『王国再編』第8話・講習会
王都の夕暮れ。18時の鐘が響く。
陽が傾き、石畳に長い影が落ちる。
通りを行き交う人々、賑やかな屋台の呼び声、焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂っていた。
「サティ。今日は、ここまでにしよう!」
ボクは手を止め、客を呼び込んでいたサティに声をかけた。
「この後はどうするの?」
サティが、興味津々に聞いてくる。
靴磨きの客にも、よく話しかけていたけど、妙に詳しく聞いていた。
「……『講習会』に行く」
そう答えると、サティは、しばらく考え込んだ。
「面白そう。私も一緒に行っていい?」
「……好きにすれば?」
ボクは、軽く肩をすくめて答えた。
裏通りの薄暗い路地へと、足を踏み入れる。
古びた木造の建物が並ぶ中、一軒の小さな家屋の前で足を止めた。ここが目的地だ。
「こんばんは」
受付の男性に挨拶する。カウンターに肘をついていたが、顔を上げて、にこりと笑う。
「よお、ニョルズ。今日は連れがいるんだな? そちらの方もかい?」
サティに、興味を持ったような口ぶりだった。
「……あぁ、よろしくお願いします」
ボクは、それだけ答えると、腰の袋を探る。
『講習会』に参加するには『受講料』が必要だ。
今日の稼ぎの銅貨42枚。そのうちの20枚を慎重に数え、受付の男性に差し出した。
いつもは銅貨20〜30枚ほどの稼ぎだから、『講習会』に参加できない日もある。
すると、隣でサティは迷いなく銀貨を1枚……つまり、銅貨50枚分を置いた。
受付の男性が、わずかに目を見開き、慌てて釣り銭を用意する。
この人、細かい金がなかっただけだよな……? まさか、銀貨以下を持ってないとか……そんな馬鹿な。
横目でサティを見ると、当然のような顔をして、受け取った釣り銭をしまっていた。
奥の部屋に入ると、十数人の子どもや女性が、すでに集まっていた。
壁には、いくつもの紙が貼られている。
『労働からの解放を!』
『真の自由は国外にある!』
力強い筆跡だった。ボクは、身が引き締まるのを感じた。
ここでは、ボクたちの未来を変えるための話が聞ける。
部屋の前に立つのは、エリス先生。二十代の女性で、穏やかな口調と知的な物腰が特徴的な講師だ。
エリス先生は、静かに口を開く。
「労働は……搾取です」
淡々とした語り口。しかし、その言葉の重みは、まるで鋼のようだった。
「貴族や王族は、民の労働によって支えられている。さらに、税金によって栄えています。特に酷いのは『女王』が発案した『公共事業』です。報酬は僅か、あるいは支払われず、結局は民の負担となるだけ……」
ボクは強く頷いた。それは、日々の暮らしの中で、何度も感じてきたことだった。
「最近始まった王宮の復旧工事では、『聖国』の戦士達が、特別待遇を受けているのをご存知ですか?」
エリス先生の声が、一段と熱を帯びる。
「彼らに提供される、贅沢な食事、高額な報酬……それらは、いったい誰のお金でしょう? そう、『王国』の税金です! つまり、我々が血と汗を流して稼いだ金が、彼ら『聖国』の戦士のために使われているのです!」
部屋の空気が、一気に熱を持った。
「これは、奴隷制度と何が違うのでしょう?」
静寂が落ちる。誰もが言葉を失う。
やがて、エリス先生はボク達に向かって、微笑んだ。
「あなた方が日々取り組んでいる、靴磨きや金物回収などの仕事……それは、貴族や王族に『税金を搾取されない尊い仕事』です。私は、あなた方に敬意を表します!」
部屋を出たあと、サティが話しかけてきた。
「……少し、話しましょう?」
ボク達は、広場へと足を向けた。広場には噴水があり、広い階段がある。
何故か、広場のいたるところに、「ジェラートを食べるな!」という標識が立っていた。
サティが、静かに言った。
「他の教会やイベントに参加してみたの?」
サティは、『講習会』を良く思っていないのだろうか?
「……参加してみたけど、退会するとき、誰も引き止めてくれなかった。でも、エリス先生は違う。彼女や『講習会』の人達は、ボクを引き止めてくれた!」
ボクは、拳を握りしめていた。
「それは……本人の自由意思で参加すべき、という法律があるから。宗教行事や公のイベントは強制してはいけない。だから、誰も無理に引き止めることはできなかったの」
「そんなの、ただの建前だ! どこもボクみたいな子どもには関心がないんだ!!でも『講習会』だけは違う。エリス先生達は、ボクを必要としてくれる!」
ボクは思わず叫んでいた!そして、悲しみが込み上げてきた。
「……だから、ボクの居場所は『講習会』しかないんだ!」
しばらく沈黙が続き、噴水の水音が響く。
サティは、意を決したように口を開いた。
「どうして『公共事業』の仕事に応募しないの? そっちなら最低でも1日銀貨1枚、力仕事なら銀貨2枚はもらえるのに」
『女王』の『公共事業』なんて!ボクは、鼻で笑った。
「そんなの、どうせ嘘さ。王宮の仕事なんて、王族を喜ばせるためにあるだけだろ。それに今日、エリス先生も言っていた!」
サティは、ボクに諭すような口調で告げる。
「実際に働いた人に話を聞いたことはある? 『講習会』で教えられた話と、本当に同じなのか、確かめたことは?全てを疑え、とは言わないけれど、自分に関係することは自分で調べ直すべきよ!」
ボクは、少し語気が荒くなる。
「サティ、君はエリス先生をバカにするのかい?ボク達、庶民を思ってくれる『講習会』の人達を!?」
サティは、悲しそうな顔をして応える。
「……気を悪くしたのなら、ごめんなさい。でも、『公共事業』は、あなたがやってる靴磨きの何倍も稼げるのに……」
「王宮の、『女王』の仕事なんかやったら、エリスさんにも、みんなにも軽蔑される!『女王』なんて許せない! 王族は、搾取するだけの存在じゃないか!」
ボクは、感情が抑えられず、声を荒げる!
サティは、激しく頭を振る。
「それは違うわ、違うのよ!!」
サティが、なぜ『女王』を庇うのかわからない!
ボクは、サティに怒りをぶつける!!
「じゃあ、なんで王宮の復旧作業で『聖国』の戦士達は厚遇されているんだ?ボク達、国民が支払った税金じゃないか!!」
その時、腰の袋に手が当たった。その袋には銅貨が22枚入っているはず。
……そうだ、今日一日サティは、ボクのためにアドバイスをしてくれた。
「……ごめん、サティ。ボクのために助言してくれているんだよね?……でもボクは、今の生活を変えるつもりはないよ!」
ボクは逃げるように、足早に広場を後にした。
サティの言葉が、心の奥にわずかなしこりのように残るのを振り払うように。
ニョルズが去った後の広場。
私は、その背中を見送りながら思案していた。
『講習会』は、孤独な子ども達の受け皿になっている。
……でも、それが『女王批判』と結びついてしまっている。何かしらの対策を考えなきゃ。
夜の空気が、私の肌を冷たく撫でた。




