迷子になるとは一生の不覚
突然だが、今私が滞在しているフランベルジュ家の屋敷はとてつもなく広い。正直こんな広さ持て余すだろう……という貧乏性な考えがどうしても浮かんでしまうが、貴族なんて舐められてはいけない商売をやっている以上こういうところで余裕を見せないといけないのだろう。
……なにが言いたいのかというと、私は今絶賛迷子中なのである。お偉いさんの屋敷の凄さを舐め腐った庶民がだだっ広い廊下にただ一人佇んでいる。
「無駄に……広いっ…………!うちの高校ぐらいあるんじゃないすか?これ」
とりあえず適当に歩いておけばなんとかなるだろうと考えた私が迂闊だった。百貨店で迷子になったことがない私のプライド的にとても辛い。
荷物も重いし、そろそろ目的地に辿り着きたいところ…………
「………………ん?」
壁づたいに歩いていると、下の階へと続く階段を見つけた。この階では初めて見たが、ここは今一階なので地下があるということになる。
「せっかくだし行ってみるっすか」
荷物があるなか余計な登り降りは辛いのだが、好奇心が勝ってしまった。
若干冷える地下空間を進んでいると辿り着いたのは、土嚢袋のような物が積まれた大きな部屋。
「なんすかねこれ……昔はこんな感じで、倉庫に石灰を保管してたもんっすけど…………これは、小麦粉?」
「そこで何をしている!」
「わぴゃあ!?……あっ、やばっ!」
決してやましいことはないものの、突然の声に驚いた拍子に手に持っていた荷物を投げ飛ばしてしまった。幸いダイビングキャッチで受け止め無事だったが、まったく心臓に悪いアクシデントだ。
「…………ふう、危ないところだった」
「本当に何をしているんだ…………って、お嬢様!?」
「え、ええ。あなたは……料理人?」
「ああそうか、覚えてらっしゃらないんでしたね。それであっていますよ。私は備蓄の小麦粉をとりにきたのですが、お嬢様はなんのご用で?」
目の前の男の格好から料理人だと推測したが、合っていたらしい。これは都合がいい、こうなったら彼を頼ろう。
「実は厨房に用があって屋敷を探していたのだけど、どこにあるのかを忘れてしまって……丁度いいわ、あなたが案内してくださる?」
「もちろんでございます。でしたらそちらの荷物もお任せください」
「よろしく頼むわ。食材だから慎重にね」
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「厨房だけでも広いのね……」
「お嬢様方だけでなく、屋敷の使用人たちのまかないなんかも用意しなければいけませんから当然スペースが必要です。ところで、こちらで何を?またお菓子作りですか?」
シャルさんにお菓子作りの趣味があったのか……でも確かに、珈琲好きなのだからお菓子にも関心があるのは自然か。それでも自ら作っていたのは意外だ。使用人の仕事を盗ってないか?
「当たらずとも遠からずというか……王都土産に輸入品の面白い食材を用意してきましたので、これでお茶菓子を作ってもらえないかと思い訪ねに来たのですわ」
「その瓶詰めの豆がそうですか。私は初めて見ますが、どうやって食べる物なんでしょうか?」
「砂糖で甘く煮るものなのですが……これで出来たペーストをさらに生地で包んだりと、その用途は様々だそうですわ。レシピは一応いただいてきているので、これで出来る限りやってみてほしいのです」
そういって瓶に豆と一緒に入れていたメモを渡す。確かあんこそのものの作り方と二重……じゃない、大判焼きの作り方を載せたと言っていたはず。
「なるほど……見たところ、この作り方では型が必要そうですね。当然ここにはありませんが…………いいでしょう、なんとかあるもので作ってみます」
「できそうですのね!お願いしますわ!」
「もちろんでございます!ただなにぶん初めての食材ですので、満足いく出来になるまでしばらくかかると思います。その点はご容赦ください」
「わかりましたわ!」
後半は少しばかり興奮を押さえきれなくなっていたが、なんとかお土産をみんなに振る舞う算段がつけられそうだ。
…………完全に、調理は丸投げしているが。




