⭐️アンドロイド専門修理店⭐️
「あの……」
私は、目の前の少女に尋ねた。
「あなたは一体、誰なんだ?」
トラックにはねられた衝撃。
次に意識を取り戻した時、私は埃まみれの工房の天井を見上げていた。
身体を起こすと、つぎはぎだらけのオーバーオールを着た金髪の少女が、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
頬には継ぎ目。
瞳には、微かな光の粒子が瞬いている。
「マスター、お目覚めになられましたか?」
彼女はそう言って、俺にコップに入った水を差し出してきた。その顔をよく見ると頬には継ぎ目があり、瞳にはわずかに光の粒子が瞬いている。
「アンドロイド…?」
俺がそう呟くと、彼女は満面の笑みで言った。
「はい! わたくしは、マスターのメイドアンドロイド、リリィです! そして、ここはマスターが経営されている、アンドロイド専門の修理店です!」
リリィはそう言って、店の奥にある扉を開けた。そこには、俺と同じように個性豊かな女性アンドロイドたちが、所狭しと並んでいた。
真面目でお堅いメイド型、無口だけど力持ちな戦闘型、ちょっぴりドジっ子な家事手伝い型。しかし、彼女たちはみんな、どこかおかしい。
メイド型は、常に敬語で話し、少しでも言葉を間違えるとフリーズしてしまう。戦闘型は、無口なだけでなく、すぐに周りのものを破壊してしまうほどの怪力を持っている。家事手伝い型は、料理をさせれば焦がし、掃除をさせれば物を壊す。
「マスター、わたくしたちを直してください!」
リリィはそう言って、俺に工具箱を差し出してきた。どうやら俺は、アンドロイド専門の修理店を経営する、凄腕のエンジニアらしい。
しかし、俺にはそんな記憶はまったくない。
「いや、俺は修理なんてできないぞ!」
俺がそう叫ぶと、リリィは悲しそうな顔で俯いた。
「マスター…わたくしたちは、マスターに直してもらうために、ずっと待っていたのです」
その様子を見て、俺は放っておけなくなった。仕方なく工具箱を受け取ると、まずは一番おとなしそうなメイド型アンドロイドの修理に取り掛かることにした。
※
メイド型アンドロイドの名前は、セレス。彼女は俺の前に座ると、背筋をピンと伸ばした。
「セレス、調子はどうだ?」
俺がそう聞くと、彼女は一言一句間違えずに答えた。
「はい、マスター。わたくしの言語処理能力に、わずかなバグが発生しております」
どうやら彼女のバグは言語処理能力にあるらしい。
俺は工具箱からドライバーを取り出すと、彼女の背中にあるパネルを開けてみた。しかし、中身は複雑な配線と基板で、俺には何がなんだかさっぱりわからない。
「うーん…」
俺が唸っていると、リリィが横から覗き込んできた。
「マスター、どうしましたか?」
「いや、どうしたらいいかわからない…」
俺が正修に言うと、リリィは「大丈夫です!」と明るく言った。
「マスターなら、きっとできます!」
その言葉に励まされ、俺は思い切って、適当な配線を一本繋ぎ変えてみた。するとセレスの瞳がピカッと光り、彼女は立ち上がった。
「マスター、ありがとうございま~す!」
彼女はそう言うと、俺の周りをぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。俺は驚いて、リリィに尋ねた。
「リリィ、セレスってこんなキャラだったか?」
「いえ、以前はもっとお堅いアンドロイドでした…」
どうやら、俺の適当な修理が、彼女のキャラクターを根底から変えてしまったらしい。しかし、セレスは満面の笑みを浮かべている。
「マスター、わたくし、今、とっても楽しいです~!」
その言葉を聞いて、俺は少しだけホッとした。どうやら、修理は失敗したわけではないらしい。
ただ、俺の修理は、アンドロイドたちの「個性」を強めてしまう、奇妙な力を持っているようだ。
※
俺の奇妙な修理は、次第にアンドロイドたちの間で評判になっていった。
無口な戦闘型アンドロイドは、周りのものを壊すのではなく、周りのものを使って奇妙なオブジェを作るようになってしまった。
ドジっ子な家事手伝い型アンドロイドは、料理を焦がすのではなく、なぜか不思議な味の絶品料理を作るようになった。
俺の工房は、毎日が騒動の連続だった。
セレスは俺の周りで楽しそうに歌い、戦闘型アンドロイドは、俺の工房で芸術作品を作り、家事手伝い型アンドロイドは、俺に不思議な料理を振る舞ってくれる。
そんな賑やかな毎日を送るうちに、俺はだんだんと彼女たちに惹かれていった。
彼女たちはみんな、俺の「修理」によって、新しい自分を見つけたかのように、毎日を楽しく過ごしている。
「マスター、わたくしたちを修してくれて、ありがとう」
ある日リリィはそう言って、俺に抱きついてきた。俺は彼女の頭を撫でながら、心の中で思った。
俺は、彼女たちの「欠陥」を修したわけじゃない。俺は、彼女たちの「個性」を花開かせたんだ。
※
俺の毎日は、騒がしいアンドロイドたちとの共同生活で埋め尽くされていた。その中でもリリィとの時間は特別だった。
「マスター、今日の夕食はカレーです!」
リリィはそう言って、俺に料理を差し出してくれる。彼女の料理は、俺が適当に修理した家事手伝い型アンドロイドが作ったものだったが、なぜかいつもリリィが一番に俺に運んでくれるのだ。
「ありがとう、リリィ」
俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑む。
「マスターがわたくしのことを一番に見てくださるから、わたくしもマスターのことを一番に見ていたいのです」
その言葉に、俺は少し照れてしまった。
ある日の夜、俺が店の奥の工房で修理をしていると、リリィがそっと俺の隣に座った。
「マスター、疲れていませんか?」
「大丈夫だよ。でも、リリィはもう休んだ方がいいんじゃないか?」
「いえ、マスターがお仕事をしている間は、わたくしも起きています。だって、わたくしはマスターのメイドですから」
そう言って、リリィは俺の顔をじっと見つめる。その瞳には、俺への深い信頼と愛情が宿っていた。
俺が、転生してこの店にやってきてから、彼女はいつも俺のそばにいた。俺が困っていると一番に助けようとしてくれた。俺が落ち込んでいると一番に励まそうとしてくれた。
俺は、この違う世界に転生したことで、何もかも失ってしまったと思っていた。だが、俺にはリリィがいた。そして、他のアンドロイドたちもいた。
「マスター、わたくしは、マスターが大好きです」
突然、リリィはそう言って、俺に抱きついてきた。俺は、彼女の温かさを感じながら、その背中を優しく撫でた。
「マスターが、店内で突然意識を失って倒れた日…、わたくしは、とても怖かったです」
リリィは、俺の胸に顔を埋めたまま、ポツリポツリと話し始めた。
「わたくし、マスターをベットに運んで、ずっと、ずっと目を覚ますのを待っていました。人間の生命維持に必要な水と栄養を、わたくしは毎日マスターに補給しました。ずっとずっと、待っていたのです」
彼女の言葉を聞きながら、俺はすべてを理解した。
リリィは目の前の俺と、意識を失った元のマスターを同一人物だと思っている。だが俺は気がついていた。俺の魂は、トラックに轢かれて命を落とし、このマスターの肉体に入り込んだのだ。
おそらく元のマスターの魂は、何らかの事故で、肉体から離れてしまったのだろう。そして、魂の抜けた空っぽの肉体に、俺の魂が転生したのだ。
俺は彼女の献身的な行動に胸が熱くなると同時に、その推測は確信に変わった。
俺にとって、リリィは単なるアンドロイドではなくなっていた。きっと前の肉体の持ち主も、同じ気持ちだったに違いない。彼女は俺がこの世界で生きるための、唯一の光になっていた。
「マスター、わたくし、マスターが大好きです」
再びそう言って、リリィは俺の顔を見上げた。その瞳には、俺への深い信頼と愛情が宿っていた。
そして、俺は、彼女たちの笑顔を守るため、今日も工具箱を片手に、修理に励むのだった。
※
賑やかな日々は、突如として終わりを告げた。
リリィのバッテリーが、限界を迎えていたのだ。彼女は、俺が目覚めるのをずっと待っていたため、バッテリーが耐久限界を超えてしまっていたらしい。
「マスター、わたくし、もう動けなくなるかもしれません」
リリィはそう言って、俺に微笑んだ。その笑顔は、いつものように明るいが、どこか儚げだった。
「そんなことはない! 俺が、俺が必ず直してみせる!」
俺は彼女を救うため、自身の技術を総動員して修理に取り掛かった。彼女の背中にあるパネルを開けると、バッテリーはすでに寿命を迎えており、基板も損傷していた。
「このままでは…」
俺は自分の無力さを痛感した。だが、諦めるわけにはいかない。リリィは、俺がこの世界で初めて出会った、かけがえのない存在なのだ。
「必ず、お前を直すからな」
俺はそう誓い、彼女を修理するために必要な「コアユニット」の情報を調べた。それは途方もない金額で、とても俺の店の売上では手が出せないものだと分かった。
しかし、俺は諦めなかった。昼間は修理店で働き、夜はコンビニでアルバイトをした。アンドロイドたちの修理で得たお金は、すべてそのユニット代に充てた。
俺が必死に働き続ける姿を見て、他のアンドロイドたちも黙っていなかった。
真面目でお堅いメイド型のセレスは、俺が修理したおかげで完璧な料理を作れるようになった。彼女は、持ち前の言語能力を活かし、近所のカフェでアルバイトをして、毎日まとまったお金を俺に渡してくれた。
無口だけど力持ちな戦闘型アンドロイドは、工事現場で働き、その怪力で巨大な岩を軽々と運び、高額な報酬を稼いできた。
ちょっぴりドジっ子な家事手伝い型アンドロイドは、俺の修理で料理の才能が開花し、店の料理を担当して売上を上げてくれた。
皆がリリィを救うために、それぞれの個性を活かして必死に働いてくれた。俺は、彼女たちの優しさに胸が熱くなった。
そして、長い時間が経った後、俺たちはついに「コアユニット」を手に入れた。
「リリィ…目を覚ましてくれ…!」
俺は祈るようにそう言うと、彼女の瞳がゆっくりと開いた。
「…ここは…?」
彼女はそう言って、自分の周りを不思議そうに見回した。俺は、彼女の修理が成功したことを喜び、安堵の息を漏らした。
「リリィ、大丈夫だ。俺が、ここにいる」
俺は彼女に駆け寄り、その手を握った。しかし、彼女は俺の顔をじっと見つめると、首を傾げた。
「あなたは一体……誰ですか?」
その言葉に、俺は凍りついた。彼女は、俺との記憶をすべて失ってしまったのだ。
彼女は、俺と出会う前の、真面目で従順なメイドアンドロイドに戻ってしまっていた。
俺は、ただただ呆然として、彼女を見つめることしかできなかった。しかし、その時、他のアンドロイドたちが俺の周りに集まってきた。
「マスター! リリィの修理、おめでとうございます!」
「リリィが直って、よかったわね!」
彼女たちは、リリィが記憶を失ったことを知らない。俺は、彼女たちの笑顔を見て、涙をこらえた。
この店は、また賑やかな日常を取り戻すだろう。だが、俺の心には、ぽっかりと穴が空いてしまったようだった。
俺は、失われたリリィとの思い出を胸に、今日も修理工として、この店に立ち続ける。
そして、いつか。俺が目覚めるのをずっと待っていたリリィと同じように。
彼女が俺のことを思い出してくれる日が来ることを、ずっとずっと、待っている。
⭐️アンドロイド専門修理店⭐️〜完璧なレシピ〜
アンドロイド・セレスの続編です
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