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セカンド・オリジン

暗い洞窟を松明の明かりだけで進む、以外にもジメジメした感じがしないのは風が通っているからだろう、出口は遠くない。

 後ろが気になる、大切な人を置いてきてしまった。

 シープは無事だろうか、舞踏会襲撃でガラハット卿の剣に身体を貫かれていた姿を思い出してしまう、その剣を前にして恐れる事なく立ち向かえる勇気を私は持っていない、逃げる選択しか出来ない。

 「シープ一人で本当に平気なの? 貴方より強いって本当⁉ 私やっぱり戻る、手を放して!」

 「(わめ)くな! お前が戻ってどうなる! 足手まといになるだけだ、彼女の気持ちを無駄にするな!」

 「だって! だってシープも貴方も本当は関係ないじゃない、私が殺されれば全て収まる話だよね、シープを犠牲にして生きようとは思わない、手を放して!」

 「ああーっ、もう、このクソガキは面倒くさいな、こういう奴に限っていざとなると命乞いするに決まっている」

 「なによ、クソガキはあんただって同じじゃない! カッコつけないでよ!」

 「ちっ、ヒステリー起こしやがって、外に聞こえる! 落ち着け、シープはガラハットを海へ引きずり込むつもりだ、リルフは呼吸を必要としないからな」

 「!」

 「あの足で絡まれると泳げない、一緒に沈むしか出来なくなる、それにあの擬体はまるで(おもり)だ、掴まれたら人間では振りほどけねえ、どんなに剣や殴るのが上手くても逃げられない」

 「それで本人まで海の底まで沈んだら、どうやって浮き上がるの⁉ 」

 「本人曰く地上と同じように海底を歩けるから平気なんだと、なにせ呼吸がいらない」

 「そんな事が可能なの!?」

 「ああ、俺も体験したからな……」

 「ただ……シープは俺を助けた、俺が善人だからじゃない、きっと奴は人を殺せない」

 「ガラハット卿も殺せないと?」

 「分からん、五分五分だと思っている、今回はお前を守るという楔があるがリルフは本来平和主義で争うのが苦手なんだ、だから兵器には成り難い、戦場には不似合いな生き物なのさ」

 「やっぱり私が巻き込んでいる……」

 「だから違ぇって! 自我を覚醒したリルフは生きる使命というか起源、オリジンをはっきりと持っているのだそうだ、シープの場合はシノ・ククルを再現する事だったんじゃねぇかな、そしてそれは達成された、終わっちまったんだよ」

 「終わったって何が?」

 「シープは生きる意味を失ってしまったのだ、俺が行った時、奴は自分を解体しようとしていた」

 「解体……」

 「思い止まらせたのはお前なんだぜ」

 「私?」

 「そうさ、俺が教えてやったんだ、シノ・ククルには娘がいて其処にも殺し屋が向かったと、そしたら奴は目の色を変えやがった、で水中へドボンッて訳さ」

 「だからな、君がシープのセカンド・オリジンになったんだ」

 「!!」

 「フィーリー、君がシープを繋ぎ止める楔だ、彼女を大事に思うなら自分の命を粗末にするな、信じろ」

 「……」

 知らないうちに自分は何者かになっていた、それが何を意味するかは分からない、ただ激流に流されている、溺れないように掴んだ小枝がシープだ。

 「だから行くぞ、ニースで待つんだ、鹿の帰還を」

 「分かった、信じるよ」

 アレック、父が二十年を費やして創った特別な擬体、シープ・レオーネはきっと戻る。

 「さあ、出口だ」

 新たな街へとその一歩を踏み出した。


 港町ニース、先の戦争では軍港の最先端、数多のガレオン船が出撃し海戦を重ねて傷つき帰港する母港、大砲で打ち合うだけでなく移乗攻撃は船上での白兵戦、深い外傷を負ったまま帰る兵士も多かった。

 当時、医師の扱いは科学者ではなく石工や大工と同等の工員、病は静脈の黒い血が原因と考えられていたため治療行為の多くは静脈を切って失血させる事だった、薬の使用は(おこり)(マラリア)に対するキニーネや薬草の一部に限定され科学的な薬効の研究は遅れていた。

 これは宗教信仰による影響がある、聖教会が利権を守るために政治的な意図があった事は明白だ、民衆が馬鹿でいてくれた方が統治者には都合が良い。

 そんな聖教会に聖女様が降臨した、同時に教会本部があるモンサン・キーにおいて国王派が旧聖教会指導部を一掃、聖女様を筆頭に新たな教皇を置いて新体制となった。

 聖女様は別名を霧の魔女と言われている、聖女なのに魔女? 変な話だがそのルックスを見た人々は口々にそう例えていた、聖女様の霧を吸い込めば瘧だろうと黒呪病だろうとたちどころに治るというが隣国の真実は分からない。

 この国の聖教会も影響を受けて医療行為の解放が始まっていた。

 そんな中に現れたのがシノ・ククルだった。


 ネロとフィーリーは無事にニースの港街へと入った、活気がある街、人が多い。

 「随分にぎやかな所だね」

 「昔から此処は陸と海のハブ基地、様々な人と物資が集まる拠点だ、人を隠すなら人の中だ、ラウド伯爵の追手はガラハット卿だけとは限らないからな、目立つなよ……」

 シープが見立てたフィーリーの服は良く似合ってはいたが、男装しているように見えてお忍びで旅行している貴族の令嬢と見えなくもない、危ない輩の的になりかねない。

 「そうか! どうせだ、フィーリーには男になってもらおう」

 「何故に!?」

 ネロの演出は貴族の次男や三男、嫡男以外の令息、責任を持たされない放蕩息子が街で遊び呆けている光景は珍しくない。

 「髪を上げて帽子とジャケットを足せば其れらしく見えるだろ、で俺はお付きの護衛だ、怪しまれずにシープを探せる」

 中古の兵装を扱う店で適当なジャケットとハンチング帽を購入すると元々凹凸の少ない体形は優男風に仕上がった。

 その店の近くに見慣れない建物がある、表の小さな看板には病院と書かれていた。

 「病院て何?」

 「お前の街には無かっただろうが病気や怪我で働けなくなった者を集めておく所だ」

 「捨てられた人たちの隔離施設なんだ、なんだか可哀そう……」

 自分の境遇と似ている気がした。

 「ちょっと違う、ここは病気を治すところだ、それを治療という、治ればまた家に帰れる」

 「治療って血を抜くのでしょう? それで治った人なんて見たことない」

 「お前ほんと何にも知らねぇのな、血を抜くなんて言うのはこの街では時代遅れだ、病は薬や食い物で治せるらしいぜ、ほら、あの人のおかげだ」

 開け放たれた扉の壁に肖像画が飾られている、知っている顔だ。

 「!?」「そうさ、お前の母親、シノ・ククルの功績らしい」

 白いナース服に白く小さな帽子、ベッドが並んだ間に立つ姿が描かれていた、その顔はシープによく似ている。

 「俺は山暮らしだったからな、植物の中には傷が腐るのを抑えたり、腹痛や発熱を治すものがある、俺たちは日常的に使っていた、(マラリア)に対するキニーネも植物の皮だ、血を抜くなんていうのは逆効果なのさ」

 「じゃあ、なんでそのことを街の人たちは知らなかったの?」

 「祈祷やキニーネは聖教会の収入源だ、堂々と街で薬の事を風潮すれば魔女だとされて火炙りの刑にされちまう、要は権力と金のためだ、それが聖女様が降臨して変わった、今の聖教会は政治から分離して医療も自由になった、火炙りに(おび)えることなく真実を語れる」

 「それと母が何の関係があるの?」

 「この建物な、さっきお前が言ったように病人や怪我人の隔離施設じゃない、この街の常識をシノ・ククルが変えた、窓を開け、床を掃除して病人に温かい毛布と食事を用意したのさ」

 「えっ、それだけ!?」

 「当然薬なんかも使ったのだろうが半数の病人はそれだけで治っちまったそうだ、確かに言葉にすればそれだけなんだが……俺には真似出来ねぇ、汚物と死臭漂う牢獄に入り浸って死神に取りつかれた連中の世話をするなんて想像つかねぇな」

 確かにその通りだ、自分でも近づきたくはない。

何故そんな事ができたのだろう、その原点は何処にあったのか? 母の物語を知る事を避けてきた、知らなければならないと強く思った。

病院の壁から見つめる母の視線を感じる、話を聞いてと訴えていた。


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