実家に帰らせていただきます
「レオンはなんと言っていましたか?」
「詳しい話はわからんらしいが、なんかでかい事件の前兆かもというようなことは言っていたぞ。ヴィルジニーのことも心当たりがないそうだ」
「拷問とかしてませんよね?」
「んなもん今時やらねぇよ……そもそも、レオン相手じゃ多分意味ないな」
「そういうものですか」
テオドールの証言からそれぞれの方法で情報を集めていた先生と私は、先生からの呼び出しを受けて昼食を共にしていた。年若い女とたいして若くもない男が資料室に二人きり、何かが起きる……わけでもなく報告会を行っている。
「それでなシャルロット、お前らもうちょっとすりゃあ長期休暇だろ」
「細々と授業と休日を繰り返した上で長めの休みに入るのでしたわね」
「成績業務との兼ね合いでな……でだ、その休みで、一旦実家の方に帰ってもらいたい」
「ふへぇ?」
実家というと、こちら側で目覚めてから復学以来のフランベルジュ家か。まだまだ地理に疎いとはいえ、そうそう通えるような距離ではないと聞いていたから帰省の予定は立てていなかったのだが……
まさか両親ではなく、先生の方から要求されるとは。
「確かに帰省には丁度良い時期だとは思いますが……理由をお聞かせいただいても?」
「別に大層な理由でもないんだがな。公爵様の心配が頂点に達する前に顔を出してやれって話だ」
「そんな柄なのでしょうか?あのお父様は」
「記憶がないからって酷い言い様だよなそれ。親バカって感じでもないが、わりと家族愛はある方だと思うぞ。まぁ公爵家の体裁を気にする面も強いわけだが。お前の事件に関しても憲兵にめちゃくちゃ圧力かけて捜査させているし」
「なにをやっているのですかあの人は…………」
私がついた嘘とはいえ、記憶喪失の娘をそのまま復学させたくだりで心証はマイナススタートだったが、どうも本当にサポートの手厚さでカバーするつもりだったらしい。
今は中身が別人とはいえシャルロットさんの方の身内に心配をかけるのは嫌なので帰省自体はすべきと私も思う。なりすましがバレないかという不安は身内が相手では学園以上につきまとうが。
「……わかりましたわ。とりあえず向こうに手紙でも出して、段取りを決めておきます」
「そうしろそうしろ。ああ、護衛のこともあるから日程とかの報告は頼むな。警護対象である以上あんま遠出してほしくないのも本心だが、まぁそっちはなんとかするから」
こういう外出の自由度の低さや面倒さはやはりやんごとなき身分だなと感じられる。もっとも、別に生前も遠出する機会なんてほとんどなかったが。県外に出たのなんて修学旅行ぐらいだし、それ以外ではせいぜい部活の試合のためにちょっと電車移動をしたくらい。友達皆と違って帰省がどうとかという話にもなったことがないし、自称女神と違って旅行に縁がなかった。
……そういえば大昔一度だけ、お父さんに連れられて新幹線で旅行した覚えがある。あの時は何が目的の旅だったんだっけ?お墓参りをしたような記憶もあるが…………当時は私もかなり小さかったし、誰の墓だったかも覚えていない。なんだったんだろうあれ。
「……ロット?おーい、シャルロットー」
「はへ?」
しまった、ついモノローグに浸りすぎた。
「急に上の空になりやがって……聞いてなさそうだから改めて言うが、領地に戻ったら向こうでのこと、手紙でも良いから報告してほしい。犯人連中の手が及んでいないとも限らんしな」
「まぁ確かに」
私を狙うとなれば実家……公爵家の方にアプローチするというのはありそうな話ではあるかもしれない。セキュリティは固そうだけれども。
「(…………本当はこっちが本命なんだがな。レオンの意図が俺にも読めない中では賭けになるが……)」
そうなると、途端に忙しくなってくるだろうな。実家の領地についてシャルロットさんに聞いておく必要がありそうだし、身支度とかも……
「あっ、そうだ」
「?急にどうしたよシャルロット」
「ふと思ったことがありまして。やはり、里帰りとなればお土産が必要ですわよね」
「…………別に必要ないとは思うが」
「いやこういう機会であれば、お土産という体で美味しいものを食べられるではありませんか」
「そんな食い意地の張ったキャラだったかお前」
自分でそういう経験はないが、友達がそんなような話をしていたことがあった。私の身の回りには遠くに親類のいる人も多かったし、よくそのおこぼれのお土産に与ったものだ。
「せっかくなのでお土産を探しに王都に出てみようと思いますわ。記憶喪失になって以降出歩いていませんし」
「あんまり気乗りしないが……禁じる権限もないしな。護衛の算段つけるから、ちゃんと事前に外出届出せよ」
「わかりましたわ………………
え外出って届出がいるのですか!?」
「おい知らなかったのかよ」




