003話
肉体的な感覚がない、という状況が、これほどまでに不便だとは思わなかった。
どれほどの時間が経ったのか、全くわからない。
五感の喪失は、時間という概念さえ奪っていく。飢えも渇きも痛みもない。ただ、意識だけが浮かんでいる。
「秒数でも数えときゃよかった……」
どこかの科学バカの石化状態じゃないけど、目覚めた瞬間からカウントを始めていれば、まだ多少の目安くらいは得られたかもしれない。
苦痛がないのが唯一の救いだが、暇という感覚すら湧かない。
というのも、思考が止まらない。
自分に何が起こったのか? 今どんな状況にあるのか?
シミュレーションを繰り返しても、答えは出てこず、延々とループするばかりだった。
「やべぇな……月曜までに開発部にディスク戻さないと、返却処理間に合わねぇぞ。
これ、もう月曜過ぎてたら普通に解雇案件だろ……」
現状の把握から、社会的な不安まで連鎖していく。
自分でもわかっている。それは「もしかして死んだのかも?」という恐怖から目を逸らすための、現実逃避だった。
その時だった。
――『あー……聞こえますか? えっと、すみません、コミュニケーションの言語体系を構築するのにちょっと手間取りまして……』
唐突に、「それ」はやってきた。
音でも文字でもない、意識に直接流れ込んでくる何か――人生で一度だけ、似たような感覚を経験したことがあるような、ないような……いや、確かにある。だが思い出せない。
「……言葉は通じてる。で、お前は“何”だ? “誰”なんだ?」
こちらの思考に反応する形で、「それ」はまた答えた。
――『はじめまして、で良かったですかね? 貴方の世界でのファーストコンタクト的なやつ。
僕は……そうですね、“神様”的な存在が一番近いと思います。』
「はあ!? うちは仏教だぞ! 神なんぞ信じとらん!
改宗か!? 新興宗教か!? そっち系なら帰れや、こっちは信心深い無信仰者だ!」
もし肉体があれば、勢いよく飛びかかって、足払いでもしていたかもしれない。
だが、今の私は鼻息ひとつ立てられない、ただの“思考の塊”でしかなかった。