女領主アルテミスと運命改変の魔女様・第2話
※作中の熊の鳴き声は、脚色しています。
『月と狩猟の女神』の権能を得るための儀式に挑んだ、私、アルテミス。
どうやら、気を失ってしまったようです。
気付いた時には、見慣れた風景が広がっていました。
ここは、騎士団の訓練所?
……いえ、おそらく精神の中か、『天界』と呼ばれる場所。
大人たちに混じって、来る日も来る日も剣を振り続けました。
体格で勝る大人たちに、子どもの私は吹き飛ばされ、床に叩きつけられました。
それでも!と、挑み続けた日々。
そうしている内に、大人たちの、息遣い、視線の動き、筋肉の隆起、心臓の拍動……
それら、生物としての特徴を捉えることで、動作を先読みできるようになっていった。
「なるほど。私は、既に『狩猟の女神』の権能の、入り口に立っていたのですね?」
『そう、我が愛子よ。あなたならば、私の権能を使いこなせる。そして、あなたは、大きな事を成すでしょう』
振り返ると、神々しい女性が立っていました。
「それは『クロノシア侯爵領』を?」
『ふふふ、どうかしら?』
「ありがとうございます、我が守護神『アルテミス』。『魔女様』の元に戻ります」
次の瞬間、見たのは涙を浮かべた『魔女様』の顔でした。
「……『魔女様』?」
「アルテミス!良かった!」
どうやら私は倒れ込み、『魔女様』に介抱されていたようです。
「あなたが倒れたから、もしものことがあったら、私、私……」
「ご心配をおかけしました。女神『アルテミス』と会ってきました。『狩猟の女神』の権能を掌握できたはずです」
私は立ち上がりながら身体を確認します
「……ごほん!アルテミス、権能の掌握お疲れ様でした。今日は身体を休めるとして、近日中に狩猟や採取を行う、『調達班』を組織すべきでしょう」
涙を拭いながら話す『魔女様』に、微笑みつつ応えます。
「かしこまりました。『調達班』の指揮には、私も出ます。領民たちが苦労してるのです。私、自らが先頭に立つべきです!」
「でも、『アルテミス』の権能ならば、館にいても効果が……そうね、『領主』であるあなたが、先頭に立つならば、領民も納得しやすいでしょうね」
『魔女様』は、頭を振りながら、私に同意してくださいます。
「だけど、くれぐれも気を付けて。あと『狩猟の女神』の権能を掌握したあなたには、余計なお世話かも知れないけど、急所を狙ってクリーンキルを心掛けて」
『狩猟の女神』の権能を掌握したので、よくわかります。
「動物たちを、絶滅させることが目的ではないから、狩猟制限と頭数管理は、徹底してちょうだい!」
『魔女様』は『狩猟の対象となる命』に対して、真摯に向き合っているのだと。
「あと、獣肉はもちろん、皮や角、骨も有効活用すること。獲物となった動物たちに、感謝を示すのよ!」
狩猟するのは、私達の都合。ならば『いただいた命』を有効に活用することは、感謝し、敬意を捧げることではないかと。
「ありがとうございます。肝に銘じます」
私は『魔女様』に礼をして、退室します。
アルテミスが去った『魔女様』の自室。
「……バルバトス、もしもの時はお願いね?」
『魔女様』の声が、虚空に響いたのでした。
「く、熊だぁぁぁ!熊が出たぞぉぉぉ!!」
最後尾の若い領民が、叫びます!
熊は、真っ直ぐに、こちらに向かってきます!
狩猟に来た領民達と言えども、持っているのは弓や大きめの鉈くらい。
熊の毛皮には、傷を付けることすら困難でしょう。
私は、剣を抜き放ち、走り出します!
「がぁぁぁっ!!」
熊が、手近な領民に襲いかかる、その時!
ズシャッ!!
間一髪で、私の剣が間に合いました!
「あ、ありがとうございます、アルテミス様!」
やはり剣であっても、熊には、致命傷を与えられないようです。
「熊に会ったならば、背中を見せるな!熊から目を逸らさずに、後退りするんだ!!」
私は、領民たちに注意します。しかし、それはセオリー……
この熊は、空腹で、獲物を求めているようです!
「ぐぅ、ががぁぁぁ!!」
熊は、木の幹ほどの前足を、振り下ろしてきます。
その重量、筋力、そして爪。その全てが、必殺の一撃となるでしょう!
「くっ!!」
「アルテミス様!!」
領民たちが、不安そうに、私を見つめます!
「ああ、そんな……領主様でも、熊の攻撃を受け切れないなんて!」
「熊の前足に、剣が弾かれてしまっている!」
確かに、情けないかも知れない……だが!!
「……でも、あれ?」
なるほど、これが『権能』の効力か!!
「領主様は!アルテミス様は、まだ健在だぞ!」
以前よりも、熊の息遣い、視線の動き、筋肉の隆起、心臓の拍動……
「く、熊の攻撃を全て、逸らし続けているのか!?」
それらが、手に取るように、わかる!!
「がっ、がががぁぁぁっ!!」
熊が大きく振りかぶった時……
「すまない……私達も、生きるのに精一杯なのだ!!」
熊の喉元を、私の剣が、切り裂いた!
倒れる、巨体。歓喜に沸く、領民たち。
私は、ただ静かに胸に手を当てて、黙祷を捧げていました……