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閑話:ハチスカナギサという方

「……ふぅ、ほんの少しでも手がかりが増えそうでよかったですねぇ」


 そう呟きながら受話器を置く女神様。受話器という語彙が自然に出てくるようになったことに感慨深さを感じながら、手元のサイフォンに目を向け直す。


 わたくし……シャルロット・ド・フランベルジュのこちらでの暮らし、ハチスカさん風に言えばゴースト生活もかなりの日数が経ち、身の回りの未知の品々や文化にも少しずつ馴染んできました。最近はもっぱら、女神様のお仕事や調べ物の手伝いか、二人でお茶をするときのコーヒーを淹れています。サイフォン式の扱いも手慣れてきました。


「あら、そろそろ出来上がりそうですか。ではおやつも出しちゃいましょう。今日はですねぇ、なんと出張の帰りに広島駅で買ったクリームパンがおでましです!」

「随分と賑やかな前置きですが、そんなにすごいものなのですか?」

「人気店ですからねぇ。美味しさは保証します」


 女神様の分のコーヒーを差し出し、椅子に腰かける。実家にいた時とは違い、自分が淹れたものを飲む他者が存在するのでこの瞬間はいまだに緊張します。気にしすぎなのだろうとは思いますが……。


「そういえば、先程の話では結局、なぜハチスカさんのみ幽霊の姿まで視認することができたのかはわかりませんでしたわね」

「ああ、元々死に際に感覚が冴えると見えちゃうことがよくあるんですよ。魔力で満ちていて体内にも魔力が蓄えられているあちら側ですと特にそれが顕著で。その上で一応死人の蜂須賀さんならば……余裕で見えるでしょうねぇ」

「…………なるほど」


 一応、死人。今はわたくしの身体の中で生きているが故の表現なのでしょうが、それでも彼女がわたくしと違い既に故人であるという事実を嫌でも認識させられます。


 成りすますためにわたくしについての多くの知識を蓄えたハチスカさんと違い、わたくしは彼女についての情報をほとんど知りません。もっとも、彼女自身も肝心な部分の記憶を失っている……そう女神様は仰っていましたが。


「女神様から見て、ハチスカさんはどのような方ですか?」

「え?そうですねぇ、遊びがいのあるおも…………じゃなくて、真面目でも不真面目な会話でもとことん付き合ってくれる愉快な方、でしょうか」

「今おもちゃと言いかけましたわね?……確かに、お二人の会話の応酬は聞いていて気持ちが良いのはわかりますが」

「後は…………妙に思いきりが良いところがありますねぇ。三年も幽霊として社会から隔絶されていたのでわからなくはないですが、普通の人間はこんな状況下でアグレッシブに行動できないと思いますよ」

「女神様の視点でもそうならかなりのものですわね……」


 20歳を自称することもありましたが、享年を思えばわたくしと同い年。達観したような口調で喋ることも多いですが、どこかで幼さも感じる彼女の無茶には危機感もあります。


「…………ただ、あなたという要素がなければ、あの()()を引き出すことは出来なかったのでしょうね。他者という枷がなければ自分のために頑張れない……まさか仮説通りだとは」

「?それはどういう…………あら?」


 質問しようとしかけたところで、部屋中に着信音が鳴り響きました。これはまたハチスカさんからでしょうか?


「ちょっと出てきますね。…………はいもしもし天国の女神で…………はい。……はい?えちょっそれどうにかならない…………え?内規に書いてある?あー…………わっかりました、後で差し戻しますので……はい、はいどうもすみません…………それでは失礼いたします……」


 女神様が物凄く下手に出ている……なにか問題でもあったのでしょうか。あの態度を見る限り、女神様の本来の仕事関係のなにか?


「ど、どうなさったのですか女神様」

「いやー実はですねぇ、以前私出張があったじゃないですか」


 そういえばしばらく留守にしていた時期がありましたわね。オカザキなる場所に用があると。


「その時の交通費を経費で落とそうとしたんですよ。そしたら、“本来天国を経由すれば一発で行けるのに公共交通を使うのは無駄でしかない”と怒られまして」

「なにをなさっているのですか女神様……」

「薄々駄目な気はしてたんですがねぇ。出張に乗じて下界の新幹線を楽しむのは流石にまずかったみたいです。まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけですし、ケチ臭い抵抗はしませんよ」

「えぇ…………」


 この方は……俗っぽいというより悪どい方という評が正しいのかもしれませんね…………。


 


 …………しかし、


“他者という枷がなければ自分のために頑張れない……まさか仮説通りだとは”


 女神様の言葉の意味するところが何かはわかりませんが、彼女自身なんらかの悲しみを抱えていながらわたくしの人生を取り戻そうとしてくださっている…………そういった意味が込められている気がします。


「………………もう少し、距離を縮めてみようかしら」

天国の神々も下界で休暇を楽しみたかったりしますが、遊ぶためのお金は無から産み出すことになってしまうので、無秩序に送り出してインフレが起きないように制御するための経理部が存在します。神々にヒエラルキーはありませんが経理の兄ちゃんに自称女神は頭が上がりません。

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