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串刺し伯爵

 サガル神山の東、ダーウェン渓谷の緩やかな流れの岸にラウド・ツェッペリ伯爵のリルフ研究所がある、広大な敷地に平屋のバンカー倉庫と養殖用の池が点在している。

 周囲は高い塀に囲まれ中を覗き見る事は出来ない。

 ここで作られているのは軍事用の擬体、銃や大砲に次ぐ次世代兵器として開発されているリルフ擬体の秘匿性は高い。

 犬などに代表される愛玩用の動物を模したリルフは民間でも作られているがラウド伯爵が創る擬体は主に馬に代わる運搬用の大型擬体、荷車を馬で牽引する方法では山岳地や道なき森での稼働に限界がある、ラウド卿が提唱するのは多脚型の擬体の背中に直接荷台を設置して運ぶ事だ、これにより大砲をもより有利な位置へと素早く運ぶ事が可能になる。

 まさしくゲームチェンジャーの可能性を持った革新的技術だ。

 国の予算を潤沢に使い、その研究は自由に進められて数十の試作機が創られて実績を上げている、既に実戦部隊への投入も進んでいた。

 ここまでは表の研究といっていい、兵器産業は真面な商売だ、医療用に活用しようとしたアレクセイ・レオーネと同様のアプローチ方法。

 串刺し貴族、ラウド・ツェッペリ伯爵の真の研究は地下施設にあった、サー・ガラハット卿が創り出された場所でありラウド卿発案の別なアプローチの擬体。

 ガラガラと鉄格子付の荷馬車が馬に引かれて裏門から施設に入ってくる、中にいるのは囚人たちだ、皆若く健康で身体的にもバランスが取れている者が多い。

 ベッドに縛られた状態で麻酔が効いているのか意識はない。

 「今日分の試験体だな?」

 「発注通り男ばかり五体だ、白人二人、黒人二人、東洋人一人」

 白衣の係員はチラリと鉄格子の中を覗くと報告書にチェックを入れる、部下に指示を出すと検体はストレッチャーに乗せられ地下へと消えていく。

 地下道を幾つもチェックポイントを経て辿り着いた研究施設は高い天窓から外光を取り入れレッドアンバーの照明が煌々と焚かれて屋外のように明るい。

 壁には仕切られた小部屋が並び、扉には厳重なロックが掛けられている。

 検体はそれぞれ個室へと一体ずつ運び込まれて金属製のベッドへと繋がれた。

 「ドッポ君、今回の検体はどうだね?」

 深紅のエンビ服に白いステッキの初老の男、細く彫りの深い顔に鋭い目が印象的だ、長いグレーの髪をオールバックにして胸にはドラゴンをイメージした家紋が彫られた巨大な金のプローチを下げている、それは伯爵家当主の証、ラウド・ツェッペリ伯爵その人だ。

 「伯爵様、オーダーどおり白人、黒人、東洋人の男性、歳は二十歳代、みな精強な肉体を持つ者ばかりです、きっとお役に立てるものと思います」

 ドッポと呼ばれた研究員はリスト表を伯爵の前に示した。

 「兵士に警官、それに登山家は面白いな、さっそく適合するリルフの選別と同時に検体にイエローアンバーの投与を始めよ、一週間後に受胎手術を始める」

 「一週間後!? それは性急過ぎませんか伯爵様、恐らく生き残るのは半数以下になってしまいます」

 「ドッポ君、我々が創ろうとしているのは新人類とも呼べる生命だ、こんな程度死んでしまう軟弱な命など淘汰されて当然だろう、この国はもうすぐ内戦になる、今後精強な検体を入手するのは難しくなる、国外調達も視野に入れなくてはならんのだ、このプロセスを早く完成させて次へ進まなければならない、我々の最終目標はまだ遠い」

 コツコツとステッキが床を打ち鳴らす、その音には苛立ちが混じる、それは研究の遅延が招いたわけではない、原因はここへ来る前の報告に会った。

 「どうやら二人とも失敗したようだ、ネロ・ビオッジとかいう小僧は警告のための鉄砲玉、返り討ちに会っても不思議はない、問題はシノ・ククルの娘の方に送ったサー・ガラハットの方だ、舞踏会に乗り込んで大暴れした挙句に娘を取り逃がすとは大失敗にも程があるというもの!おまけにサバリーニ伯爵家の令嬢を殺したらしい、ランスロット侯爵家も死んだはずの息子が犯した大罪にひっくり返っているだろう、知性は高いはずだが常識を覚えるには時間が足りなかったかもしれん」

 苦々しそうに研究室を見渡す、中は忙しく白衣の人間たちが行きかう、オムツをした大人から運動するための軽装の者、本を抱えた学生風の人間たちにそれぞれ別な研究員たちが付き添っている。

 ようやくここまで来た、正しかったのだ、あの日の屈辱は最早追憶の彼方だが受けた恥辱は晴らさなければならない、その相手はどうやらもういない、勝ち逃げは許さない。

 アレクセイ・レオーネの提唱した内部骨格を用いた擬体、生物の完全なフレームにリルフを融合させることで擬体を創る、なるほど筋肉の一つ一つまで再現した動きは滑らかだ、出力も申し分ない、しかし! 時間が掛かり過ぎる! 小型の獣を再現するのに数年単位の時間が必要になったのでは論外だ、リルフの寿命は短い、種によっては十年程度だと言われている、自我が発現したころには死んでしまうではないか!

 神経核を残して人間の部品として使用するには一世紀も必要になる、それでは間に合わない、シノ・ククルは死んでしまう!

 私のやり方なら間に合う、彼女を救う事が出来る!絶対だ!!

 リルフ細胞を融合した人間なら部分移植をしても拒否反応は出ない、失った脚も将来も与える事が出来たはずだ。

 しかし、彼女が選んだのは平民出身の技術者アレクセイ・レオーネだ、あの日彼女は忽然と私の前から姿を消した、公爵たる私、天才の異名をほしいままにする私、完璧な身体と美貌を備える私、そして海よりも深く彼女を愛する私、選ばないはずはない、間違いだ、彼女は騙されているのだ! 救わなければならない。

 部下に命じ、騎士団を動かし、傭兵を雇い探させた、数百の目をかい潜り数年経っても行方は分からない、やっと齎された知らせ、それはシノ・ククルの死だった。

 彼女は隣国の戦場を義足の身体で渡り歩き死んだ。

 ラウド・ツェッペリを絶望の慟哭が黒く染めた、もう手に入らない、権力、名誉、才能、実績、全てを手に入れて来た、愛だけが遠かった、永遠に離れていった。

 間違いだ、この世界は間違っている、正さなければならない!

 「マンティコア・ファームを呼べ、パリスも一緒にだ」

 「おおっ、パリスも実戦の機会を欲しておりました、さぞ喜ぶでしょう」

 「サー・ガラハットの実力は本物だ、失敗には理由がある、重大な障害があったと考えるのが妥当だ、実践訓練を兼ねて戦力追加を行う」

 我が愛の正しさを証明する、シノ・ククルの娘、フィーリオ・ディ・チェリージオを永遠のものとする、完璧に自分を愛する生きた人形、新たな人間とする。

 時を戻してあの日の間違いを正す、それが神の摂理、自然なのだ。

 賓客に招待状が届いた頃だろう、この一連の理由を知っていない限り我が芸術の真意を理解出来る者はいない、なあ、ドクター・エラン、古き友よ。


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