女従者アルテミスと絶対遵守の女王様・第7話
「はぁ……」
最近の『女王様』は、ため息の回数が多いです。
「……『女王様』、何か不安なことがあるのですか?私は、あなたの『アルテミス』です。何でも、おっしゃってください」
私は、意を決して『女王様』に聞いてみました。
「心配をかけてしまったわね……あなたは『事件』のことを覚えている?」
「忘れられるはずもありません!」
『女王様』の御両親をはじめとして、多くの王族が犠牲になり、『女王様』の双子の兄・クロノス様も行方不明になった出来事。
犯人は『生活に困窮した国民』であるにも関わらず、未だに「『女王様』が真犯人である」という噂話が蔓延っています。
即位後の『女王様』の、人となりを見て、考えを改めた者も多いのですが、未だにそのような状況なのです。
「あの『事件』以降、王族は協力的な貴族と連携して、国民に寄り添う政策を推進してきた。もちろん、私もよ」
『女王様』が行った政策として、労働の時間や強度によって基準となる賃金を提示したり、公共事業を立ち上げて高賃金で労働者を募ったり、借金の返済を国が肩代わりしたりしました。
ですが、『強制労働』と『差別』が横行するようでは、これらは効果が薄かったのです。
「『人の心』は、短期間では変わらない。中には『自分が強制労働をさせられている』という自覚がない人も多いわ」
「……今一度、『強制労働』や『差別』への啓発に努めましょう。そのための『サトゥルヌスの化身』と『王下十字騎士』という『箔付け』だったのでしょう?」
そう。『サトゥルヌス』の権能の掌握は、それ自体も重要なことではありますが、『箔付け』により発言力を増すための『女王様』の政略だったのです。
「……『貧すれば鈍する』。今日を生きるので精一杯の人達には、明日のことなど考えられない。そのような人達に『強制労働は辞めましょう!』と言ったところで、『じゃあ、どうやって食っていくんだ?』という話になる」
重たい空気が流れる。
助けたい人達がいるのに、その人達からは邪険に扱われるのです。
その人達も、搾取され、傷付き、疲れ果て……
最後は、野心家に扇動されて『自爆テロ』を、引き起こすのかも知れません。
その最悪の想定が、現実のものとなったのが『事件』だったのです。
「……私が、結果を出さなければ……お父様も、お母様も、親戚のみんなも、犠牲になって……クロノス兄様も居ないのに……」
『女王様』は、悔しさで涙を流します。
この人は、何で、こんなにも……
私は、思わず『女王様』を、抱き絞めていました。
そして、『主従』二人で、子どものように泣きじゃくりました。
悔しくて、惨めで、不甲斐なくて……
二人で、ひとしきり泣いた後、『女王様』が言います。
「……『人の心』が変わらなければ、また同じ過ちを繰り返すだけ。アルテミス、私は決めたわ!」
その表情には、人の上に立つ者の『責任』がありました。
「……何処までも、お供します!」
『女王様』に、片膝を付いたの騎士の礼を捧げる。
目先は真っ直ぐに、主を見る。
「皆の信任を得て、『神々と人間との契約』にて『強制労働』や『差別』を廃止し、『サートゥルナーリア』の権能で『人の心』に働きかけるわ!」
『私達』は動き出しました。
まずは、王族の方々の承認を得ます。民のことを考えていた王族の中には、既に『強制労働』や『差別』の廃止に取り組んでいらっしゃる方もいました。
次に領地持ちの貴族を回ります。『貴族の身分は保障すること』、『強制労働や差別がない主従関係の構築』などを訴えましたが、なかなか理解を得られませんでした。
「アルテミス、もっと広く、『私達』の考えを訴えるべきね。何か提案はない?」
「……報告すべきか迷いましたが、とりあえず、全騎士団員を『説得』しました!」
『女王様』は訝しみます。
「『説得』?随分と物わかりが良いじゃない。我が騎士団は、紳士淑女ばかりなのね」
「……恐れながら、『女王様』。騎士団の共通言語は『肉体言語』です」
「何やってんだよ!?団長ぉぉぉ!!」
はて?私は『団長』では、ありません。
それぞれの騎士団は、立派な『団長』が率いています。
中には、『王下十字騎士』と手合わせしたい、という騎士も居たかも知れません。
「あと、気になっていたのが、『ガイア教』を名乗る新興宗教が協力的です」
「ブッ!!」
何故か『女王様』は、噴き出しました。
『ガイア教』。大地の女神『ガイア』様を、信仰する宗教。その成立には謎が多いのです。
ときの国王が、『王国』全土の地図を作らせようとしました。しかし、なかなか製図することができない。ほんのチョットだけズレてしまうのです。
怒った国王は、測量士たちの怠慢だとして処刑しようとします。
そこに『やんごとなき身分の御方』が、国王を諌め、『ガイアの愛』を説いたのです。
国王は感心し、測量士たちを許しました。
それから、測量士ばかりではなく、天文学者や物理学者などの知識人、多くの船乗りなどが集まり、『ガイア教』が成立したと言われています。
「『ガイア教』に、『女王様』が『強制労働』や『差別』を廃止する『神々と人間との契約』を制定しようとしてる、と言うと、大喜びしてましたよ?」
「止めてちょうだい、アルテミス。その報告は、私に効くわ!」
本当に「これも『ガイアの愛』なのか!?」とか「『ガイア』様、感謝いたします!!」とか、すごい盛り上がりでした。
「……では、彼らの協力は要らない、ということでしょうか?」
「……いや、でも……背に腹は代えられないわね……少しでも多くの信任が欲しいわ、彼らにも協力してもらいましょう」
こうして『私達』は、少しずつ、理解者を増やしていきました。
市中では『強制労働』や『差別』についての議論が活発に起こり、『女王様』の政策も共有されるようになりました。
『女王様』は、議論の高まりを受けて、『強制労働や差別を廃止する法令』の発令に踏み切りました。
ここは『天界』。
死者以外は、優れた権能を持つ者しか、出入りできない場所。
『王国』の『女王』よりも、尊き存在を前にして、私は跪く。
「お初に、お目にかかります。『王国』の『女王』です。今回は、我が国の新しい『神々と人間との契約』ついての、お願いにあがりました。どうか話を聞いてください」
光り輝く存在が数柱いるのだが、あまりの眩しさに判別できない。
『この者は、儂の権能の使い手じゃ。儂からもお願いする。どうか話を聞いてやってはくれまいか?』
『おじいちゃん』こと『サトゥルヌス』も、私の側にきて、一緒に跪き、懇願する。
そこまでしてくれなくても良いのに。本当に『孫』に甘い。
かつての偉大なる神の懇願に、神々にも動揺が走る。
そうしていると、一際、巨大な気配が現れる。
『人の子よ、此処は「天界」である。我らは「世界の管理」で忙しい。早急に立ち去れ!』
取り付く島もない対応。食い下がらなければ!
「偉大なる神と、お見受けします!どうか、我が民のために『強制労働と差別を廃止する法令』の発令を、お許しください!!」
巨大な気配は、私を一瞥すると、『サトゥルヌス』の方を見て、告げる。
『「サトゥルヌス」殿、人間関係の問題は、貴殿の管轄でもあるはず……任せます』
『……謹んで、お受けしますじゃ!』
えっ?じゃあ!
『お前さん、喜ぶのじゃ!お前さんの望みは叶ったぞい!』
「……ありがとう。ありがとうございます!!」
すべての神々に聞こえるように、大きな声で感謝の意を伝える。
神々が微笑んでくれているようだった。しかし、
『……あまり、大きな声では言えないのじゃが、ぶっちゃけ、神々は「人間世界」のことに興味がないのじゃ』
な、なんだってーーー!!!
『サトゥルヌス』様の力を借りて、『王国』の新たな『神々と人間との契約』である『強制労働と差別を廃止する法令』が発令されました。
『王国』の空には『サートゥルナーリアの大結界』が浮かんでます。
この『大結界』は『人の心』に働きかけ、自由や自立を促し、差別を抑止する効果があります。
『サートゥルナーリアの大結界』を眺め、『私達』は、紅茶をいただくのでした。
メモリに追加:『王国』に『強制労働と差別を廃止する法令』が発令される。『サートゥルナーリアの大結界』が、その象徴。