女領主アルテミスと運命改変の魔女様・第7話
『クロノシア侯爵領』に、春が訪れようとしています。
冬に、新たに開墾した農地に、春播きの麦を播く準備が進んでいます。
去年の秋に播いた麦と合わせて、増産が期待できそうです。
『魔女様』と私の『権能』に関する取り決めとして、「常時は使用しない。しかし、どうしてもダメな時は使う」としました。
工期が遅れた時など夜にコッソリと使って、翌朝、労働者たちが「天地創造の巨人達の仕業だ」と、不思議がっていました。
『魔女様』は、直接的な労働こそしませんが、10時と3時の『差し入れ』を積極的に行っていました。
驚くべきことに、多くの農民は、朝食と夕食の生活をしているのです!
『クロノシア侯爵領』に来てから、私達もその習慣に倣いました。
そうしてみると、休憩時にいただく『差し入れ』のありがたみが、身に染みてわかるようになります。
ちなみに、この差し入れのことを、老人達が話す古い言葉で『タバコ』と呼ぶそうです。
麦の生育に向かない土地では、芋類やかぼちゃの栽培にも取り組みます。
これらは救荒作物と呼ばれますが、私達には、まだ生育方法や収穫量が未知数で。
それでも、きっと領民たちの助けになってくれるはず……そう信じています。
今、領主の館の離れでは、講義が行われています。
「『王国』の建国に関わる話を聞きたいなんて……殊勝な心がけね、アルテミス」
講師は、この離れの主である『魔女様』です。
「はい。いち領主として、王家と建国について学ぶことは有意義だと考えます」
生徒は、『クロノシア侯爵領』の領主アルテミスこと、私です。
「私も、本に書かれた記述と、おとぎ話程度でしか知らないけどね」
二人で、紅茶を飲みながらの講義が始まります。
「まずは、この大地は『ガイア』と呼ばれているわ。これは大地の女神『ガイア』様が由来ね。この大地の他に陸地はなく、海の外は天空の神『ウラヌス』様が支配する領域と言われているわ。これらの解釈は国によって違うみたいで、天文学者などは『この大地は球体である』という説を主張することもあるわ」
「大地が、球体……ですか!?」
不思議な話です。ならば、球体の下側にいる人達は『ウラヌス』様の領域に落ちてしまいます。
「……う、うん。そこに食い付かれると、ちょっと調子が狂うわね。彼らの、あくまでも彼らの、主張を紹介するわね。そもそも、私達が、大地に足を付けていられるのは、何故かしら?」
「……考えてもみませんでした」
「そうね。彼らの主張だと、女神『ガイア』様は、全てのものを『愛』するのだ、と。その『愛』の力によって、我々は地面方向に『引っ張られて』いるのだ、と考えているみたいね」
『愛』。今まで、抽象的な概念だと思っていましたが、なるほど、私達が『ガイア』様に『愛』されているのならば、実感が持てます。
「この、大地に足が付いているのが『愛』の力なのですね?ならば、球体の下側の人々も『ウラヌス』様の領域に落ちなくて済みます」
「ええ、そうね。そして、女神『ガイア』様は『全てのものを等しく愛する』のよ。これは、物理学の分野だけれども、平らな物体を同じ力で『引っ張り続ける』と、最終的に『球体』になるみたいなの」
あまりのスケールの大きさに、目眩がします。この大地をねじ曲げ、丸めてしまう力。それが『愛』。
「ふふふ、この大地の話は、これくらいにしましょうか」
『魔女様』は紅茶を一口飲んで、『王国』についての話をしてくださいます。
「さて、この国は『王国』と呼ばれているわ。そして『王国』を名乗る国は他には無い。それは建国の時の話に由来するの」
「確かに『王国』以外に『王国』という国を聞きません。支配者が『王』ならば、必然として『王国』となるはずですが、そうではありません」
「そう。それは、この国や他の多くの国が、『神々と人間との契約』で創られたから。神々が国の略称を決めた、と言っても差し支えないわ」
『神々と人間との契約』。優れた『権能』を持つ人間と、『天界』に住まうという『神々』だけが交わせる『契約』と聞きます。その『契約』には『世界の強制力』が働きます。
心なしか、私達は窓の外の『呪いの結界』と呼ばれるものを眺めます。
「『王国』の初代国王・ソロモンは、神々と人間の間を取り持って、その『契約』を『王国法』として定めたのよ。つまり『王国法』は『神々と人間との契約』と言えるわね」
『魔女様』は、少し暗い表情をする。『王国法』の話題を避けるべきか。
「『魔女様』!初代国王のソロモン様について知りたいです!ソロモン様は、武勇を誇る王だったのでしょうか?騎士として、手合わせ願いたく思います!」
ちょっと、やり過ぎました。
「ふふふ、ソロモン王は伝承における『ソロモン王』のように、治世と知略を駆使して戦うタイプみたいだから、アルテミスと戦ったらアルテミスが勝つかも知れないわね」
『魔女様』に、笑顔が戻りました。結果オーライです。
「だけれど、ソロモン王は『ソロモンの72柱の悪魔』を、使役できたと言われているわ。『悪魔』相手だと、アルテミスもキツイんじゃないかしら?」
「『悪魔』であろうとも、鍛え上げられた『騎士』には勝てない、と思いますが?」
『魔女様』を挑発します。というか、挑発してきたのは向こうが先ですし。
「ソロモン王は晩年、『悪魔』との『契約』の証である『指輪』を『王家の秘宝』として、残したと言われていて、それを用いれば『悪魔』を呼び出せるみたいね。ただ、残念なことに呼び出した『悪魔』は、使用者の願いを1つだけ叶えて、『契約』がない使用者を食べてしまうらしいけどね」
……挑発した甲斐がありました。『指輪』の出自が、明らかになったのです。
「……ありがとうございます、『魔女様』。やはり、王家・王族には、由緒正しい歴史があることを学べました。いち領主として、王家を見習い、民を安んじることといたします」
私の謝意に、気を良くした『魔女様』との講義は、終了しました。
『魔女様』の『権能』は大きく3つ。
・『農耕』を司る権能
・『運命』を司る権能
・『時間』を司る権能
これらは、単一の偉大なる存在の『権能』でしょう。
ですが、この『クロノシア侯爵領』に移ってきてからの『不可解な現象』は、これらと違う『権能』かも知れません。
……ハウスキーパーでも雇ったのでしょうか?『魔女様』の周りが整いすぎています。
また『魔女様』が左手の人差し指にしている『指輪』は、さっきの反応から、間違いなく『王家の秘宝』でしょうね。
私、アルテミスは、『魔女様』の『試練』について考えながら、自室に戻るのでした。