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伯爵家メイド フィーリー

それは遠くない過去。

 ここではない異世界の大陸

  巨大な山脈の裾野(すその)、深い森の片隅

   人形は冬に墓標を建て 春には花を 夏には酒を 秋には収穫を供え

    愛しき者の魂に祈る それは創造主への忠誠と愛情

     どこまで精密に再現しても人間にはなれない

      小さなバックひとつ 扉を閉めて故郷を後にした


 真珠色に輝く毛並みを風に任せ芝生の庭を小さな犬型リルフが走っている。

 サバトーニ伯爵家のお嬢様が新たに手に入れたリルフ擬体(ぎたい)、犬人形の中にいるのは液状知的生命体 Liquid intelligent life form リルフ、スライム状の生物だ。

 リルフは全般的に大人しく人間には従属的、大きくなる程に知能も高い傾向がある、軍事利用されている物の中には人型、多脚型、鳥型まで存在している。

 「ああもうっ、こんなに汚してしまって! ミンクの毛皮が台無しじゃない」

 令嬢の元に戻ってきた犬型リルフは泥濘に嵌ったのか純白にダルメシアンの柄が付いてしまっていた。

 「フィーリー、ちょっと来て!」

 令嬢が振り向きもせずに声をかけた相手は最下級のハウスメイド、雑用係。

 「はい、キャサリンお嬢様」

 直ぐに駆け寄り三歩下がったところに傅く。

 「また汚くなっちゃったわ、掃除しておいて」

 本物の犬の様にリルフが身体を寄せようとするのを令嬢は傘を使って拒んでいる。

 「畏まりました」

 蹴飛ばされる前に抱き抱えて後ろに下がる、直接令嬢の顔を見てはいけない、終始下を向いたままだ。

 今日の機嫌は良い方だ、悪いと池に落とされる、メイド服に着替えはない、溝臭(とぶしゅう)(まと)ったまま過ごす羽目になる。

 「いよいよ明日だわ、うーっ、ちょっと緊張してきちゃった!」

 身震いして身体を捩る、明日は特別な日、名ばかりの月例舞踏会、その内容は適齢期の貴族令嬢と将来有望な騎士団ボンボンとの婚活パーティー。

 「庶民は気楽で良いわよねぇ、こんな緊張を味わう必要ないもの、ああ!重責に押しつぶされそう」

 「……」

 下手なお世辞は逆効果になる、何故なら最下級メイドであれビジュアルは圧倒的にフィーリーの方が優れている、東洋人とのクォーター、顔は小さく髪と瞳は栗色、身体も細く可憐と言う言葉が似合う、反して令嬢は骨太で肌にはそばかすが目立つ男顔、一緒に歩くと周囲の視線はメイドの方に向いてしまう。

 小さな嘲笑(ちょうしょう)でも令嬢の耳に入れば罰はフィーリーに向けられる、一本鞭で打たれると痛いでは済まない、二日間は立つ事さえ出来なくなる、経験があった。

 それ以来街へのお供には指名されなくなった、心底安堵した。

 「はい、明日も私はキャサリンお嬢様のために精一杯務めさせて頂きます」

 不穏な空気を悟ったリルフは腕の中で大人しくしている、賢い子だ。

 「ふん、精々給仕の仕事に励むことね、何かあれば今度こそお父様に頼んで叩き出してあげるから」

 せせら笑うように令嬢が(あざけ)る。

 「申し訳ございません」

 「……」

 憎々しそうな視線を送った後にプイと向き直り屋敷へと踵を返す。

 「今日はもういいわ、明日まで顔を見せないで!」

 捨て台詞を残して令嬢はフィーリーが潜ることの出来ない正面玄関へと大股で歩いていく、その姿が消えてから顔を上げてフーッと一息。

 「危なかったー! また池に放り込まれるかと思ったぁ」

 「良かったねぇ、リルフは泳げないものね!」

 抱いていた犬型リルフを持ち上げて軽くキスをするとブンブンと尻尾が回転している、良く仕込まれた擬体だ。

 彼女の名前はフィオーリ ・ディ ・チェリージオ・ククル あまりに長いのでフィーリーが通り名だ、歳は十五、家族はいない、このサバリーニ伯爵家に住込みメイドとして十歳から雇われている。

 「フィーリー、大丈夫だった!?」

 心配して影から様子を見ていた同僚のトリッシュが走り寄ってきた、屋敷の中で気が許せる数少ない同世代の友人。

 「何とか無事よ、そっちはどう、半分くらい終わった?」

 「まだ終わんないよ、急がないと夕飯スープだけになっちゃう!」

 「その前にこの子も洗ってあげなきゃ」

 「キャサリンお嬢様の嫌がらせね、顔だけじゃなくて性根までブスだわ」

 「ちょっとトリッシュ危ないよ! 聞こえたら殺されちゃうよ」

 「きっと夕飯に間に合わないように仕事をわざと増やしたのよ、陰湿よね」

 「ごめんね、私のせいでトリッシュにも迷惑かけちゃって」

 「何言ってるの、フィーリーが可愛いのはフィーリーのせいじゃないじゃん、こうなったら早く終わらせて堂々と具の入った夕飯を食べるわよ!」

 「そうだね! とっとと終わらせよう」

 二人は手を握り次の仕事へと忙しく身体を動かした。


 各地から集まる令嬢用控室の掃除がまだ残っている、特にVIPとなる爵位の高い令嬢には日当たりの良い二階、中庭を見下ろせるエグゼクティブな部屋はフィーリーの住込み部屋の十倍はある、二馬力でも一時間はかかってしまう、まだ冷える季節の水は冷たい、雑巾を絞るトリッシュの赤切れが痛そうだ。

 「ねぇ、フィーリーはどうするのぉ?」

 「まだ悩んでいるの、どうでもいいじゃん、どうせ誰も見てないって!」

 「そんなことないよぉ、騎士団にはお付きの人だって沢山いるのよ、馬係や料理人だって王家直属、私達からしたら雲上人なんだから!」

 手は休めないが少し不満そうに口を尖らせるトリッシュは白馬の王子を夢見ている、事実メイドと付き人たちの結婚話も無いわけではない、伯爵家の使用人とはいえど最下層のハウスメイドにとって叶えば大出世といえた。

 「それより私はあっちの方に興味があるな」

 窓の外を覗くフィーリーの視線の先に正装はしているが厳つい集団が中庭を横切っている、明日の周辺警備を担当する傭兵団、いつもの顔ぶれだ。

 「ええーっ、フィーリーってああいうのが趣味だったの?知らなかった!」

 ゴロツキではないが呑気な顔の者はいない、纏った多暴力の気配は二階から見ても分かる。

 「違う違う、前じゃなくて後ろ、一番後ろよ!」

 「えっ?」

 更に首を伸ばすと最後の列に女の兵士達がいる、その最後尾に長い黒髪を後ろで一つに編み込み、長すぎる脚が目立つ女、遠目にも東洋系であるように見えた。

 始めて見る顔、綺麗だけれども生気がない、まるで人形のようだ。

 「あれっ、あの人フィーリーに顔立ちが似てなぁい? 東洋人かな、なかなかの美人だわ」

 「なんか恰好いいなぁ、少し憧れる」

 「うそぉ、傭兵団なんて怖すぎ、お金のためでも戦場には行きたくないよぉ」

 「あんな華奢(きゃしゃ)でもやっていけるなら私にも可能性あるかな!?」

 「あんた本気なの、冗談でしょ、その可愛さで荒くれ者の中に飛び込むなんて正に飛んで火にいる夏の虫! 直ぐに食べられちゃうよ、ダメダメ、私が許さない!」

 「そうかなぁ、あの人と私、そんなに変わらないと思うけど」

 「きっと特別なのよ、剣の達人とか魔法が使えるとか、特技があるのよ! 運動音痴のあんたには逆効果の顔しかないじゃん!」

 「なによそれ、褒めてはいないよね」

 「べーっ、たまにムカつくのよね、キャサリンお嬢様の気持ちがちょっと分かるわ!」

 「酷い、トリッシュだって運動音痴は変わんないじゃんか!」

 「あっ、自分で可愛いって認めた!」

 「もう! 私だってこの顔に産まれたかった訳じゃないの、文句は母親に言って!」

 「あっ、ごめん、調子に乗り過ぎた……」

 フィーリーが天涯孤独の身上であることを思い出して申し訳なさそうに俯く、出来が悪くとも父母兄弟がいるトリッシュに孤児の孤独は想像出来ない。

 「なぁんて嘘だよー、そんな事気にしないものねー、でもやっぱ冒険者とか傭兵団とかいいなぁ、なにより自由だもの」

 お道化る顔は強がりだ、幼き頃を修道院で過ごし、働けるようになるとサブリーニ伯爵家でメイドの職を得ていた、孤児としては最大限に運が良い、どちらも生前医師であった母の伝手、自分にもしもの事があればと頭を下げてくれていた、母の善行があればこそ雨を凌ぐ母屋に狭くとも自分の部屋を持つことが出来ている。

 でも……会えない、言葉を交わす事の出来ない寂しさと差し引く事など出来ないだろう。

 小さな部屋の壁にある鉛筆で描かれた肖像画、それは顔も知らぬ母の笑顔を描いた遺影、孤独な夜の話し相手である事をトリッシュは知っていた。

 フィーリーはメイド服の下に春愁(しゅんしゅう)を隠し青く沈んだ部屋で幾つの夜を数えたのだろう、その姿を思い浮かべると切なさに涙が(にじ)む、トリッシュは悟られないように顔を背けておく、フィーリーは同情されるのを嫌う、本気で叱られる。

 話題を変えようと思ったところにメイド長の声が聞こえた。

 「トリッシュ、フィーリー、二人とも大広間に来て頂戴」

 「はい、只今」

 きっと護衛役の面通しだろう。

 汚れた(おけ)と雑巾を急いで片付けるとお互いの服装や髪の乱れてはいないかチェックする、いい加減な格好でサブリーニ伯爵家の者が外部の人間と会うのはご法度だ、落ち度が見つかればお尻を鞭で打たれる、泣くほど痛い。

 「良し! 大丈夫、今日もフィーリーは可愛い!」

 小さな鼻の頭をつつく。

 「トリッシュこそ騎士様達が放って置かないよ!」

 お返しにそばかすの鼻を摘まむ。

 笑い声と共に小鹿たちの軽い足音は大広間へ続く廊下を走り抜けていく。


 予想通り用件は面通しだった。

 会場内の警備を担う傭兵団女性兵士は四人、三人は前にも見て知った顔だ、隊長は大柄の赤毛、マギー少尉、素手の格闘で盗賊を殺したこともある豪傑。

 後の二人は女らしい曲線を保っているが鋭い視線は素人でないと一目瞭然だ。

 「今日は新人がいる、シープ・レオーネだ」

 羊の獅子とは妙な名前だ、列の最後にいた黒緑の髪が前に出て一礼する、長すぎる脚に十センチはあるヒールが更に拍車をかけている。

 先輩三人を虎や豹と表現するなら、Sheep(羊)と紹介された東洋系の女は肉食ではなく草食動物に見えた、暴力や戦いが似合うようには見えない。

 小鹿は猫科肉食獣に変われないけれど彼女のような女でも傭兵となれるなら自分にも可能性があると期待してしまう。

 後で声をかけてみようと思う、見た目のままなら邪険にはされないかも。

 使用人達も一列に並びメイド長が順に紹介していく、フィーリーとトリッシュは最後に名前を呼ばれる。

 「ハウスメイドのフィーリー・ククルです、明日は給仕を担当いたします」

 一歩前に出るとスカートの端を摘まみ一礼、令嬢のカーテシーではないので足は交差させない、メイド長の視線は及第点、お尻は叩かれなくて済みそうだ。

 「!?」

 見つけた! そんな言葉が聞こえてくるような視線、零れ落ちそうに見開かれた目は驚きと確信を瞳に映していた。

 「えっ、何!? 私を見てる?」

 胸が高鳴った、この生温い牢獄から連れ出してくれるなら誰でもいい。

 返答の期待を向けたが羊の瞳は既に感情を閉じて視線を泳がせている、その顔は最初に見た印象の通り人形の様に無表情だ。

 勘違いだったのかと少し落胆してしまう、なんだったのだろう、同じ東洋系の顔立ちに意識し過ぎたのかもしれない。

 面通しはいつも通り、あっさりと終了して皆それぞれの仕事へと戻っていく。

 フィーリーも楽屋掃除の続きに戻らなければならない。

 「ふぅっ」

 無意識に口を衝いて出た溜息は背中を押してくれない運命に対する皮肉、少女の脚は自力で走り出す勇気を持てないでいた。

 廊下に黒髪の影が揺れた。

 

 「あなたが……フィーリー、フィオーリさん」

 「えっ⁉」


  運命に人格があるなら意外と甘ちゃんかも知れない。


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