、嵐の波に飲まれ幾多の魂と共に沈んだガレオン船、無慈悲に奪われた命が悔恨と怨霊の塊となって生者に群がる オオオオオォォーーッ 声無き声が海流に乗って魂に響く、その身体を寄こせと言っている。

 光の無い暗闇にガレオン船の灯火が揺らめくのは幻か。

 リルフであるシープに恐怖はない、アレクセイが持たせてくれた竜骨の刀を背中から引き抜く、角のように突き出た鍔を親指で弾くと高速で刀が振動する、技量を持たないシープでも鉄を切断する刀、高周波ソード。

 そっと刀が触れると バチッ 怨念のロープは聖水に触れたように弾けて切れた、 恨めしそうに灯火が消えていく。

 砂地の海底に降り立ったシープは眼球のレンズを赤外線暗視モードに切り替える。

 そこは透明な海の底、人形は少しの砂煙を巻き上げながらゆっくりと陸を目指して歩き出した。


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