同族殺し
「!?」 「なんだ?」
決まっている! サー・ガラハット卿に違いない!
「ネロさん! フィーリーをお願い!」
「えっ⁉」 「ここはお前の出番じゃない、俺がやる、お前たちは逃げろ!」
ネロが背中の鉄棒へと手を伸ばす。
ビュンッ 「!」 その鼻先に白い刃が突き付けられた、いつの間にかシープが脇差し程の刀を手にしている。
「サー・ガラハット卿の剣にネロさんの暗器では相性が悪いです、水深のある此処は私向き、貴方なら理解出来るはず」
「くっ……毎回それは何処から出てくる? 手品にしては出来過ぎだ」
帯剣していなかったのにシープの手には確かに刀がある、金属とは違う質感、真っ白な陶器のように刀身が妖しい光を放っている。
「ふふっ、内緒です、フィーリー、ネロさんと先に向かってください、後から追いかけるわ」
言うと直ぐに焚火を消してしまうと残った松明をバードに預けた。
「何故⁉ 一緒に逃げようよ、あんな怪物相手に出来るわけない! 今度こそ殺されちゃうよ!」
「大丈夫です、刺された位では死にませんから」
「そんな……」
「ネロさん、彼女を頼みます」
「ちっ、仕方ねえ、だが必ず来いよ、待っているからな!」
以外にもネロは引いた、シープの力を知っての信頼なのかは分からない、言うが早く松明を掲げて私の手を引いた。
「ちょっと待ってよ、置いていけない!」
「残念だが彼女の言うとおりだ、俺よりも強い、それに切り札がある、俺は彼女を信じる、行くぞ!」
無理矢理に暗い洞窟の奥へと引かれて行く、シープをガラハット卿と対峙させることより一人になってしまう事が怖かった。
「シープ! シープ!! やだっ、一人にしないで!」
叫んだ声に一度だけ人形の白い顔が振り向いたが直ぐに暗闇に溶けて見えなくなった。
ザアァアアッン ザアァァッン 岩の切れ目から差し込む光と波の音が洞窟の中に煩いほど反響と反射を繰り返し、全ての気配を飲み込んでいる。
シープの位置は変わらない、焚火後近くの砂地に微動もせずマネキンのように立っている、見開かれた瞳は追跡者を捉えているか? 陽気な青年は既に音もなく小舟に這い上がり洞窟の中に侵入していた。
ガラハットは夜目には自信があった、最大限に開いた瞳孔は仄暗い洞窟の中でも人影を見分けるには十分だ、一人いる、身長から見て傭兵の女、いや逃走時の走りは人間であるはずがない、きっと擬体だ、中にいるのは当然リルフだろう。
一見すれば人間と変わらない、言葉を操り自立して行動出来る擬体は軍事用でも滅多に見ない、逃走時に見せた健脚は人間どころか馬でさえ凌駕しかねない。
リルフ擬体とは此処まで高められるものだとすれば……
「あんな擬体がいるなど聞いていない、いや、ラウド卿も知らないな、知っていたら捕獲対象は二体になっていたはず……そうか、もう一つの暗殺対象、アレクセイなんとかという擬体制作者が創った物だな、だとすればネロ・ビアッジ君は失敗したんだね」
独り言の小さな呟きをシープの聴覚は聞き逃さない。
「全問正解、頭いいのね、その頭の中に居るのは誰?」
マネキンが喋った、その表情に変わりはない。
「おや、聞こえていたのかい、脚だけじゃなく耳もいいんだね、ひょっとすると夜目も効くのかな⁉」
隠れても仕方ないとなれば立ち上がり苦笑いしながら姿を晒した。
「多分ね、目も耳も特別製よ」
「益々見過ごせないね、僕たちの存在を否定されかねない」
「何故こんな事、暗殺なんてしているの、貴方なら色々出来たでしょう?」
「あははっ、僕は自分のファースト・オリジンに従っている、この身体を得て乗りこなしてはいるが僕は僕であり僕ではない、君には分からないだろう、人と融合した感覚、人間の身体は素晴らしいぞ、捨ててしまうにはあまりに惜しい」
「やはりそうでしたか……貴方の頭の中に居るのは私の同胞、リルフなのですね」
「君とは違うアプーローチ、我等の創造主はリルフの為に人間を利用した、人体の再利用……僕はリユース・ヒューマンさ!」
「殺して利用しているの」
「あまり大きく損傷した身体は当然再利用出来ない、死んでから時間が経過したのも駄目だね、ゾンビなんて使い物になりはしない、ベースとなる身体の能力は高くないと、それに脳と接触すれば我々の精神を形作る核にも影響を受ける、その記憶は重要だ」
「知っている? 人はそういう事を悪趣味って言うのよ、私お喋りなの、あちこちで話しちゃうよ、人間擬きが紛れているって」
「かまいやしないさ、どうせ君が誰かに話す機会なんてこない」
「そうかな? 私人間は殺したくないけれど同族殺しは平気なの、リルフって変よね」
「同感だけれど僕は少し違う、半分人間だから、どっちも平気さ!!」
ダダッ 人形に向けて地を蹴ると高速のジグザク移動! 瞬時に間合いに入る!
キイィィィンッ キイィィィンッ 何かが振動している、連続する甲高い音の間隔が狭まり繋がっていく! イィィィィ…… 高周波はやがて人間の耳には聞き取れない音域で鳴り響いた。
「Allez!!」 初めの号令と同時に神速の突き! 突き! 突き!
ビュッ 突きと同様の速さで引かれている、単純なピストン運動ではない、的と角度が突きごとに違う、避ける動作を絞らせない! シープはその神速の突きを全は躱しきれない、
バシュッ バチィッ 浅く突かれているが動きを止めるまでには至らない、それは技術ではなく反射神経と筋力に任せた無茶苦茶なものだが致命傷を寸前で躱している、更にシープの動きは無呼吸動作の連続、リルフは生命活動に呼吸を必要としないがリユース・ヒューマンはそうはいかない、必ず呼吸の隙間が来る!
「その白い刀は飾りかな⁉ 少しは攻撃したらどうだい? 穴だらけになってしまうよ」
一呼吸おいての誘い文句、カウンターを狙っている。
「顔以外は気にしないわ、それじゃ私のターンということでよいかしら⁉」
「どうぞ、気楽にやってよ」
「じゃあ遠慮なく!」
いかにも大振りな素人剣技、見え透いた軌道、スピードも平凡、ガラハット卿はフンッと軽く受けに出したサーベルが白い刀と接触した刹那!!
ギャリイィィッ 突然サーベルが激しく泣きだし カラーンッ 金属音が消えると同時にサーベルが切断されていた!
「なに⁉」
「手品よ、タネは内緒だけど!」
バッ その隙を逃さずに膝下にタックル、転がした背中を羽交い絞めにして海へと飛び込む! ザバーンッ 縺れ合うように海中に没した。
ゴボボッ 重い! 沈む! シープの意図が分かった、呼吸を必要としないリルフは溺死を狙っている。
ガバッ ゴバッ 身体を揺すってもビクともしない、クロスアームで羽交い絞めにした挙句に長い脚が下半身に巻き付いている、身動き出来ない!
リルフは基本的に水に浮かない、肺もないので浮く要素がない、泳げないのはその為だ。
道連れに自沈して果てる積りか⁉ 真上に明かりが見えた、洞窟の外に出たのだ、それは更に水深が増していくという事、侮っていた、かけっこ以外なら負けるはずはないと高を括っていた、ガラハットは初めて戦慄を覚えた。
「くっ……」
何秒経過した? 水深は? リルフ本体には必要なくても人間の身体に酸素は絶対に必要だ、低酸素に身体が喘ぎ始める、細胞が悲鳴を上げる。
マズイ! この拘束を解かなければ! 何か、何かないか⁉
( 顔以外は気にしないわ ) この女型擬体は確かにそう言った!
ロックされた肩を無理矢理に捩じる、ゴキゴキと骨が軋むのも構わず指をシープの顔に届かせるとマネキンがあからさまに顔を背けた、理由は分からないが嫌がっている!
これしかない! ガラハットは爪を立てガリッと革を剥ぐ様に食い込ませる!
「!!」 カボッ 拘束が解けた!
低酸素状態が限界だ、急いで水面に戻らなければ! 必死に水を掻くが揺らめく光が遠い、身体が言う事を効かない、リルフの生命維持に人間の代謝は必要ない、苦痛だけが鮮明になっていく、只の人間なら意識を失う事で苦痛から逃れるがリルフにそれは出来ない。
「だめか……」
筋肉中の酸素が尽きてダラリと水中で重力を失った。
まさかここで倒れる事になるとは……不覚だ、しかし、人間ではなく同族のリルフにやられたなら仕方ない、率直に女型擬体の性能が予想より遥かに高かった。
技術では負けていない、身体能力、いや作戦でも負けていない、引き出しの数が違った。
「極めればあそこまでの高性能になるのだな……擬体が正解だったのだな、どんな構造になっているのか聞いてみたいものだ」
この苦痛がいつまで続くのか、人間の肉体は滅してもリルフは死ねない、この身体は逃げ出すことの出来ない牢獄だった。
ガッ ガッ ガッツッ 何の音だ? 海中に石を叩く音が近づいてくる。
音の方向へ目を向けたいが瞼一つ動かない。
ガババババッ ドンッ 何かがぶつかった衝撃、加速! 激しい水流、光が迫る!
バシャアッ 風に磯の匂い、空気だ! 目覚めた人間の身体が空気を貪る、肺が酸素を取り込み血液が酸素を速達で細胞へと届けていく、機能を失いかけた身体に命が戻ってくる。
何が起こった⁉ 機能停止に陥った身体が何者かの力で急浮上した、考えられるのはひとつ、しかし、何故だ?
「!」
足元に沈みゆく影が見えた、白い顔の人形が海流に流されていく。
「僕を助けた!?」
「おいっ!」
届くはずのない声と手を伸ばしたが人形はユラユラと揉まれながら深く沈んでいった。
ビリリッ 核に衝撃が走った、それは初めての感情、ガラハットの名を継ぐリルフはその衝撃に激しく動揺した。




