『恥晒しめが』と罵られて安心しておりましたら、『自殺を装え』と言われました
「グズグズするな! アランやクリスティを見習え」
「は、はい」
「全くミレーナは誰に似たのだか。ランドル男爵家の恥晒しめが!」
お父様はそう言いますが。
わたしの食事はいつも遅れて出てくるのです。
決してわたしがグズグズしているわけではないのです。
でも口答えするとよろしくないですね。
時間のムダですし、また怒鳴られますし。
食べさせてもらえるだけありがたいです。
黙って食事をいただきます。
「アランは剣術大会で、クリスティは刺繍のコンクールで優秀な成績だったようだな。家の誇りだぞ」
「「はい」」
アランお兄様と妹クリスティが褒められています。
わたしミレーナも先日の定期考査では結構いい成績だったのですけれども。
いえいえ、賛辞を欲張ってはいけませんね。
叱られないだけマシです。
何故わたしの扱いが悪いかですか?
わたしはお兄様や妹のように見目がよくありませんし、性格が地味だからではないですかねえ?
昔は拾いっ子あるいはもらいっ子なのではないかと思ったこともあったのです。
あるいはわたしだけ父が違うとか。
でも冷静に考えれば、そんなことはあり得ないです。
何故ならお父様は『ランドル男爵家の恥晒しめが』という言葉をよく使いますから。
つまりわたしをランドル男爵家の一員と認めてくださっているからですよね?
『ランドル男爵家の恥晒しめが』と罵られると安心する自分がいます。
それにケチなお父様がわざわざお金をかけて、拾いっ子やもらいっ子を貴族学校に通わせるはずがありませんもの。
『娘でさえなければ学校などに通わせぬものを』と、恨めしげに言われた時は嬉しかったです。
やっぱりわたしはランドル男爵家の子。
それに扱いが悪いのは家でだけではないのですね。
貴族学校でもです。
上履きや教科書を隠されるなんてしょっちゅう。
机を汚されたり転ばされたりすることもあります。
嫌がらせされる星の下に生まれついたのですかねえ?
一つの解答を得たのは、図書室である本を読んだ時でした。
人間は自分より下の者を作っておくことによって精神的安定を得る、という説が載っていたのです。
ああ、と得心いたしました。
わたしは皆から下の者と思われているんですね。
なるほど、道理で。
わたしが怒鳴られたり蔑まれたりすることは、意味がなくはないんだ。
それで心の平穏を保てる人がいるのだから。
謎が解けると気持ちがいいです。
世の中に奉仕しているくらいの気持ちになりますね。
わたしは貴族の底辺でいい。
神様はわたしにそういう役割をお与えになったんだ。
御飯をいただけるだけで十分、慎ましく生きていけばいい。
そう思っておりました……。
◇
「君には神に授かった役割があるんだ」
「は、はあ……」
街中で『ミレーナ・ランドル男爵令嬢だな?』と名を確認され、はいと答えるといきなり麻袋に詰め込まれ拉致されたのです。
ビックリの早業でした。
声も出せなかったので、周りで気付いた者もいなかったのでは?
ガタゴトと馬車で運ばれ、到着したここはどこでしょう?
売り飛ばされるのでしたら王都外かと思いましたら、何やら立派な建物のようです。
「……わたしは売り飛ばされるためにさらわれたのではないのですか?」
「は? 売り飛ばす? 何をバカな!」
ですよね。
いかにわたしに従者がいなくて誘拐しやすいとはいえ、どうせならもっと見栄えのいい子を選びますよね。
はあ、わたしは売り飛ばす価値さえないのですか。
何だかガッカリです。
「もう一度言う。君には神に授かった役割があるんだ」
知ってます。
他人より下のポジションであることですよね。
理解して細々と生きておりますれば……。
あれ?
目の前の凛々しい令息は……。
「……失礼を承知で伺います。もしかしてヴィンセント第三王子殿下でいらっしゃる?」
「いかにも」
「し、知らぬこととは申せ、御無礼を……」
慌てて平伏します。
ということは、ここは王宮?
立派な建物のはずです。
「ああ、よい。僕も説明を急ぎ過ぎたようだ。ミレーナ嬢の理解できないことがあったら教えよう」
説明?
い、いや、何から何までわからないのですけれども。
「ど、どうしてわたしは王宮に連れてこられたのでしょうか?」
「危急の状況と判断されたからだ」
「危急の状況?」
心当たりがありません。
思わず首をかしげます。
「ふむ、ミレーナ嬢のメンタルは強いようだな。いや、急ぐ必要は僕の側にもあるのだった」
「わかりません」
サッパリ何が何だか。
神様に授かった役割に関係がある?
底辺人生といっても貴族ですから。
わたしはそれなりにエンジョイしていますよ。
「どこから話したものか。貴族学校の立地には問題があってな」
「はあ」
貴族学校の立地がわたしの拉致に関係するんですか?
話の行方が見えてきませんね。
わたしも自分がバカではないと思っているのですが。
「瘴気を集めやすいんだ」
「えっ?」
瘴気とは悪い気のことです。
瘴気が溜るとゴーストが発生したり病気になったりします。
貴族学校にそんな問題点があるなんて。
「『貴族学校の七不思議』と呼ばれる伝承があるだろう? あれは単なる噂話ではなくて、瘴気が引き起こした現実なんだ」
「全く存じませんでした」
トイレのフラワーガールや血の滴る十三階段、夜中に奏でられる楽器が本当のことだったとは。
瘴気の起こした現象だとすると納得ではあります。
が、瘴気の溜ること自体が大問題なのでは?
ヴィンセント殿下が軽く手を振ります。
「いや、全て過去のことだ。現在は宮廷魔道士の指揮下で貴族学校の瘴気は取り除かれているからな」
「安心いたしました」
「と、思われていたのだ」
「はい?」
そこで逆接が来ると不穏なのですけれども。
「ここ四年ほど瘴気除去装置に瘴気が溜らないのだ。他に瘴気が霧散する原因でもあるのかと調べさせていたのだが、最近ようやく理由が判明してな」
「はい」
「ミレーナ嬢なのだ」
「は?」
わたし、とは?
話が繋がってきたかと思いきや、雲を掴むような。
「要するにミレーナ嬢が瘴気を吸い取って浄化しているのだ」
「……殿下の仰る、神様に授かったわたしの役割と言うのが……」
「おそらくはいるだけで瘴気を除けるという、神の加護の類だと思われる」
神様がわたしに命じたのは、底辺にいろということではなかったみたい。
思わず苦笑いです。
「しかしその加護は、言うなれば瘴気を集める体質だろう? 人は本能的に瘴気を嫌うから、ミレーナ嬢はこれまで他人によく思われていなかった」
「あ……」
だからわたしは他人に不満をぶつけられることが多いのですか。
ヴィンセント殿下が仰るからには、この説が正しいのでしょう。
殿下はわたしのことをかなり調べていらっしゃるみたいですね?
「ミレーナ嬢は貴重な存在なのだ。研究することでもっと効率のいい瘴気除去装置を開発できるかもしれんし、瘴気そのものの発生を抑えることができる可能性もあるそうでな」
「自分にそんな価値があるとは。恐れ多いです」
「何が恐れ多いものか。一方でミレーナ嬢の加護はわからないこともたくさんある。瘴気を浄化でなくて溜め込むだけならば、容量に限界があるのではと思われる。また周囲からの悪意に晒されてミレーナ嬢の精神がまいってしまっては、これまた非常によろしくない」
「危急の状況とは、そういうことでございましたか」
「うむ。宮廷魔道士達に調べさせてもよいだろうか?」
「もちろん協力させていただきます」
わたしはちゃんと役に立っていたのですね。
目の前が晴れるような心地です。
知らせてくださったヴィンセント殿下には感謝しかありません。
「あーここからは提案なのだが」
「はい、何でございましょう?」
「提案に過ぎぬから、もちろん断わってもらっても構わない」
「わかりました」
「ミレーナ嬢、僕の婚約者になってもらえないだろうか?」
「えっ?」
どうして?
わたしは男爵家の娘に過ぎないのですが。
殿下と全く身分の釣り合わないわたしの持つ、価値のあるものと言えば……。
「……つまりはわたしの瘴気浄化の加護が、王家で確保しておかねばならぬほど重要ということでしょうか?」
「無論、そうした意味合いもある」
「でしたら全面的に国に奉仕するよう、お申しつけくださればよろしいのですが。殿下の婚約者なんて、身分違いで申し訳ないです」
「ああ、言い方が悪かったな」
頭をかくヴィンセント殿下。
「僕は最近ずっとミレーナ嬢に注目していてね。王家の影を君につけて報告させてもいた」
「えっ?」
影というと、警護や諜報活動を司る王家の直属機関?
いえ、わたしの持つ加護を調査させるためなら当然ですか。
全然気付きませんでした。
「僕は将来公爵になることが決まっている。だからうるさい令嬢方につきまとわれることも多くてね。まあ令嬢方も早く婚約者を決めたいと焦っていることはわかる。まず僕が婚約者を決めねば、彼女達も先に進めないという差し迫った理由があるんだ」
「しかし殿下とわたしでは、家格差が問題になるでしょう? 周辺各位の賛成を得られないのでは?」
「家格差は問題ない。クィンゴレッジ公爵家を知っているかな?」
「はい、存じております」
確か陛下の叔父君の家ですね。
子がおられないと聞いております。
「ミレーナ嬢がクィンゴレッジ公爵家の養女として入る。そして僕と結婚し、僕がクィンゴレッジ公爵家を継ぐ格好になる」
あっ、なるほどですね。
本来は殿下が養子として入るはずだったのでしょうが、養女の婿という形も取り得るということのようです。
「既に大叔父上には内々に話してあるんだ」
「さようでしたか」
「加護は神に愛されるものが得るという。ミレーナ嬢は神の愛し子でありながら健気にも堪え続ける日々ではないか。いじらしくてなあ」
「でも……大したことではないのです」
「事情を知っている宮廷魔道士の中で、ミレーナ嬢は大人気なのだぞ? 可愛くて辛抱の利く真の淑女だと」
「は、恥ずかしいです」
可愛い淑女だなんて。
初めて言われたんじゃないでしょうか?
「それから……これも伝えておくべきだな。先ほどのミレーナ嬢の加護が重要という話に通ずるのだが」
「はい」
「もし瘴気を素で浄化できるなどということが他所に漏れると、おそらくミレーナ嬢の身は各方面から狙われる」
「えっ?」
「瘴気がネックで開発できない地区などたくさんあるからな。詳しい加護の内容は精査させないとわからんが、場合によっては世界の勢力図を変えかねない。欲しがる国が多いというのは想像できると思う」
こ、怖いですね。
「かなり危険なのだ。だからミレーナ嬢には自殺を装ってもらう」
「自殺、ですか」
「うむ、ここまでは決定事項だと思ってもらいたい」
今までのわたしの普段の生活から、何らかの加護持ちと感じる人はいるかもしれないということのようです。
事実ヴィンセント殿下や宮廷魔道士がそうですし。
だから自殺したことにして匿われると。
……わたしの家庭環境や就学環境は、自殺してもおかしくないくらいひどいと思われているようです。
平気なのですけれどね。
「自殺を装うということに異論はありませんが、大丈夫なのでしょうか? その、辻褄とか周りの詮索とか」
「問題ない。貴族学校は王立だからな。不祥事は王家が揉み消すので余計なこと言うなと伝えておけばいい。誰のどんな行為がミレーナ嬢の自殺に繋がったかなんて、生徒達は穿られたくないに決まってる。また責任を追及されかねない教師にとっても好都合だ。まず間違いなく全員が口を噤む」
「なるほどの策ですね」
「だろう? ランドル男爵家も身内から自殺者を出したなんて知れると、結構なスキャンダルだ。学校はこう処理するから、お前らも娘は病気で領に戻したとかにしておけと言っておけばいい」
本当にどうにかなりそうですね。
殿下はさすがです。
「ミレーナ嬢が僕の婚約者になってくれるなら、素性を隠したままクィンゴレッジ公爵家の養女だとしておけばいい。また魔道研究所の研究協力者として登録するから、当面は研究所住みになる」
「よく考えていただけて嬉しいです。感謝に堪えません」
「で、どうだろう?」
「はい、殿下に異存がなければ、わたしを婚約者にしてください」
「やった!」
ヴィンセント殿下に抱きしめられます。
誰かに必要とされるって、温かいんですね。
初めて知りました。
「手元に置いておきたい、愛着のあるものとかはあるか?」
「いえ、特には」
「ではすぐにでも偽自殺作戦を決行する。なあに、貴族学校の卒業証書はせしめておくからな」
◇
――――――――――数ヶ月後。
わたしは名を変え、シンシア・クィンゴレッジと名乗るようになりました。
義父となる公爵様に挨拶すると大変歓迎され、こっちが恐縮してしまうくらいでした。
状況が少し落ち着くまで、もっとも安全と思われる魔道研究所住みです。
現在わたしは魔道研究所で開発された、外見の印象が変わる魔道具の髪飾りを着けています。
ですので宮廷魔道士以外にわたしだと見抜かれたことはありません。
ヴィンセント様もしょっちゅうおいでになります。
魔道に造詣が深い方ですものね。
「つまりシンシアの加護は、瘴気を失わせる触媒のようなものだとわかった。シンシアの身体には何の影響もない」
「よかったです」
「うむ、実にな。おまけにやたらと有用だ。どこまで魔道技術で再現できるか」
研究が進むと、瘴気除去技術に革新をもたらすのではないかとのこと。
わたしも頑張って協力しないといけませんね。
それにしても宮廷魔道士の皆さんはとても親切なのです。
「宮廷魔道士はシンシアが加護持ちだと知っているものな。また周囲が瘴気に汚染されていなければ、シンシアの加護も瘴気を集めないようだ。いたって普通で嫌な感じは全くしない」
「そうなのですか。自分ではわからないことです」
あれ?
貴族学校が瘴気を集めることは教えていただきましたが、わたしは貴族学校の入学前、家でも出来損ない扱いでしたよ?
「シンシアの実家を調べさせたところ、家族はケンカばかりだわ使用人は体調を崩して辞めるわ、おかしなことになっているぞ?」
「えっ?」
「王都のランドル男爵家邸は幽霊屋敷として特価で売られていたものを、当代が買ったそうだな」
「はい、父がいい場所だと。幽霊屋敷というのは知りませんでしたが」
つまりわたしの住んでいた家も瘴気の多い家だった?
わたしが無意識に浄化していたから住めていた?
節約家の父の行いからとんでもないことに!
「ランドル男爵家のことは忘れろ。シンシアの価値をまるで理解せず利益だけを享受し、代わりに責めたてたやつらだ。おまけに娘が自殺したと聞いても何のアクションも起こさなかった。罰を受けるに値する」
「……はい」
「君には僕がいる」
ヴィンセント様にハグされます。
本当に温かい。
心まで温かくなって、自然と涙がこぼれます。
「泣かなくてもいい。魔道士仲間にはシンシアの味方は多い」
「ありがたいことです」
「家族やクラスメートに虐げられてきたのだろう? 心の傷を癒すがいい」
えっ?
心の傷なんて特にないのですけれど。
「せっかく生まれ変わったのです。社交にも勤しみたいです」
「社交? ムリせずともよいのだぞ? 趣味人の大叔父上は社交に熱心ではないし、魔道畑の僕も秘密が多い方だしな」
「だからこそわたしが社交に精を出すべきではありませんか。わたしの素顔を見ると気分を害する方がいらっしゃる方もしれません。でもこの魔道具の髪飾りを着ければ、わたしではないみたいに見えますし」
「シンシアは……強いな」
強い、のとは少し違うのかもしれません。
「わたしはひっそり生きていこうと思っていたんです。でもヴィンセント様のおかげで堂々とできます。もっといろんなことをしてみたいです」
「うむ、よくわかった。シンシアは思ったより図太いということが」
あら嫌だ。
ヴィンセント様ったら。
「安心した。惚れ直した」
「ヴィンセント様……」
ヴィンセント様の目が優しいです。
底辺で十分でした。
幸せなんて考えたことがなかったけれど。
ヴィンセント様のためにも楽しくあらねばと思うのです。
希望と意欲を胸に灯しましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
どう思われたか下の★~★★★★★で評価してもらえると、励みにも勉強にもなります。
よろしくお願いいたします。




