可愛いカエルのストラップ
「先輩、見てください、これっ。可愛くないですか?」
「可愛くない」
放課後の部室で、目玉の飛び出したカエルのストラップを自慢げに見せびらかした後輩、一ノ瀬ノノコは、俺の正直なコメントに「ええーっ?」と目を見開く。
「先輩ってばセンス無いですね、こんなに可愛いのに!クラスメイトの女子はみんなカバンに付けてるんですよ?」
「うそ、マジで?」
マジですと言いながら一ノ瀬がカエルのストラップを揉むと、グェグェといった野太い音が鳴った。
……100歩譲っても可愛く見えない。
「女子の『カワイイ』ってよくわかんないんだよなぁ」
「先輩、モテなさそう~」
「うっせ」
手を口の前に当ててにししと笑う一ノ瀬。
変なカエルのストラップなんかより、この生意気な後輩の方がよっぽど可愛いと思う。
もちろん、口には出せないので言われっぱなしだ。
「でも確かに、先輩はあんまり可愛いって言葉使わないですよね。なんでですか?」
俺が頭をぽりぽりと掻いていると、一ノ瀬が不思議そうに聞いてくる。
「そりゃあお前、恥ずかしいからだろ」
「え?恥ずかしい?なんで?」
明快に答えたつもりだったが、余計に分からないらしく聞き返された。少なくとも一ノ瀬にとっては、可愛いと感じたものを可愛いと評価するのはごく普通のことなのだろう。
正直、回答に困る。恥ずかしいからだと思ったのは「なんとなく」としか言いようがない。
確かになぜ、恥ずかしいと思うのだろうか?
「確かに、なんで言わないんだろう、俺」
「自分でわかってないんですか?あ、もしかして可愛いという感情を失ってしまっているのでは……?先輩、可哀想……」
哀れみの目でこちらを見る一ノ瀬。
俺は一応先輩なのだが、遠慮とか配慮とかそういう心はないのだろうか。でもそういう所が可愛い。
そう思って、はっとする。
「……心の中ではちゃんと可愛いと思ってるよ。恥ずかしいから言わないけど」
「だから、何が恥ずかしいんですか!」
一ノ瀬は質問が振り出しに戻っていることを責めているが、俺は自分の気持ちが腑に落ちた。
「まあ、わかりました。つまりこのカエルちゃんのことも声に出さないだけで、実は心の中では可愛いと思ってるんですね!」
「いや、それは普通に可愛いと思ってない」
「なんでですかーっ!!」
一ノ瀬の叫びは、隣の部室まで届いたらしい。
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翌日の朝、校門の前で周りの生徒に注目する。
確認しているのはもちろん、例のカエルのストラップだ。
一ノ瀬の言っていた通り、付けている人は多かった。
どうやら多彩なカラーバリエーションがあるらしく、柄の入っているものもあった。
俄然興味が湧いてきたので、思い切って女子生徒に声をかけてみる。
「ごめん、急に声かけちゃって……あの、そのストラップって流行ってるの?」
バッグに付けているカエルに指をさして問いかける。
「ゲコちゃんですか?少なくとも1年生の間では流行ってます。自分が持っているものと同じ色のゲコちゃんを好きな人に告白代わりに渡すんです。振られても捨てないで取っておいてくれるじゃないですか」
「なんと」
思わず長老のようなリアクションをしてしまう。
ゲコちゃんなどという名前があったのはどうでもよくて、そのゲコちゃんが告白の代行を務めているという新事実。目玉の飛び出したカエルごときに恋心の何がわかるというのか。
しかし確かに、イケメンな男子生徒が複数のカエルをカバンにぶら下げていたのは確認済みであり、この事実を裏付けている。
このカエルを見聞きしたことが無かった俺は、もしかして相当モテないということではないだろうか。いや、そんなはずはない。そんなはずはないはずだ。
ストラップに告白を任せるなんて面白いやつがいたもんだと感心していたが、やがて思考は1つの真実にたどり着く。
知りたくもない真実。
一ノ瀬も、誰かからカエルをもらったのだ。
・・--☆・・--☆----☆
「先輩、昨日のカエルのことなんですけど〜」
放課後の部室では、一ノ瀬が例のカエルをいじくりながら、昨日の話の続きをしようとする。
「……やめろ一ノ瀬、その話は聞きたくない」
「えっ」
俺はなんて情けないやつなのだろう。後輩の恋の成就も祝ってやれないなんて。
平然を装って、文芸部らしく本を読むふりをしながら、あのカエルの話を避けようとする俺に対して、諦めの悪い一ノ瀬は案の定、どうしてですかと食い下がってきた。
どうやらどうしてもカエルの話がしたいらしい。
良くわからないが、惚気話をしたいということだろう。
健気で可愛いと思いつつ、そんな可愛さが今はイバラになって心臓を締め付けてくる。
外を見ると、オレンジ色の光が山の向こうに見えて、空は紫のグラデーションに輝いていた。
……ずっと、この話題を避け続けることもできないか。
「……お前、そのカエル、誰かに貰ったんだろ?」
俺の言葉に、一ノ瀬の顔色が一瞬で変わる。
「え……?」
「あのカエル、告白の代わりに渡すんだって?」
一ノ瀬は目を見開いて、黙っていたが、その顔は耳まで紅く染まっている。
なんでわかりやすいやつなんだ。
心の中で「やっぱりな」と思ったのもつかの間、一ノ瀬が口を開く。
「先輩、どうしてそれを……」
「朝、教えてもらったんだよ。お前、あれを大事にしてるみたいだったから、誰かに貰ったんだろうなって。俺……その、それが、個人的に辛くてさ……だからこの話は」
「違いますよっ!」
一ノ瀬は、そう言って勢いよく立ち上がる。
突然のことに驚いた俺は声も出せなかった。
一ノ瀬はもう一度小声で「違いますよ」と呟いてから、さらに顔を紅くして俯き、椅子に体育座りで座り直した。
「……このカエルは、自分で買いました。……先輩用なんです」
「……え?」
顔を再び上げた一ノ瀬の表情は、まるでからかっているかのように微笑んでいるが、その目はどこか真剣で、少しだけ不安そうだった。
「先輩が、このカエル、可愛いって言ってくれたら、渡そうと思ってたんです。どうせ、意味知らないだろうと思って。だから……」
一ノ瀬の言葉に、俺はすぐには反応できなかった。心の中で何度も何度もその言葉を反芻するが、どうしても言葉が出てこない。
一ノ瀬がいじるカエルが、グェグェと音を出す。
やがて一ノ瀬はこの沈黙に耐えられなかったのか、少し照れくさそうに頭を掻きながら、にししと小さく笑った。
「先輩がこの子を可愛いって言ってくれたら、私も、言いたいこと、ちゃんと伝えます!だから、その時まで待ってますから!」
夕日が彼女の左のほっぺたを照らして、涙の絡んだ長いまつ毛がキラキラと光る。
心臓を締め付けていたイバラは無くなったのに、脈拍はさらに加速する。
自分でも、自分の顔が紅いのがわかった。背中に変な汗を感じる。
つまり、彼女がカエルのストラップを大事にしているのは、それは、彼女なりの想いを込めた、ささやかな告白の代わりだったのだ。
まったく。
……こいつ、本当に可愛いな。
「……こいつ、本当に可愛くないな」
「なっ、なんでですかーー!?先輩、センスなーーいっ!!」
臆病な俺がカエルを可愛いと思える日は、まだ少し先かもしれない。




