冬の魔物を廃するために呪い装備を身につけた男は、未だ魔物と呪いの真実を知らない
その日、村の若者三人が村長の家に集められた。
「由々しき事態だ」
家中の布という布を掻き集めたのかと思うほど色とりどりの布を全身に巻きつけられるだけ巻きつけた村長が、厳かにそう告げる。
「皆も知っての通り、北の山に魔物が棲み着いた」
見えているのは目鼻口だけ。本来よりもふた回り以上大きくなっているその姿は、つつけばうしろに転がりそうだ。
「遠目であったが、おそらくあれは冬将軍だ」
村長の首元辺りにチラ見えする真っピンクの花柄のどう見ても水着のような生地の布が目について仕方ないが、さりげなく目線をずらして見ていないフリをする三人。
「本来こんな南の地には居ない魔物だが、北部では普通に出現するという。そこで、誰かがそこに行って冬将軍の倒し方を聞いてきてほしい」
「待ってください、村長!」
三人のうちのひとりが声を上げる。
「ただでさえ冬将軍のせいで外に出るのもままならないのに、ここより寒い北部になど……!」
叫ぶその男も、隣で頷くふたりも、村長ほど不格好ではないが明らかに着膨れていた。しかし重ねられているのは薄手のものばかりで、防寒性は心許ないように見える。
「心配は尤もだ。だが策はある」
元々生真面目な村長、無謀な案を出すつもりはないようで。傍らのテーブルに置いていたものを三人の前に広げた。
「先程遠目からの報告だと言っただろう。目前までは無理だが、その程度には近付ける装備がある」
広げられたのは厚手の上着。間に綿を挟み保温性を増したそれは、常夏のこの辺りでは見たことがないものであった。
「うちの蔵に残っていた、昔ここへ流れてきた北の者の所持品だ。効果はこの身を以て保証する」
その言葉から村長自らが偵察に出たのだと知った三人は、驚き顔を見合わせる。
「だが、さすがに私が長期間ここを離れることはできない。心苦しいが、誰かひとり、頼まれてはくれまいか?」
この通りだ、と深々と頭を下げようとして、思ったように前屈どころか俯くことすらできないと気付いた村長。それでもできる限りと頭を傾ける。
先程の感動が霧散するのを感じながら、三人は互いに顔を見合わせた。
上着は一枚。当然ながら、行くのはひとりだけだ。
お互いの表情から、誰も立候補はしないことはわかっていた。古い上着一枚でどこまで寒さに耐えられるかの保証もなく。そもそもただでさえ寒い中、好きこのんでさらに寒いところになど行きたくはない。
しかしもちろん、誰かが行かねばならないことも理解していた。
三人が誰からともなく頷き合う。
「アレで決めるか」
「……誰になっても恨みっこなしだぞ」
「ああ」
向き合うように立った三人は、それぞれ利き手を前に出して振り上げた。
翌日、古くさい上着を着込んだ男が皆に窓越しに見送られ村を出た。胸を張り手を振って大股で歩いていた男は、誰の目もない場所に来ると途端に歩調を落とし大きく溜息をつく。
「くそっ……あそこで迷わなければ……」
厳正なる勝負の結果晴れて北を目指すことになった男。ぼやきながらも冬将軍のいる北の山を避けて進んでいった。
北の山を過ぎてからは冬将軍の影響範囲を抜けたようで一度寒さが和らいだが、そこからは元来寒い土地、再び寒さが厳しくなってくる。しかし当たり前だが町々では寒さへの対応手段も普通に用意されており、男は早々にもらった路銀で新しい上着に買い替えた。
暫くは快適であったが、常夏の地で育った男に寒さは容赦なく。寒いと感じては防寒具を買い足しながら旅を続け、森の入り口に辿り着いた。
目的地である冬将軍が出現する地域には、あとはこの森を抜ければいい。特産品として多種の鉱石や万能薬を産出している地域でもあるので、人の少ない土地ながらも道はきちんと通っていた。交易路でもある道は森の中もきちんと踏み固められ、一本道なので迷うこともない。
ようやく見えた旅の折り返し地点に自然と気が緩む。
これで村に帰ることができる。この寒さから解放されるのだ。
――そう思っていた男は、すぐに己の甘さを痛感する。
森を抜けるなり急激に気温が低下した。
足のサイズより大きなもこもこのブーツを買い、靴下を何枚も重ねて履いているというのに。地面から伝わり昇る冷気は容赦なく体温を奪っていく。
着込めるだけ着込んでもまだ寒さに震えながら。やっとの思いで町に辿り着いた男は、住人たちの姿を見て唖然とした。
キン、と身を切るような空気が張り詰める。
うっすら白を纏う道は、踏み込むとパリパリと音がする。
息を吐くなり凍っていきそうな。そんな極寒の地のはずなのに。
町の人々は足首までの薄い布を羽織っただけで、悠々と歩いている。
「……な……」
目の前の光景が信じられず、立ち尽くす男。
歩くたびにふわりと揺れる布にはなんの防寒性もなさそうなのに、合わせ目の間からちらりと見えるのは、自分が村で着るような薄手の服で。
もしかして自分だけ寒さへの耐性がなさすぎるのだろうか。それともここの住人たちは寒さを感じないとでもいうのだろうか。
そんなあり得ない思考に至ったところで、怪訝そうな中年の女に声を掛けられた。
「……そんな格好で寒くはないのですか?」
「寒いのはニイちゃんの方じゃないのかい?」
どうしたのかと問う女に尋ね返すと、更にそう聞き返される。
「そんな服じゃすぐおっ死んじまうよ? 冬の牢獄は持ってないのかい?」
「ミカンスレイブ?」
これこれ、と女が纏う薄衣を揺らした。
「そんな薄っぺらいものがなんの役に」
「見た目はそうでも、これは特殊装備品なんだよ。冬将軍の冷気も通さないからね。ここらじゃ必須だよ」
「えっ??」
裏返る男の声に、女も驚いたように見返す。
「ニイちゃん、知らずにここまで来たのかい?」
「は、はい……」
「そうかい……」
女の声音に同情が混ざった。
次々湧き立つ驚愕と落胆と羞恥。男はがくりと肩を落とし、深く深く溜息をついた。
やがてなんとか気を持ち直した男は、村の近くに本来いないはずの冬将軍が出たこと、そしてその対処法を尋ねに来たことを話した。
「そうかい。冬将軍はあんなナリでもおとなしいやつでね。仲間がいるのはもっと北だと教えてやれば勝手に戻っていくよ」
「そうなんですか??」
思ってもいない容易な解決法に、男の顔に希望が浮かぶ。
「ただ、その格好じゃ近付けないよ。これがいる」
女がそう言い示すのは、自身が纏う冬の牢獄。
「ニイちゃんがさっき抜けてきた森に横着者がいるから。そいつを叩けば冬の牢獄を落として逃げるよ」
「……その、俺……戦闘は……」
「横着者は反撃なんてしてこないから。そのへんの棒切れで叩いてやればいい。五歳の子どもでもできるよ」
顔色を変えた男を笑い飛ばし、女は話を続ける。
「ただ、落ちた冬の牢獄は装備しないと溶けてしまうからね」
「溶ける?」
「元々横着者の粘液だって話だからねぇ。装備して初めて硬化するらしいよ」
「えぇ…………?」
目の前の薄衣からは想像もつかない原料には生理的不快感を覚えるものの。それしか手のない男はわかりましたと頷いた。
「色々とありがとうございます! 助かりました!」
「お安い御用だよ。とりあえず動けるうちに冬の牢獄を取っておいで」
「はい!」
ぺこりと頭を下げて森に向かう男。
なんとかなりそうだという安堵からの気の緩みで、その背に掛けられた「ここに戻るように」という女の声は耳に入っていなかった。
森の中で適当な枝を拾った男は、注意深く周りを見ながら歩いていく。するとすぐさま横着者は見つかった。
木の幹から地面に掛けて、半透明のゼリーのようなものが伸びている。頭や体らしい部分は何もなく、ただ粘度のある雫が張り付いているようにしか見えなかった。
木の幹を枕に寝そべっているのだと女に教えられたが、正直どこが頭かわからない。
反撃はなくすぐに逃げると聞いてはいるものの。至近距離で魔物対峙することなどなかった男は、寒さと緊張両面から震える手を反対の手で押さえながら、そろりと近付いた。
「うわあぁぁ!」
叫びながら棒切れを振り上げ殴りかかる。ぺちっ、と軽い音がして、見た目通りのむにょんとした感触とともに弾き返された。
男がよろけたその間に、横着者はしゅぱっと目を瞠る速さで逃げ出した。
まるで中身だけが抜け出たように、その場に半透明の何かが残る。
男はかじかむ手でつまみ上げたそれを眼前に吊し上げた。大きさは両掌より少し余る程度、布というにはでろりと重みととろみがある。不快感丸出しで観察していたが、端から輪郭を崩しかけていることに気付いて仕方なく肩に乗せた。
触れると同時に先程までの重さとベタつきが嘘のように、さぁっと薄い膜――否、幕が広がる。軽やかに足首までを覆うマント状へと変わった瞬間、劇的に変化は訪れた。
「寒くない……!!」
足裏から上がる冷気も、頬を刺す冷たい風も感じない。恐る恐る正面の合わせ目から手を出してみても、前を広げてみても、まったく体感温度は変わらない。
まるで暖気に包まれたように、今までの寒さを感じなくなった。
「……すごい、これなら……!!」
今までの凍えなどもはや微塵も感じず。男は重ねに重ねていた服を脱いでいく。
町の住人たちと同じように薄着になってみても、変わらず身体は温かさを保っていた。
これなら帰路も凍えることはない。
横着者も冬の牢獄も女の言う通りだっただけに、冬将軍が大人しいとの言葉にも信憑性が増してくる。
――これで元の生活が戻ってくる。
逸る気持ちを抑えながら、男は足取りも軽く南へと向かった。
はっきりと異変に気付いたのは森を抜けて町で宿を取ってからだった。
借りた部屋に入り冬の牢獄を脱ごうとするが、脱げない。
首元を引っ張っても、合わせを左右に引き剥がそうとしても、一向に外れない。
「どうして……」
中の服は脱げるのに、冬の牢獄だけはどうやっても脱げなかった。
男はノロノロとベッドに座り込み、ぼんやり考える。
思えばおかしな点はほかにもあった。
行きは一日で進めた道程を、帰りは半分程しか進めなかった。幸いその辺に座り込んで寝ても、凍死はもちろん身体が痛くなることもなく。食べている量の割に体力も減らず動くことができる。
そして何より、今この状況にさほど焦らぬ自分がいた。
身を切る寒さも感じずに、こうしてぬくぬくと過ごせているのだ。それだけで十分幸せではないか、と。
「……まぁいいか」
やがて考えることが面倒になった男は、ボソリとそう呟いて荷から瓶を出してくる。
瓶入りの透き通った黒に近い茶色の液体は、宿に入る前に見かけて買ったあの町の特産品。こんな北の地に来ることなど今後あるかどうかもわからないのだから、と思ったのだ。
この「万能薬」は、万病防止、疲労回復、気力増強効果があると謳われるものではあるが、治療薬ではなく予防薬ということで、特に病状がなくても飲んでいいとのことだった。価格は一食分程度と薬にしてはそれ程高価でもない。
なのでおそらく気休め程度の効果しかないのだろうと思いながら、男は栓を抜き一口飲んでみた。
「苦っ」
飲めない程ではないが、馴染まぬ苦味が口の中に広がる。
好みではないと思いながらも、飲み物とするには値の張るそれを飲み干した。
ベッドに寝転がりぼんやりするうちに、万能薬の効果か、なんとなく頭がスッキリしてきたように感じる。
脱げぬ冬の牢獄。どうにも動きが悪く、行きと比べ半分程しか進まぬ旅程。しかし疲労感はなく、少ない食料でも空腹感がない。そして何より、寒さをまったく感じない。
自身の身に何かが起きていることは明らかで。それがどうしてなのかも今ならわかった。
腕を上げ、男は纏う冬の牢獄を眺める。
「……呪い装備、か……」
戦いに身を置くわけではないので話を聞いたことがあるだけだが、装備品の中には特殊な効果がある反面、身につけると呪われるものがあるらしい。
おそらく冬の牢獄はそういった品で。今の自身の状況はその効果と呪いゆえといったところだろう。
しかし、大きな欠点もなく、むしろ利点の方が大きい。
とにかく冬将軍をどうにかするには冬の牢獄が必要なのだから、自分に選択肢はない。
この程度でよかったと安堵した男はそのまま眠りについた。
その後も男は往路よりも時間を掛けて復路を辿った。
肉体的な疲れはないのだが、日が経つにつれて気力が失せていく。村を出てもうかなりの日数が経つので仕方ないかと思いつつ、何度も足を止めそうになりがら北の山を目指した。
本当なら一度村に戻ってから行くべきだとわかっていたが、村まで往復するのが面倒で仕方なく。そのまままっすぐ山へと入る。
北の山はこの時期はまだ青々と茂る草に覆われているはずなのに、葉は枯れ落ち、川も地面も凍てついていた。
冬将軍は山の中腹にいるという。
村長に教えられた通りに登っていくと、やがて遠目に茶色い大きな姿が見えた。
「……あれが……」
冬将軍は山中の池の中にいた。池底に座っているのだろうか、水面からは人でいう胸元辺りから上が出ている。胴体はデコボコと丸い突起に覆われており、顔に当たる部分は頭頂部からの長い毛が被さっていて、目も表情も見えなかった。
男の歩調が明らかに落ちる。おとなしいとは聞いているが、異形を前にした恐怖心までは拭えなかった。
寒さは感じないはずなのに、震えを覚える。
それでも震える足を前へやり、一歩ずつ前へと進む男。
踏みしめた地面の鳴る音が、ざくりざくりと思ったよりも大きく響く。
冬将軍がゆっくりと男の方へ頭を向けた。
黒に見紛いそうなくらい深い茶色の長い毛。その奥に僅かに光が見える。
圧倒的な体格差。目の前のそれが軽く腕を払えばそれだけで自分の命は散ると理解できた。
どうあがいても敵わない相手を前にして、男はおとなしいという女の言葉だけをよすがに息を吸い込んだ。
「おっ、お前の仲間はもっと北にいるぞっ」
張り詰めた空気に変化はなく。
男の決死の言葉にも、冬将軍は何の反応も示していないように見えた。
恐怖と緊張におかしくなりそうだと思った途端、ふっと緊張が緩む。
冬の牢獄のもたらす暖かな空気が、気持ちを宥めてくれているようだった。
大丈夫。
心中そう呟き、ゆっくりと息を吐いて残る緊張を逃がして。
少し落ち着いた男は改めて冬将軍を見上げる。
「ずっと向こう、森を抜けた先にお前の仲間がいる」
長い毛の奥の光が瞬いたような気がした。
「きゅう」
突如耳に入ったのは、小さな鳴き声。
目を瞠る男の前、冬将軍はじっと男を見ている。
「……今の……?」
「きゅう」
間違いなく冬将軍から聞こえた鳴き声に、男はまじまじと冬将軍を見つめ返す。
風が吹き揺れる長い毛の向こうに、小さくつぶらな瞳が見えた。
「お前……」
意外と可愛らしい顔をしているんだなと続けたが、立ち上がった冬将軍が立てた派手な水音に掻き消される。上半身と同じく小さな突起に覆われた足を池から出し、池岸へと上がる冬将軍。その背面には太い尻尾がついていた。
「きゅう」
男に向けそう一声鳴いてから、冬将軍は北の空に向け手を伸ばす。太い尻尾をぐるぐる回しだしたと思うなり、冬将軍の体が宙に浮いた。
唖然とする男を置き去りに、冬将軍はそのまま北へと飛んでいってしまった。
暫く呆然とその光景を見ているだけだった男は、冬将軍の姿が豆粒のようになった頃にようやく我に返る。
「気をつけて帰れよ」
届かないとわかりつつそう呟き、その場に腰を下ろした。
満ちる達成感と幸福感。これでもう村も大丈夫だろう。
身体的な疲れはないが、目的を果たした反動か、どうにも動く気になれず。暫く休もうとその場に横になり、そのうちうとうとと眠りに落ちてしまった男。
――道中の川は凍っていたのに、冬将軍のいた池は凍っておらず、その水が僅かに茶色味を帯びていたことと。
冬の牢獄の呪い、その真の恐ろしさを知らぬまま――。
――暑い。
男が目覚めて最初に浮かんだ言葉はそれだった。
目を開けて辺りを見回そうとするが、明らかに身体が重い。緩慢になる動作で辺りを確かめるが、場所は変わらずあの北の山だ。
猛烈な喉の渇きと同時に頭痛を覚える。思考の半分を「暑い」という言葉に持っていかれながら、男はどうにか池の縁に這っていった。手を差し入れて水を掬い口に含み、感じる僅かな苦味を疑問にすら思わずに飲み込む。
欲するままに水を飲み少し休むと、幾分頭痛が治まって考えられるようになった。
今の状態もおそらくは冬の牢獄のせいだろう。
あの極寒の中快適に過ごせていた冬の牢獄なのに、なぜ急にこんな状態に陥ってしまったのか。
いくら考えてもわからず。
そしてどうしていいかもわからず。
そのうちに水を飲んでも頭痛が治まらなくなり、男は朦朧としてくる頭でぼんやりと考える。
やはり冬の牢獄は呪いの装備であったのだと――。
「ああ、戻ってきたんだね」
町の北側に広がる大きな湖には、八体の冬将軍が浸かっていた。
訪れた中年の女は、前日まではいなかった冬将軍に気付いてそう声を掛ける。
その声に冬将軍が湖岸へ近付き、きゅうと声を上げた。
「あのニイちゃん、説明も聞かずに行っちまったから心配してたんだけど。お前さんのところまで辿り着けたってことは、どっかで万能薬を飲んだのかもしれないね」
「きゅう、きゅう」
甘えるような鳴き声に女は笑う。
「なんだい、あのニイちゃんが気に入ったのかい?」
「きゅう!」
太い尻尾でパシャパシャと湖面を叩く冬将軍。
「でもまた迷子は勘弁しておくれよ? お前さん達のことが知られたら、心無い奴らに狙われるだろうからね」
地の中の水分さえ凍りつく気温でも、冬将軍のいる湖面の水は凍ることがない。水に浸かるその体の回りには靄のように茶色の帯がたなびき、半年を掛けて湖を茶色に染め上げていく。
そうして出来たものが「万能薬」――謳う効能に偽りはないが、真の利用法は単なる予防薬ではない。
「私らがここで暮らせるのはお前さん達のお陰だから。できるだけ望み通りしてやりたいとは思っているんだけどね……」
ここは元々人など暮らせぬ不毛の地であった。温暖な地を追われた人々が、冬の牢獄と冬将軍、そして地下に眠る鉱石資源に気付いたことで、生活できる環境と特産品を作り出し、ひとつの町としての地位を得た。
冬の牢獄による状態異常耐性、体力減少率低下に加え、圧倒的な耐冷効果があればこそ、温暖な地と変わらぬ暮らしと鉱石の発掘ができるのだ。
そして呪い装備品である冬の牢獄は、脱ぐことができなくなるだけではなく、鈍足と怠惰も付与される。重度が増せばその思考能力でさえ奪いかねない怠惰症状を緩和するために、冬将軍の生み出す万能薬の気力増強作用が有効であるのだ。
この地域の人々は日常的に万能薬を飲むことで、冬の牢獄の怠惰に抗い暮らしていた。
「きゅう……」
しょんぼりとうなだれる冬将軍を、女は申し訳なさそうに見つめ返す。
「あのニイちゃんと一緒に迎えに行ってやれればよかったんだけれど。戻ってこなかったからね……」
女が溜息をついて空を見上げた。
男に話さなければならなかったのはそれだけではない。
冬の牢獄の本当の恐ろしさを、彼は知らないままなのだ。
迷子の冬将軍が戻ってきたことで、あの地域も元の気候に戻っているはず。
温暖な気温下において、冬の牢獄はまた違う呪いを発揮する。
「……あのニイちゃん、無事だといいんだけど……」
女の呟きは寒風に紛れ、散っていった。
――呪い装備、冬の牢獄。
寒冷な気温下においては大幅な耐冷、状態異常耐性、体力減少率低下効果、幸福値上昇を発揮する。同時に呪い効果で鈍足、怠惰が付与される。装備を外すためには解呪師による解呪が必要となる。
そして温暖な気温下においては利点はひとつもなく、鈍足、怠惰に加え、状態異常、体力低下も付与される。
周囲の気温が上がれば上がるほど効果も上がり、熱帯と呼ばれる気温下では装備者の命の保証はない――。
お読みくださりありがとうございます。
主人公の末路はお好きに想像してくださればと思いますが、せっかくなので例を挙げますね。
例一、おだぶつ。
例二、気温が変わったため確認に来た村人に発見、搬送される。
例三、通りすがりの解呪師に助けられる。
例四、女の呟きから事態を察した冬将軍が場に戻り、男を連れて来る。
→派生一、回復後森を抜けてから解呪してもらい村に帰る。
→派生二、冬将軍と仲良くなり、町で暮らす。
→派生三、冬将軍に感謝して崇め奉る。
皆様はどんな最後を思いつきましたか?
冬将軍についての補足も。
冬将軍は半年後には真っ白になって、どこかへ飛んでいってしまいます。
そしてさらに半年後に、また茶色くなって戻ってきます。
迷子の冬将軍は、この帰り道に迷子になってしまい、あの場所に辿り着きました。
最後になりましたが。
たくさんネタ出ししてくださった日浦海里様に、この場をお借りしてお礼を。
ありがとうございます!