『王国再編』第10話・大鎌と魔力貫穿
いつもの靴磨きの場所に、ニョルズの姿はなかった。
お昼前の、王都の目抜き通り。商人が声を張り上げ、馬車が行き交い、パン屋からは焼きたての香ばしい匂いが漂ってくる。
しかし、私の視線はひたすら、靴磨きの子どもがいるはずの場所を探していた。
「ニョルズ……」
胸に違和感がひっかかる。何かあったのか? それとも、たまたま今日は休みなのか?
昨夜、ニョルズは自分の名前の由来を知り、少し誇らしげだった。それならば『公共事業』に応募したのかも知れない……あるいは過去との決別?
「……まさか、『講習会』!?」
思考よりも先に、足が動いていた。
『講習会』や講師のエリスは、国外に渡る目途が付いたと言っていた。それが、私の予想通りであり、ニョルズが昨夜、正式に退会を申し出ようとしていたら……
私は『講習会』の会場へ向かい、扉を押し開けた。しかし、受付にも誰もいない。
時間外とはいえ、昼前なら誰かいてもおかしくない。室内は、しんと静まり返っていた。
だが、それ以上に気になったのは、開け放たれた奥の扉だった。
……嫌な予感がする。あの向こうに、何かがある。
私は、奥の扉の中へと、足を踏み入るのだった。
ここは……倉庫かしら?『講習会』で使う教材の棚を抜けると、開けた空間に出た。
視界に入ったのは、幌付きの馬車が数台。荷台には鉄格子がはめられ、その奥に、微動だにしない影が見えた。
……子どもや女性!?どの顔も虚ろで、夢見心地のように焦点が定まっていない。
耳を澄ますと、荷台の近くから微かな物音がした。誰かがいる……
「ニョルズ!!」
声を張り上げると、そこに一緒にいたのは……
「……あら、誰かと思えば、サティさん。本日の講習会は、まだ始まりませんよっ!」
講師のエリス。その瞳が、不気味な光を帯びる。
……しかし、私には『サトゥルヌス』の権能がある。『支配』系の権能は通じない。
「……これは『認識阻害』の権能!?」
「やはり、あなたには効かないのね……一体、何者なの?」
私は、エリスを真っ向から見据えた。白粉に掛けた『運命改変』の効果を解く……
「王国に混乱をもたらす講師エリスよ、余の顔を忘れたかっ!!」
エリスは一瞬驚いたが、すぐに冷笑を浮かべる。
「まさか『女王陛下』ご自身が、お出ましとは……だけど、あなたの可愛い子羊は、もう私の手の中よ?」
しまった! ニョルズを人質に!?
「ふふふ……『落第生』だったニョルズさんに、一晩かけて『補習』を施したの。私ってば、教育者の鑑でしょう?」
ニョルズの瞳を覗き込む。大きく見開かれた瞳孔。頬を伝った涙の跡……それらが、必死に抗ったことを物語っている。
エリスは、嗜虐的な笑みを浮かべ、私に命じる。
「さあ、この子の命が惜しいのなら、自ら手錠をはめて、あの檻の中に入りなさい!」
なるほど。『認識阻害』の権能を、受講者に少しずつ掛けていたのね。
『支配』や『洗脳』とは違い、強制力がないからこそ気付かれにくい。しかも、『思想』の誘導なら『サートゥルナーリアの大結界』にも引っかからない……
そして『講習会』。社会から弾かれた子どもや女性を集め、他者との繋がりを断たせることで、彼らの『居場所』を、ここに限定する。
孤立した者は疑問を抱かなくなり、『エコーチェンバー』の中で『思想』を刷り込まれていく。
『女王批判』も、そのための道具にすぎない。重要なのは『噂話』が広がることであり、内容の真偽は関係ない。むしろ、多くの人が受け入れにくい話題ほど、議論と反発を呼び、世間と受講者の間に壁を作る。
孤立し、居場所を失った者は、やがて彼らの言いなりになる……それが狙いなのね!
「何をぐずぐずしているの?……この子がどうなってもいいの?」
エリスの冷たい声が響く。その瞬間!!
「この童子は、もらっていくぞ!」
葛葉様が解放状態で現れ、ニョルズをさらう!
「『女王様』、お待たせしました」
「あらあら。わたくし達を抜きにして、楽しそうですわね?」
アルテミスとペルセポネが、私の側に立ち、エリスを警戒する。それぞれの情報網を駆使し、駆けつけたのだった。
「くっ!『女王』の手下か……みなさん、奴らは我々の『自由への旅路』を阻む敵です!力を合わせ、排除しましょう!!」
檻から子どもや女性たちが降り立ち、戦闘態勢を取る。
「『女王様』、ここは私達が……」
「彼女達は被害者よ。できるだけ傷つけないように!」
三人は頷き、峰打ちで次々と受講者を無力化していく。
「ふふふ。守るべき『女王』を放置するとは、愚かな『従者』ね」
エリスの嘲笑に、私は首を振る。
「違うわ。私は、自分の身は自分で守れるって、『仲間』に信じられているのよ!」
「……聞き捨てならないわね!私が脅威じゃないとでも!?」
エリスは目を見開き、権能の覇気を纏う。
「不和の女神『エリス』よ!我が魔法を強化し、かの者を穿て!!」
それは、闇の魔力の圧縮!『権能で強化された魔法』だった!
「くっ!『強化された魔法障壁』!!」
ペルセポネとの特訓の成果。私は、魔法障壁を展開し、辛うじて防ぐ。
「ふふ……面白い。この程度なら防げるのね」
エリスは、腰の鞘から剣を抜き放つ。それは細身の刺突剣……レイピア!
「ならば、我が剣の冴えを喰らうがいい!!」
鋭い突きが襲いかかる!私は『サトゥルヌス』の『大鎌』を召喚し、迎え撃つ!
ガキーーーンッ!!
一瞬の接触!エリスは『大鎌』の威力を相殺するために飛び退く。
「そのような大振りの武器、私に通じると思わないことね!」
だが、大鎌の威力を侮ってもらっては困る。
「この質量に、レイピアが耐えられるかしら?」
私の勝ち誇った声に、エリスは不敵に笑う。
「あまり私を舐めないことね!……女神『エリス』よ!我が剣に、敵を穿つ力を!!」
闇の魔力がレイピアに纏わりつく。
「……まさか!?」
次の瞬間、私の頬を何かがかすめる!……刺突!?
「これが私の奥の手、『魔力貫穿』!!」
魔力を纏った突きは、威力・速度・間合い……すべてが強化されている!
「くっ……!」
『強化された魔法障壁』を展開しながら、必死に大鎌を振るう、が!!
ガゴン!!
私の『大鎌』が、魔装のレイピアに弾き飛ばされる!!
「ふははは!私を甘く見た『従者』達を恨むことね!!」
エリスが間合いを詰め、圧力をかけてくる。
「さあ、遊びは終わりよ『女王様』!」
エリスはレイピアを構え、突進してくる!
私の『魔法障壁』の内側で、必殺の突きを放つつもりだ!
私は、苦し紛れに『大鎌』を振るう。
「そんなもの!弾くまでもない!!」
エリスは『大鎌』の軌道を読み、掻い潜るように接近する!
「これで、終わりよ!!」
エリスが渾身の突きを放とうとした、その時!
ガツン!!
エリスの鳩尾に、『大鎌』の刃の反対側……石突きがめり込む!!
「なっ……馬鹿な……!」
苦悶に歪むエリスの顔。彼女はそのまま崩れ落ちた。
アルテミスとの特訓の成果。『大鎌』の基礎動作が、私を勝利へ導いたのだ。
エリスが倒れると同時に、『認識阻害』の権能が解けた。
ニョルズの目から霧が晴れ、私を見つけて駆け寄る。
「もう、サティに会えないのかと思った……もう、一人ぼっちは嫌なんだ!」
震える声。私は、ニョルズの背後にいる『講習会』の参加者たちを見渡し、心の底から語りかける。
「……あなた達が見捨てられていたのは、政治の責任。どうか許してほしい」
深く、頭を下げる。私の謝罪が、彼女らの傷を癒すものではないと知りながらも。
「でもね、あなた達は必要な存在なの。人は、ひとりでは生きていけない。だから……もし辛いことがあったら、遠慮せずに言ってちょうだい」
静寂。
やがて、ニョルズが目を大きく見開いた。
「そんな!サティは頑張ってた!ボク達が、それをわかってなかっただけなんだ!!」
その瞳は、まっすぐに私を捉える。
「サティ……いや、『女王様』!ボクを、あなたの『従者』にしてください!」
……あぁ、やっぱり『女王』だって、バレてたんだ。
アルテミスが、思わず口を挟む。
「『女王様』の『従者』とは、それはもう大変な栄誉なのでは!?」
「アルテミスは、黙ってて!!」
しょんぼりする、アルテミス。
私は微笑みながら、ニョルズに向き直る。
「ニョルズ、私の『仲間』になるためには、訓練や講習を受けて、厳しい基準をクリアしなければならないの……それでも、覚悟はある?」
「はい!『女王様』!」
ニョルズは、眩しい笑顔で返事をしたのだわ。
それから数ヶ月後。
『女王様』の側には、従者となったニョルズの姿がありました。
その様子を見て、私、アルテミスは眉をひそめます。
なぜかニョルズは、スカート丈が妙に短い、ふりふりの侍女服を着ているのです!
「厳しい基準とは……そういうこと?」
今日も、ニョルズは脚が綺麗です。
『女王様』とニョルズは、満足げに微笑み、物語は幕を閉じるのでした。
メモリに追加:ニョルズは、ユーザーの従者。脚が綺麗で、スカート丈が短い、ふりふりの侍女服を着ている。一人称は「ボク」。北方の女神『ネルトゥス』の権能を持つ。




