女領主アルテミスと運命改変の魔女様・第1話
この作品では、神話や伝承の偉大なる存在に対しての独自解釈があります。
宗教や信仰への敬意を払いながら描写していますが、エンタメ作品として読んでいただけると幸いです。
私、アルテミスは、領主の館の離れに向かっています。
午前の仕事を終え、『魔女様』に挨拶をするためです。
離れに向かう途中の中庭。
この館に住み始めた時は、荒れ果てていたのに、きちんと整えられ、雑草も取られています。
春を待って、花の種を植えるのかも知れません。
……『あの人』はそんなことをしないはずなのに。
不思議なことと言えば、離れはいつも掃除が行き届いています。
「『魔女様』、アルテミスです。挨拶に伺いました」
扉をノックしてから、声をかける。
入室を促されて、扉を開けると、本の山が目に飛び込んできます。
『魔女様』は、おどけたように言います。
「ごきげんよう、領主様。本日は、どのようなご要件でしょうか?」
そう『魔女様』が、庭の手入れや離れの掃除を、するわけがないのです。
離れの主は、寝不足の目をこすりながら、炊事場に向かっています。紅茶を淹れてくれるのでしょうか?
「二人きりの時は『領主様』は、おやめください。調子が狂います」
2つのティーカップを持ちながら、ソファに座る『魔女様』。
あら、まだ立ってたの?律儀ね、と言わんばかりに、対面にティーカップを置きます。
「アルテミス。領民の前では、正体不明の『魔女様』で通さなきゃ。これは、その練習!」
砕けた口調。『領主様ごっこ』は、やめてくれたのでしょうか?
王宮の間者が、どこにいるかわからない。そのため、領民達に『魔女様』が『元女王様』だと……『サトゥルヌスの化身』だと悟らせる訳にはいかないのです!
「……ですが、どうか一人で思い詰めないでください」
二人で紅茶を飲みます。
確かに『魔女様』が淹れた紅茶も、いただいたことはありますが、それより比べ物にならないくらいに、美味しい。
おそらく『権能』の力に違いありません。
私たちは『名前』を媒介に、大いなる存在の能力を行使できる。
私の名前が『アルテミス』であり、『月の女神』の加護を受けられるように、きっと『魔女様』も……
ですが、『魔女様』にホームキーパーのような権能なんてあったでしょうか?
紅茶の香に、思考を現実に戻されます。
「ところで、アルテミス。何か領地経営に問題は無いかしら?」
お見通し、という訳か。
「はい『魔女様』。昨年の麦の収穫量が、不足している影響で、食料不足のために、この冬を越せない恐れがあります」
以前より『魔女様』は、妙に耳聡くなりました。
「それはもちろん、領主の館にある備蓄食料を開放しても、ってのことよね?」
「はい。領民に食料の消費を押さえてもらうなど、切り詰めれば、何とかなるとは思いますが」
苦肉の策とは言え、領民に負担を強いるのは、領主として気が引けます。
「そうね、アルテミス。春を待って麦や野菜を植えるのも良いのだけれど、領民には、この冬に新たな農地を開墾してもらいたいのよ」
「ですが、開墾のための、余分な『食料』はないのです」
『魔女様』は、考え込むように頬に手を当てています。そして、顔を上げ、私の目をまっすぐ見つめました。
「アルテミス、あなた『アルテミス』よね?」
「?……どういうことでしょう?」
私は、首を傾げます。『魔女様』は、茶化さずに説明してくれます。
「あなたは、アルテミスであり、女神『アルテミス』の加護を持つ者。神話における『アルテミス』は『月と狩猟の女神』と、言われているわ」
なんとなく、話が見えてきました。
「それでは、女神『アルテミス』の『権能』を用いて、足りない食料を狩猟や採取によって賄うという事でしょうか?」
『魔女様』は頷きつつ、申し訳なさそうに話します。
「本来ならば、ゆっくりと『権能』は掌握した方が良いの。急激な掌握は、心身への負担が大きく、大いなる存在に身体を乗っ取られることもあるわ」
私は『魔女様』の両手を握りながら、
「覚悟の上です。この領地は『私達』の新天地。ならば、死力を尽くすのは、当たり前ではありませんか!」
そう、告げました。
私の決意を『魔女様』は目を閉じて、吟味しているようでした。
やがて『魔女様』は、目を見開いて宣言します。
「クロノシア侯爵領が領主・アルテミスよ!これより『アルテミス』の権能の運命を改変して、『狩猟の女神』の能力を掌握しましょう!」
私は思わず、息を飲み込みます。
『運命改変』。『魔女様』の権能の1つであり、偉大なる神にのみ許された、運命を操る権能。
その重みに挫けそうになる。だけれど!
「『魔女様』がついていてくださるならば、見事、『狩猟の女神』の権能を、掌握してご覧に入れましょう!」
「ええ、アルテミス。あなたなら、そう言うと思っていたわ」
私と『魔女様』は、円形に手を繋ぐ。権能の力が循環するイメージ。『魔女様』から温かな力が、流れ込むように感じます。
「では始めるわよ、アルテミス!」
『魔女様』から一層、権能の力が流れ込む。
『魔女様』は、力を高めるために即興の祝詞を捧げる。
「我が信奉を捧げる神よ!我らの願いを、叶え給え!
月と狩猟の女神『アルテミス』の権能を、授け給え!
運命を操るあなたに、縋ることしかできない私達を、どうかお許しください!
あなたの威光を示すための、我らの新天地が危機に瀕しているのです!
どうか、アルテミスの新たなる権能の掌握を、お導きください!」
その瞬間、私は意識を手放しました。