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人の書〜エルドラド建国記〜  作者: 水井竜也(仮)
第6章・女騎士アルテミスと神魔双刻の女王様

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『王国再編』第7話・靴磨きの子ども

 ここは王都。『王国』の『女王様』のお膝元。


 王都の目抜き通りは、今日も賑わっているが、空はどんよりと曇っていた。


 まだ肌寒いけれど、ボクはいつも通り、ゲン担ぎの短パン姿だ。なぜか短パンを履いている方が、売り上げが良いのだから、不思議なものだ。


 通りの隅にしゃがみこみ、靴磨きの道具を広げる。今日も稼がなければ……


 上等な靴を履き、傲慢な足取りで歩く男が目に入る。貴族に違いない。


 ボクは素早く前に出て、にこやかに声をかけた。


「お貴族様、靴が汚れてますね。ピカピカに磨かせてもらいますよ!」


 貴族は、不機嫌そうに眉をひそめる。


「間に合っt……いや、せっかくだ。頼むとしよう」


 足元を見て、汚れに気づいたのか。商談成立!


 ボクはにっこり笑い、しゃがみ込むと、素早く布を取り出した。ここからが勝負だ。


 一心不乱に靴を磨く。布を滑らせ、艶を引き出し、汚れを落とす。


 貴族はじっと足元を見つめている。そんなに大事な靴なのか?


 ほんの数分で、見違えるほどの輝きになった。


 仕上げに、少しオーバーに息を吹きかけ、ピカピカの靴を指さす。


「へへっ、どうです? これなら、銅貨20枚の価値はあるでしょう?」


 貴族の目が、カッと見開かれる。


「なっ……このガキ!少し脚が綺麗だからといって、貴族に向かってふざけたことを!!」


 顔を真っ赤にして、ボクを睨みつける!


「銅貨20枚だと?貴族を馬鹿にしているのか!?下賎な靴磨きのくせに!せいぜい銅貨10枚であろう!!」


「お貴族様の靴ですからね。きちんと価値に見合う報酬をいただかないと……まあ、18枚くらいなら妥当ですかね?」


 貴族がさらに詰め寄ろうとした、その時……


「おや?王宮発行の労働基準では、貴族の方は銅貨20枚を支払うことになってるけど?」


 透き通るような女性の声が割って入った。


「くっ……」


 たじろぎ、後退る貴族。


 人混みの中から現れたのは、シンプルな服装をした女性。庶民のように見えるが、その立ち居振る舞いは、いいとこのお嬢さんという感じだ。


「それに、罵声を浴びせるのは、『強制労働と差別を廃止する法律』に抵触するわよ?」


「なっ……?」


 涼やかに微笑みながらも、その声には、どこか圧があった。


 貴族は険しい顔のまま、ボクを睨みつける。


「……仕方あるまい」


 渋々ながらも、ポケットから銅貨20枚を取り出し、投げつけるように渡してきた。


 貴族が去ると、ボクは深くため息をつく。


「ちっ、余計なことしやがって……」


 ワザと値切らせて、お得感を演出する。リピーターになってもらわなければ、こんな仕事など先細るだけだ。


「ふふふ。でも、あなたの仕事ぶりは、銅貨20枚以上の価値があったわ!私が保証する!」


「……当然でしょ」


 働きぶりを評価される。慣れない賛辞に、ボクは気恥かしさを感じてしまった。


「私は『女お……いいえ、サティよ。あなたは?」


 唐突な質問に、ボクは一瞬口を閉じた。


「……名前なんて、庶民のボクには必要ない……それは、価値のある人の物だ」


 女性……サティの顔が、僅かに曇る。


「……でも、あるんでしょ?」


 ボクは肩をすくめ、小さく呟いた。


「……ニョルズ。呼びたきゃ、そう呼べばいいさ」


 サティの微笑みが、いっそう柔らかくなる。


「わかったわ、ニョルズ!脚も綺麗だと思ったけど、名前も素敵ね!」


 その声は、不思議と心地よく響いた。







 ボクは膝をつき、靴を磨く。いつも通りの仕事をこなしていく。


 だけど今日は、変な女もとい、サティが隣にいる。最初は、仕事の邪魔をされないか不安だった。


 サティは、ニコニコしながら、客と会話しているようだった。


 客をあしらってくれるなら、こっちは靴磨きに集中できる。


「旦那、お待たせしました!どうです、綺麗になったでしょ?」


 そして、何故か支払いは、サティが仕切っていた。


「お客様は、銅貨2枚のお支払いです!」


 お客は、銅貨2枚をサティに渡して去っていく。


 庶民相手に銅貨2枚は高いんじゃ?と思っていたら……


「ニョルズ、王宮は労働の基準を決めてるわ。靴磨きだと、一般国民は銅貨2枚、中流階級は銅貨10枚、貴族は銅貨20枚ね」


「……一般国民?聞いたことがない言い回しだね」


 サティは、頬に手を当てて考えているようだった。


「そうね。まだ、馴染みはないかも知れないけれど、『庶民』という呼び方は、今後なくなっていくと思うわ。代わりに『一般国民』や『国民』という言い方が主流になるわ」


 ボクは顔をしかめる。言い方が代わるだけで、本質が代わるわけではない。貧乏人は貧乏人のままだ。


 サティは、靴磨きの料金の説明を続ける。


「貴族がもっとも負担する量が多い。これは何となくわかるわね?貴族は、服に家紋が刺繍されていたり、勲章を付けていたりするから、わかりやすい」


 確かに、貴族は羽振りが良い。


「それは、貴族には『責任』があるという原則……難しい言葉で『ノブレス・オブリージュ』というのだけれど、その考えの元、王宮発行の労働基準で、多く支払うことになっているのよ」


「つまり、ボクが『吹っ掛けた』と思っていた銅貨20枚は、正当な報酬だったってこと?」


 サティは、笑いながら応える。


「ふふふ、そうね。ニョルズ、あなたは『サービス』しすぎていたのよ!」


 ボクは、うつむき、足の爪先で地面を突く。


「あと、中流階級。この人達は騎士や文官のことなのだけれど、鎧を着ていない騎士を見分けることができるかしら?」


 確かに、騎士は鎧を着てこそ騎士だ。鎧の中身は、身なりが整っている人もいれば、熊みたいな人もいる。


「……雰囲気、かな?」


「ふふふ。ちゃんと見分ける方法を教えるわ。どちらも『王国の紋章』が入ったピンを、襟のあたりに付けているわ」


 なるほど。貴族に次いで、文官や騎士も狙い目なのか!


「……じゃあ、あの人は?」


 通りの向こう側に、銀髪の女騎士が歩いてるのが見えた。


「ブッ!!」


 何故か、吹き出すサティ。


「……ごほん!今は、あの娘に声を掛けないで!……そうね『王下十字騎士』だから、騎士でありながら貴族扱いよね?銅貨30枚……いや銅貨50枚、つまり銀貨1枚かもしれないわ!!」


 それを聞いて、ボクの心臓は高鳴る!!


「銀貨!!なら、声を掛けなきゃ!!」


 でも、飛び出しそうになるボクを、サティが止める!


「本当に申し訳ないけど、今だけは止めて!見つかったら、ヤバいのよ!!」


 仕方なくボクは諦める。あーあ、銀貨を逃しちゃった。


「世の中には、凄い人がいるんだね。それも、ちゃんと労働の基準と階級がわかってないと、見逃すってことだよね?……ちなみに一番高い人の靴磨きって、いくらなの?」


 サティは、唸りながら考える。


「……うーん。王族や公爵出身の宰相だとしたら、銀貨2枚かも知れないけど、今の宰相は一般国民の出身だから……そうね、一番高い人は、やっぱり銀貨3枚かしら!!」


 そう言って、何故かサティは、誇らしげに胸を張った。







 サティが客の呼び込みや支払いをしてくれたから、その間、ボクは道具の手入れをすることができた。


 良い仕事は、道具の手入れから……死んだ父さんが、よく言っていた。


 ボクは、自分の仕事がどれだけの価値があるのか、それすら、よく知らなかった。


 手元の銅貨を数える……42枚!普段は20〜30枚といったところ。


 サティのお陰で、普段より稼げたのかも知れない。これで……




 家路を急ぐ人々が多くなり、18時を告げる鐘が鳴る。


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