女領主アルテミスと運命改変の魔女様・第5話
「アルテミス、いい加減『領都の東側を流れる河川』だと面倒くさいから、名前を決めましょう!」
ここは『王国』の『クロノシア侯爵領』の、領主の館の離れ。
離れの主である『魔女様』と、お茶会もとい、挨拶をしに来た、私こと領主アルテミス。
「『魔女様』、私は好きですよ?『領都の東側を流れる河川』って名前。すごくわかりやすいです」
「あなたってば、そういう所を直しなさいって、昔から言ってるでしょ?本心から気に入っているのはわかるけど、嫌味に聞こえるわよ!?」
そうでしょうか?名は体を表す。実にシンプルです。
「……あなた、この領地の名前を決める時も、『荒れ果てた領地』って呼び名が既にありますって、言ってたでしょ?感性が独特なのよ!」
私からすると、『魔女様』のネーミングは厨二っぽい所があります。
「『クロノシア侯爵領』という名前を付けていただいた事は、ありがたく思っています。ですが、『領都の東側を流れる河川』の他に、どのような名前が相応しいと思いますか?」
「私が決めて良いって事よね?そうね、今から『領都の東側を流れる河川』は『青龍川』と改名するわ!」
ほら、やっぱり厨二じゃないですか!
「同様に、北側の山地を『玄武山』、南側の湖水を『朱雀湖』、西側の街道を『白虎道』に改名するわ!むしろ、それしかないわよ!」
確かに『クロノシア侯爵領』だけを見たら、『それ』でしょうけど、『クロノシア侯爵領』は『王国』の一部なのだから、大地図で見た時に、滑稽なことになるんですよね。
「かしこまりました、『魔女様』。行政のスタッフや領民にも、そのように通達します」
皆に相談してみて、反発が大きいようなら、『魔女様』に考え直して貰えばいいのです。
紅茶が冷めないうちにいただきましょう。
「アルテミス、今日の議題は、土地の改名だけではないわよ?」
『魔女様』のネーミングセンスは厨二ですが、読書などを通じて見聞が広く、私のシンクタンクとして助力いただいています。
政策を『魔女様』が、行政を私が担当しているようなものです。
「既に『クロノシア侯爵領』を、巨大な『時計盤』に見立てる事で、領地全体に私の権能が行き渡たり、『農耕の神』の『地力増進』の効果が見込めるはずよ」
看板を立てて、祝詞をあげたら『街』認定ってのも、チートだとは思いますが。
「『魔女様』の権能もさることながら、『クロノシア侯爵領』を、巨大な魔法陣にしてしまうという発想に感服いたしました」
「ちゃんと事前に説明したはずだけど……まぁいっか」
紅茶を噴き出しそうになる!ですが、淑女はそんな、はしたないことはしないのです!!
開墾作業の進捗を報告すると、『魔女様』が少し戸惑いながら口を開く。
「……アルテミス。私は『農耕の神』の権能を、土木作業に応用できるのではないかと考えているの。もしそうすれば、開墾作業に従事する領民たちの負担を減らせると思うのだけれど……」
作業の遅れや、領民たちの苦労に、責任を感じたのかもしれない。
だが、私は即座に首を振った。
「……しかし、神聖なる権能を『楽をするため』に使うのは、いかがなものかと考えます」
貴族である我々は、『労働』をする者ではない。領民を守るのが我々の務めであって、彼らと同じ土を耕すことではないのです。
「それに、『権能』の利便性を知った領民たちは、いずれ『労働』を放棄し、『魔女様』に頼りきるようになるでしょう。そうなれば、怠惰に溺れた彼らが辿るのは、緩やかな破滅です。……それが、あなたの目指す『クロノシア侯爵領』なのですか?」
静寂が落ちた。
長い沈黙の後、『魔女様』はそっと目を伏せる。
「……ごめんなさい、アルテミス。私が軽率だったわ。もう少し、開墾作業への関わり方を考えさせて……一人にさせてちょうだい」
彼女の声は静かで、どこか寂しげだった。
「……いえ、私も言い過ぎました。本日はこれで失礼します」
私は一礼し、『魔女様』の部屋を後にする。
間違ったことは、言っていないはず。
だけど……。
『魔女様』の心遣いも、もう少し考えるべきだったのかもしれない。
その日は、激しい雨でした。開墾作業は、中止を余儀なくされました。
冬の暖かい日に降る、雪消し雨。寒い日が続いて、それを振り返すように暖かい日が続き、また寒い日が続く。
そういう風にして、だんだんと冬から春に向かっていくんだ、と老人たちは教えてくれました。
そんな中、作業員の詰め所に、見回りに出ていた若者が飛び込んでくる!
「大変だ!雪解け水が濁流になって、『青龍川』が氾濫しているぞ!!」
雨も相まって、水かさが増したのでしょう。『青龍川』付近の、新しい開墾地が気になります。
その時、黒いローブを羽織った『魔女様』が、走り込んできました!
「アルテミス、馬を出して!『青龍川』を見に行きたいの!」
「危険です『魔女様』!既に『青龍川』は氾濫しています。今、男たちを集めて、土のうで塞ぎます!」
『魔女様』は、私の目を真っ直ぐに見つめます。
「私を信じて!」
その言葉には、かつての威厳がありました。
「……何処までも、お供します!」
雨の中を馬で走る。『魔女様』と私の二人を乗せて、ぬかるむ道を疾走する……この馬は、名馬に違いない!
「『魔女様』、やはり『青龍川』は氾濫しています。男たちが、土のうを積むしか方法がありません!」
「……でも、それでは作業で犠牲になる領民が、出るかも知れない。せっかく開墾した農地が、駄目になるかも知れない……アルテミス、私、『権能』を使うわ!」
『魔女様』は、意を決して宣言します。
「我が信奉を捧げる神よ!どうか我らを救い給え!
我らが農地を守るため、我らが郷土を守るため!
あなたの『農耕』の権能をもって、我らを救いください!
ああ、あなたは『農耕の神』!
岩を穿ち、石を砕き、土を掘る!
その本懐をもって、我らに大いなる奇跡を与え給え!」
『祝詞』なんて権能の力を高めるための即興詩と、普段の『魔女様』は、おっしゃいます。
しかし、これはまさに『祈り』!『信奉』の証!
その『祝詞』に呼応するように、一筋の光が空から差します。
その光を受けて、『青龍川』の破れた場所が隆起し、氾濫が収まります。
ですが、その光景を見届けて、『魔女様』は倒れ込んでしまったのです。